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しおりを挟むぐるぐる考えを巡らせていたらあっという間に目的地へと到着する。コンラート様の手を取り馬車を降りる。目の前には以前と変わらぬ大豪邸が聳え立っていて、さらに緊張が増し心臓がドキドキとうるさい。口から出てしまってもおかしくないほどの鼓動だ。
コンラート様にエスコートされ屋敷の中へと足を踏み入れると、なんとコンラート様のお母様が待ち受けていた。そしてその後ろには可愛いお仕着せを着た侯爵家のメイドの方々がずらり。
「ベティーナさん、ようこそブランディス家へ。……お覚悟はよろしくて?」
「え? は?」
覚悟って何ですか!?
挨拶も出来ず固まった私を無視して、侯爵夫人は右手をゆっくりと上へと上げた。そしてキッ! と目に力を籠め、上げた手を一気に下へ振り下ろす。
「皆さん! やっておしまいなさい!!」
「「「かしこまりましたっ!!」」」
「は? 何? 何? なになになになにー---!?」
侯爵夫人の一言で後ろに控えていたメイド達が一斉に私の元へと駆けてくる。皆の目が怖い! 怖すぎる! さながら獲物を狩る捕食者の目だ。
がしりと私の体を掴んだと思ったらそのまま持ち上げられどこかへと連行される。そんな華奢な体のどこにそんな力が!?
「え!? ちょ!? コンラート様ー!! 助けてくださいー!」
「……すみません。頑張ってください、ベティーナ」
側にいるって言ったのに、あっさりと捨てられた私はそのままどこかの部屋へと入れられた。
「さあ、あまり時間がありません! 迅速、かつ丁寧に! 最高の仕上がりを目指しますよ!」
「「はい!」」
何が起こっているのかわからない私は、メイドの皆様に服をひん剥かれお風呂へと入れられた。混乱しすぎたせいで、何も話せず何もできず、ただただされるがまま体を洗われた。
髪も洗い終わったと思ったら、浴室内にあるベッドに寝かされ今度は顔に何かを塗りこまれグニグニと揉まれる。そして同時に体も同様に揉まれ始めた。
「いだだだだだ!」
さすがにあまりの痛さに叫んでしまう。
何、何、何なの!? 新手の拷問か何かですか!?
「あまりお手入れをなさっておられないでしょうから痛いのも仕方ありません。溜まった老廃物を流していますから我慢してくださいね。美しくなるためには我慢です! さぁいきますよ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
それから全身揉み解されドロドロの何かを塗り込まれ、浴室から出たころにはぐったりと体力と気力の全てを使い果たしていた。
「休んでいる暇はありませんわ! さぁさぁお着替えいたしますよ!」
ぐったりしている私に関係なくメイドのお姉様方は私にドレスを着せていく。さすがは侯爵家のメイド様。手際が大変よく無駄な動きが全くない。
あれよあれよと着付けが終わると、椅子にポンと座らされ髪のセットとメイクを施された。そしてあっという間に私の身支度が終わっていた。
あれ? 私は何しにここへ来たんだったかしら? 間違っても綺麗に着飾るためにここへ来たんじゃないはず。
未だ混乱しっぱなしの私の前に姿見が置かれた。
「お疲れさまでした、ベティーナ様。見違えるようになりましたわ。ご覧くださいませ」
そう言われ鏡を覗けば、知らない誰かが映っていた。ぽかんとした間抜けな顔をさらしている。いやだわ、それなりに美少女なのにそんな顔をしたら台無しじゃないの。勿体ない、と首をかしげると向こうの少女も首をかしげる。……ん?
右手をさっと上げてみれば、少女もさっと手を上げる。さっと下ろしてみれば少女もさっと腕を下ろす。……あら?
反対の手をさっと上げてみれば少女も以下同文。
「はぁぁ!? これ、私!?」
叫んで立ち上がれば目の前の少女も立ち上がる。間違いない。それなりに美少女だと思った女の子は私だった。
「左様でございます、ベティーナ様。元々の素材は悪くありませんのに、日に焼けてぼろぼろだった肌や手入れを怠っていた髪の毛で本来の美しさが見劣りしていたのです。磨き上げればこの通り。お化粧もすればとても美しいご令嬢ですわ」
いや待って。顔全然違うんですけど!? 別人じゃないですか!?
とんでもない美少女、というわけではないがこれが私だなんて信じられない……。それくらい変わってしまっていた。
「今日はあまり時間がございませんでしたが、この短時間でも大変美しくなられましたわ。引き締まった体のお陰で体のラインは大変美しいですし、肌も髪も艶を取り戻せばとても綺麗です。磨きがいのある方でわたくし共も大変楽しゅうございました」
なんてこと。侯爵家のメイド様恐るべしっ! 平凡顔をここまで綺麗にするメイク技術の高さっ! 凄すぎる!
「コンラート様もさぞ驚かれることでしょう。素材の良さを見抜いた奥様はさすがですわ」
確かにお金がないから化粧水とか買えないし、当然肌の手入れなんてしたことないし日に焼けてぼろぼろだった自覚はある。髪だって洗いざらしで手入なんてしたことない。メイク品なんて当然手が出せないからお化粧だってしたことない。
なのに、今の私はどこぞのご令嬢かと見まがうほどの見た目になっている。いや、私も一応貴族のはしくれだしご令嬢ではあるんだけど…。
ちょっと手を入れただけでこんな風に変われるだなんて思ってもいなかった。自分は平凡顔だと思っていたしそれが普通だと思っていたから。
だからこんな私がコンラート様の隣に立つなんておこがましいという気持ちが消えなかった。
呆然と鏡に映る自分を見つめていたらコンコンと扉をノックする音が聞こえた。入って来たのは侯爵夫人だった。
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