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27.スタンピードに向けて

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 その日は、いつものように何の変哲もない日だった。

 夜、部屋でアルへの手紙をしたためていた時、急にぶわりと嫌な感覚が体を襲った。側で体を伏せてくつろいでいたマテオも、その感覚に気が付き急に立ち上がる。

「わふわふ!」

 マテオが外を見ろと言うので慌てて部屋のカーテンを開けると、いつもは煌々と輝く月の灯りは禍々しいまでの赤に染まっていた。

「月が…赤い」

 とうとう来たんだ。大規模スタンピードの合図が。

「マテオっ! おいで!」

 直ぐに部屋を飛び出し外へと出る。いつもなら馬車に乗るが、今日はマテオに跨って行くことにした。その方が断然早い。
 父様達はまだ帰ってきていない。王宮へ向かえばいるはずだ。

 マテオに乗って町の中を走り抜けていく。と言ってもマテオのスピードは尋常じゃないから、普通に走れば町の人々を巻き込んでしまう。だからマテオは家の屋根を伝って王宮へと駆けていく。マテオの健脚は凄まじいからそのままだと家が崩壊してしまうけど、そこは僕の風の魔法で影響を受けないようにしている。

 僕たちは阿吽の呼吸でそんなことが出来るまでになっていた。

 まるで空を駆けるようにして走り、あっという間に王宮へと到着する。そのまま昔、宰相様から貰ったコインを見せて王宮の中へと進んでいった。

 あとで知ったことだけど、この剣と盾とブローディアが彫られたコインは王宮への出入り許可証でもあったらしい。大人になった僕は、誰かの付き添いが必要ではなくなった。1人でも出入りが出来るよう将来を見越して宰相様が下さったのだ。

 何度も通った参謀課への通路を駆け足で進む。直ぐに見慣れたプレートを見つけて扉をノックした。

「ジェフリーです、失礼します!」

「お前も見たか」

「はい、それで急ぎこちらへと向かいました」

 中へ入れば父様達が宰相様を囲んでいた。

「これより、国内全域に緊急事態発生令を発動させます。今までの時間で民にも少しずつ情報を出して共有してきました。それでも民の不安は拭えず混乱することが予想されます。
 ですが私たちも今まで何もしてこなかったわけではありません。これから1週間後のスタンピードに向けて、今まで温めていた作戦を決行します」

「「「はい!」」」

 気合の入った返事の後、参謀課の人達は一斉に散り散りに何処かへと出かけていった。きっと各課へ、伝令と指示を行っていくのだろう。
 この場に残ったのは父様と母様、そして宰相様と宰相補佐だけだ。

「……ここまで長くも短い時間でしたね。月があんな色に変わるとは、自分の目で見ても未だに信じられません」

 宰相様は、今までの事を振り返っているのだろうか。少し哀愁が漂っているように感じられた。

「早くに行動を起こしたおかげで、民の中からも多くの人々が色々なことに力を貸してくださいます。明日より王都も一気に様変わりするでしょう。
 前線へ出られる皆さんには、感謝してもしきれません。どうかよろしくお願いします」

「宰相様、僕はこれより荷物を纏め次第明日、グリュック王国へと向かいます。そしてドラゴンとフェンリルに協力を仰ぎ、各国へと発ってもらいます。
 この国に残ることは出来ませんが、皆さんどうかご無事で」

 僕はスタンピードが始まったら、グリュック王国へ行くと前もって伝えて了承を貰っていた。アルのいる国をどうしても守りたかった。

「ええ。以前聞いた通り、グリュック王国のスタンピードを頼みます。こちらにはライリー殿やルーク殿もいますから、貴方は貴方の成すべきことを成しなさい。
 ドラゴン討伐の英雄達だけではなく、我が国の騎士団や魔法師団、冒険者ギルドの方々もいます。大丈夫です」

「はい、宰相様。父様、母様。どうかご無事で。また生きて会いましょう」

「ええ。ジェフリーも力いっぱいやってきなさい」

 母様はもう既にボロボロに泣いている。最悪の場合、これでお別れになるからだろう。

「お前に教えることは全部教えたつもりだ。マテオと一緒にあっちを頼むぞ。お互い、必ず生きてまた会おう」

「はい、ありがとうございます父様」

 最後に父様と母様を抱きしめて、家族の温もりを感じ合った。僕の背は父様とほとんど変わらない。昔はあんなに大きく感じたのにな。

「では、行ってきます!」

 そっと離れて2人には笑顔を見せる。僕は絶対に生き抜くから。しっかりアルを、グリュック王国を守ってくるから。だから僕の事は心配しないで。

 そして来た時と同じように駆け足で王宮の通路を抜け、マテオに乗って家へと戻った。

「兄様!」

「ルーク!」

 家へ戻ると、ルークが玄関で待っていた。

「とうとう始まったんだね。僕も今まで精一杯剣の腕を磨いてきた。ここで思いっ切り暴れて皆を守るからね」

「うん。ルークなら安心だね。僕はここにいられないけど、皆の事よろしく頼むよ」

 ルークは学園を首席で卒業後、僕と同じように冒険者として活動してきた。もちろんだけど、ルークもSランクになっている。スタンピードで自由に行動するために、騎士にはならず冒険者としての道を選んだ。

 ルークともたまに一緒に依頼をこなしているから、実力はわかっている。ルークは本当に強くなった。だから僕は安心して任せられる。

「僕は荷物を纏めて明日の早朝、マテオと一緒にグリュック王国へ行くよ。僕がいなくてもドラゴンとフェンリルが力を貸してくれるから」

「はい。わかってます。兄様の分まで、僕がここで頑張ります」

 ルークともハグをして、互いの武運を祈った。


 そして翌朝。時空魔法の掛かった鞄を一つ持って、転移門へとやって来た。月が赤くなったら、他の地域へ赴きスタンピードに対応する人がすぐに向かえるよう、転移門に使用制限がかかるようになっている。僕は事前にそれを申請していて、すんなりとグリュック王国への門へ案内された。

「ジェフリー殿、お待ちしておりました」

「朝早くからありがとうございます、ドミニクさん」

 昨日の夜、アルに明日の早朝、そちらへ行くと手紙を送っていた。それで迎えにきてくれたんだ。用意された馬車に乗り、王宮へと進んでいく。
 王宮へ着くと、なんとアルが馬車乗り場で待ってくれていた。

「ジェフリー!」

「アル!」

 久しぶりに会った僕たちは、お互いに駆け寄り強く抱きしめ合った。

「アル、凄く背が伸びて、綺麗で、カッコよくなったね」

「ジェフリーは以前よりも逞しくなったよ」

 ああ、アルだ。今はもう17歳で、すっかり幼い雰囲気は無くなっている。

「陛下がお待ちだ。行こう」

 どちらともなく離れるも、そのままアルに手を取られて王宮の中へと入る。そのまま陛下の執務室へと案内された。

「陛下。ご無沙汰しております」

「ジェフリー君、ようこそグリュック王国へ」

 執務室へ入れば、陛下と王配殿下はにこやかに僕を迎えてくれた。

「これから一週間、俺たちはスタンピードの開戦に向けて忙しくなる。そしてスタンピードが始まったら、ここで情報の整理と伝達などの指揮を執ることになる。
 前線を任せることになるけれど、ジェフリー君は本当にここで戦うことでいいんだな?」

「もちろんです、陛下。アルのいる国を僕に守らせてください。その為に、今まで必死に腕を磨いてきたんです」

「…ありがとう、ジェフリー君。国が違うのに、大切な故郷があるのに、この国を優先してくれて本当にありがとう」

「ジェフリー、私からも礼を。この国を守りたいって言ってくれた時は本当に嬉しかった。私も出来ることを精一杯やるよ」

「ジェフリー君、俺も前線に出られずに済まない。どうかよろしく頼む」

 陛下達は王族だし、この場に残って総指揮を執るのは当たり前だ。だけど王配殿下は剣の腕も高いのに、前線へ出られないことを悔やんでいる。本当に最悪な場合は、陛下を守る最後の剣と盾になるのだから仕方がない。

「僕が望んだことです。これからどうぞよろしくお願いいたします」

 そこから軽く打ち合わせを行って、僕は割り当てられた部屋へと案内された。部屋は以前も利用させてもらったところと同じだ。懐かしい。

 今から陛下達は事前に決めていた通り、救護場所の解放と人員の招集、備品の設置など沢山の事に追われていく。僕の相手などしている暇はない。

 それに僕は僕でやらなきゃいけないことがある。これからマテオと一緒に外へ出て、ある程度の戦場となる場所を見に行くのだ。
 それからここで一緒に戦う騎士団や魔法師団、そして冒険者ギルドの面々と顔合わせもしたい。これから一緒に戦う人達なんだ。挨拶くらいはしておかないとね。

 そして1週間、僕たちはそれぞれの準備を行いスタンピードに備えたのだった。





* * * * * * *


ヴィンセント裏設定

ヴォルテル編で出てきた、神官長のヴェッセルさんを覚えてますか?
あの人も目に魔力を込めると一瞬金色に光ります。実はこの人も魔眼の持ち主です。(気づいた人いたかなー?)でも力の優劣で言えばヴィンセントが上。

そして『23話信仰心の強い国』で昔のグリュックに『神の眼』を持つ人がいたのかも、というところですが、実はその子孫がヴェッセルであり、ヴィンセントなんです。

ということは、ヴェッセルとヴィンセント、ジェフリーは遠い親戚になるんです。もう繋がりなんてほぼほぼないくらい、血はかなりうっすいですが…。
そして本人たちはそのことを知りません。ヴィンセントも先祖はグリュック(ガンドヴァ)人なんて知りません。ヴィンセントの親も知りません。それくらい昔にリッヒハイムに流れてきた人です。


裏設定じゃないんですけど、ライリー編どうしようかなー、相手はどんな人にしよーかなーと考えていた時のヴィンセントは、感情のない凄腕の暗殺者の予定でしたw
ライリーの殺害依頼を受けたヴィンセントが、ライリーを襲うも返り討ちにあいます。でもライリーはヴィンセントを殺さず見逃します。ヴィンセントは依頼を失敗するわけにはいかないので何度もライリーを襲うもどれも失敗。
そんな殺伐とした中2人は会話を交えて、ヴィンセントの境遇を知り、何とかしたいと思い始めて行動するうちに恋に落ちていく。
というストーリーを作っていました。

が、出来上がったものはおっとりヴィンセントさん…

どこがどうなってこんなヴィンセントになったんですかねー…?

真逆やないかいw

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