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7・ウォルテアside②

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 そしてアデルモ伯爵の元へ向かい調査を開始。あっさりとそれは終わり王都へと帰還した。
 クルトを家の前まで送り届け、私も一度自宅へと戻る。調査員にはクルトの自宅を張ってもらっていた。

 そして自宅で待つことしばらく。調査員から連絡が来て、クルトが泣きながらとある飲み屋にいると。

 来た。フリッツがデニスを連れ込んでいて、クルトはその現場を見たのだ。上手くいった。クルトには申し訳ないと思ったが、これで私にもチャンスが巡って来た。

 直ぐに馬車を出しクルトがいる飲み屋へと向かう。するとクルトは涙を流しながら酒を飲んでいた。泣いた顔など見た事がない。いつも元気でにこやかな、そんな姿しか見た事がないのだ。その泣き顔を見て、どれほど辛い思いをしたのか心が苦しかった。そうさせたのは私なのに。

「クルトっ…! 一体どうしたんですか!?」

 まるで偶然を装うかのようにクルトに近づいた。そして酔ってふらふらなクルトを抱きかかえ自宅へと連れて帰った。

「さぁ水を飲みなさい。そしてこちらは酔い覚ましの薬です。今よりは楽になりますよ」

「……お水はいただきます。でも、薬はいりません…。楽に…なりたく、ないんですっ……」

 この後はどうなってもいいと、そう言われているようで胸が苦しかった。

「クルト、一体何があったのか話してくれませんか?」

「………どうして僕にここまでよくしてくれるんですか?」

 しばらくの間が開き、私の質問の答えとは違う答えが返って来た。どうしてここまでしてくれるのかと。それは――。

「それは……あなたのことが大切だからです。とても、とても大切に想っているからです。だからどうか、私に何があったのか話してくれませんか?」

 私の言葉を聞いたクルトの瞳からはまた涙が溢れ出した。クルトが痛々しくて、見ているこちらも辛い。握った手に知らず知らず力が入りそうになる。

「家に帰ったら……」

「はい」

「家に帰ったら、夫が親友とベッドで愛し合っていたんです……。それを見て僕は家から逃げ出してきました」

 予想通り、夫が何をしていたのかその現場を見て知った。

「僕の何がダメだったんでしょうか…。親がいないからでしょうか。それとも平民なのに官吏の仕事をしているからでしょうか。それとも僕が情けない男だからでしょうか。それとも……3回も祝福の実を食べたのに、子供が出来なかったからでしょうか」

 悪いのは全てあの2人なのに自分が悪いのだと語る。自分の何がいけなかったのか。クルトにそんなところは一つとしてあるわけがないのに。

「僕は、その人たちが大好きでした。でも僕はそんな大好きな人達に裏切られました。1人じゃないと思っていたのに、僕はずっと1人だったんです。幸せだと思っていたのに、それは幻想だったんです。
 僕は、僕は……道化師だったんです。1人で笑って浮かれて勘違いしてっ……。情けなくてっ……! 僕はっ! 僕は幸せになってはいけないんでしょうか! 僕はいつまで1人でいればいいんでしょうか! 僕はどうしてっ………」

 ぽたぽたと流れていた涙はやがてとめどなく溢れ、クルトの傷ついた心の声を全て吐き出すかのような言葉。幸せだったあの時間は全て偶像。浮気現場を見ればいいと思っていたのに、今のクルトを見て、そうさせなければ良かったとも思ってしまう。

 そんな彼を守りたくて癒したくて強く強く抱きしめた。

「クルト! もういいです! 何も言わなくていいですから! 
 あなたは1人じゃありません。私がいます。私が側にいますから」

「うわぁぁぁぁぁ! なんでっ…なんでぇ……」

 慟哭。そう言って差し支えないほど、クルトは私の中で苦しさを吐き出していた。そのまま私は彼の気が済むまでずっとずっと抱きしめていた。


 やがて泣きつかれて眠ってしまったクルト。その彼を寝室へと運びそっと寝かせる。
 涙の後が残る泣きはらした顔。痛々しくて、少しでもこれからの人生が穏やかに過ごせるよう手を尽くそうと思った。
 眠る彼の頭をそっと撫でて寝室を後にした。


「ウォルテア様」

「ハリス。話があります」

 クルトの事情を執事長であるハリスに全て話した。そして私が今後どうしようと思っているのかも。

「ウォルテア様がそう決められたのならば私は従うまでです。ウォルテア様の隣のお部屋を使えるように早急に準備いたしましょう」

「助かります。いつでも使えるようにしておいて損はありませんからね。では頼みましたよ」

 すっと礼をしたハリスを見送る。後は彼に任せておけば問題ないだろう。


 さてこれからどうするか。まずは明日、クルトと話をしてあの夫と別れるのならその手伝いをしよう。あのような目に遭ってまだ夫夫関係を続けようとは思わないだろう。もしそう言い出したら色々と言い含めて止めることにする。やっと私に巡って来たこのチャンスをふいにしてたまるか。

 そして翌日。案の定二日酔いで頭痛のするクルトに薬を飲ませもう一度寝かせた。その後、改めてどうしたいのかと話をする。

「僕はあの2人を許せません。もうあの家にも帰れません。僕は……フリッツと別れようと思います」

「…そうですか、わかりました。あなたのその選択を応援しますよ」

 その言葉を聞いてどれほど安堵したか。自分で別れる決意をしてくれて心から良かったとそう思った。

 夕方、家に戻りあの男と話をするという。1人で行かせると何が起こるかわからないので、私も一緒についていくことにした。
 家に行けばあの男は家にいた。クルトの姿を見つけると駆け寄ってくるのでそれを止める。

「私はウォルテア・ヘルマンと申します。クルトの上司です。昨日、彼が町にいたところを保護しました。それで事情は聞いて知っていますので、私もこの場に同席させていただきます」

「おいクルト! お前どういうつもりだ!?」

 関係のない人間が一緒にいる、しかも事情を全て知っているとあって直ぐに血が上ったようだ。クルトに怒鳴り声を上げる。もうその時点で殴り飛ばそうかと思ったが、今はまだ早い。

「……フリッツ。それは僕のセリフだよ。デニスとはどういうつもり? いつから2人はそういう関係だったの?」

「だからアレはあいつに無理やりっ…」

「違うよね。僕よりデニスの方が良いって言ってたんでしょう? 昨日が初めてじゃないよね? いつから?」

 今はただ第三者として2人のやりとりを黙って見ている。しっかりと見て聞いて、何かあった時には私が証人となればいい。

「ク、クルト…っ! 悪かった! 2人で話し合おう。な?」

 はっ。クルトと結婚する前からずるずると、あのような関係を続けてきておいてよく言う。

「それは無理だよ。あんなところを見て、あんな2人を知って、僕はもうフリッツとはいられない」

「クルト! もうしないから! デニスとは別れる! だからっ…」

 別れる気など毛頭ないくせに。クルト1人くらい言いくるめられると思っている。……クズが。

「ごめんフリッツ。僕、もう2人を信じることが出来ないんだ。だから別れよう」

「ま、待ってくれ! 別れたら俺っ……金が、金が要るんだ! だから別れたら困るんだよ! 頼む! 別れるなんて言わないでくれ!」

 そしてとうとう、浮気相手の借金の事を話しだした。それはそうだろう。クルトの意思は固い。ここで別れてしまったら返済など出来るわけがないからな。あのデニスとかいうクズが作った借金はかなりの額だ。平民がおいそれと返せるような額じゃない。だから官吏という給金の高い仕事に就いているクルトを逃すわけにはいかないのだ。

 それを聞いてクルトの心がより離れるともわからずに。愚かな。

「デ、デニスが…賭博で大負けしたんだ。それで…その借金を、俺が払うって、言ってて……」

「は…? なに…? デニスの借金を、フリッツが肩代わりしてるってこと…?」

「あ、ああ…。クルトは国の役人だし給金だっていいだろ? だから俺が払ってやるって…言ってて…」

「信じらんない……最低……フリッツ、もう無理だよ。僕は別れるから。ここまでされてよりを戻す何てあり得ないよ!」

 クルトが怒りで震えている。信じていた2人にここまでコケにされていたことを知って、悲しみよりも怒りが勝ったのだろう。この2人は本当にどうしようもないクズだ。

 そしてとうとうクズな夫は言ってはいけない言葉を発した。

「な……てめぇ! 俺はなぁ! お前の親が犯罪者だって知ってんだぞ!? それで処刑されて孤児院に入れられて、かわいそうなお前を俺が娶ってやったんだぞ! それをっ……」

「口を慎めッ!!」

「ぐふっ!」

 その言葉を聞いた瞬間、私の怒りが爆発した。もう我慢できなかった。よく知りもしないで勝手な事をほざいたこの男を、気が付けば思いっきり殴っていた。4男とは言え貴族だ。幼いころから剣術や体術を嗜んできた。私よりも大きな体だろうが殴り飛ばすのは簡単だった。

「黙って聞いていれば適当なことを! クルトの両親が捕まって処刑されたことは事実です! ですがそれは冤罪で黒幕が捕まった時は既に3年が経っていました。それはこちらの落ち度です。クルトとご両親には本当に申し訳ないことをしました。
 なのにあなたは自分の伴侶に対してよくもそんなことをっ……! 恥を知りなさいッ!!」
 
「ってぇな…! てめぇ! こんなことしてタダで済むと思ってんのかッ! 訴えてやってもいいんだぞ!」

「どうぞお好きになさい。あなたに訴えられたところで痛くもかゆくもありませんよ。訴えたらあなたがクルトにしたこと全てがバレますね。あなたにそれを受け止める度胸があるなら好きにやりなさい。堂々と受けて立ちましょう」

「くそっ……!」

 訴えると言われても何も動じず、あまつさえ全てがバレると言えば何も言えずに男は黙った。私に喧嘩を売るなど1億年は早い。

「あなたの受けた痛みはクルトの心の痛みです。正直全然全く足りてませんがね。
 クルト行きましょう。これ以上あなたをこの男の前に居させたくありません」

 これ以上クルトを傷つけさせるわけにはいかない。彼を守るようにして家を出て、自宅へと戻ることにした。
 はらわたが煮えくり返る。殴った手は痛みを感じたが、クルトの心の傷を思えばなんてことはない。こんなもの、痛いうちに入らない。

 自宅へと戻る馬車の中で少しでもクルトの気持ちが晴れるよう言葉をかける。だが私の前では気丈に振る舞いその姿がまた痛々しかった。

「私の前では嘘を付かなくていいんですよ。あんなこと言われて平気な訳がありません。私でさえ、怒りで手が出たほどなんですから」

「本当は……僕も怒りで気が狂いそうでした。まさか借金まで肩代わりしていて、それが僕のお金で返済していたなんて…。
 でもおかげで吹っ切れました。もう気持ちに整理が付きました。でも……でもっ…。昨日までは好きだったんですっ…。今までの僕のこの気持ちが、やるせなくてっ……すみません……うううっ」

「いいんですよ。今はいっぱい気が済むまで泣きなさい。その涙と共に、あんな男への気持ちなんて流してやりなさい」

 クルトを全ての痛みから守るようにして、彼をそっと抱きしめた。小さな嗚咽はやがて大きくなり、心の叫び声をあげていく。

 もう大丈夫。これからは私があなたを守ります。あなたを慈しみます。もうこんな辛い思いはさせません。あの男のことなんて思い出せないほど、幸福な時間で満たします。

 クルトの小さく震える体を抱きしめて、人知れず1人でそう誓った。
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