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しおりを挟む「やぁっ!はっ!」
「遅い!もう少し踏み込みを強く!…そう、いいぞ。もう一度だ。」
カン!カン!と木剣がぶつかる音が響く。お父さんは剣の指導をする時は厳しい。僕はついていくだけで精一杯でいつもヘロヘロになる。
「よし。アシェル、ここまでだ。前よりも動きは良くなったな。この調子だ。……次はカイル様ですね。どうぞ。」
「お願いします!」
はぁ~…カイル兄上すごい。あんな風に動けるなんて…。お父さんもお母さんもライリーも運動は得意なのに、なんで僕だけこんなに鈍いんだろう。
「アシェル、お疲れ様。」
「ローレンス兄上。…僕やっぱり剣が苦手です。」
「きっとアシェルは魔法の才能に全部いっちゃったんだね。僕は魔法があんまり得意じゃないからアシェルが羨ましいよ。」
僕が羨ましい?ローレンス兄上の方がずっとすごいのに。
「アシェル、皆それぞれ得意な事と苦手な事があるんだ。ライアス叔父さんも魔法は苦手だろう?でも剣の腕はすごい。エレン叔母さんも魔法は得意だけど剣は苦手。だから、アシェルがそこまで落ち込む必要はないんだよ。」
そっか、確かに。お父さんもお母さんも苦手なことがあるし、きっとカイル兄上もローレンス兄上もそうなんだ。
「僕、自分でなんでも出来なきゃって考えてました。」
「アシェル、完璧な人間なんていないぞ。皆それぞれ得意不得意があって当然なんだ。だから皆協力し合って生きてるんだよ。」
「お母さん。」
「だからお前は得意な魔法をどんどん伸ばせば良い。でも何かあった時のために、剣術や体術もちゃんとやろうな。強くなくてもいいんだ。大丈夫だよ。」
そう言ってお母さんは僕の頭を撫でてくれた。そっか。苦手でもいいんだ。そっか。なんか不安に思ってたのがなくなって僕は嬉しくなった。
「じゃあさ、アシェルの魔法見せてよ。僕まだちゃんとアシェルの魔法見たことないからさ。」
「はい!じゃあ、今日はお天気もすごく良くて暑いから…。」
僕は手のひらを前に突き出して水の魔法を使った。霧状になるように細かく細かく…。サーっと優しい水が、みんなを少しでも涼しくするように。
すると虹がかかった。
「すごい…アシェル、凄いよ!こんなに綺麗な魔法初めて見た!」
わっ!ローレンス兄上がすごく喜んでくれてる!
「…アシェル、こんなの一体いつ覚えたんだ?」
「えっと。暑いから少しでも涼しくなったらいいなって思って。でもお水そのまま被ったらびしょ濡れになるから、細かくしたら濡れないかなって。」
「…うちの子が天才すぎる…。」
「…アシェル、今何やったの?」
あれ?カイル兄上も剣の稽古やめてこっち見てる。…ていうか、お爺ちゃまもお婆ちゃまもランドルフ伯父様もクィンシー伯母様も、皆こっち見てる。
え、なになに?僕、ダメだった?
「お母さん、僕何かダメだった?いけないことしちゃったの?」
「違うよ。皆びっくりしたんだ。アシェルの魔法が凄いから。すごく綺麗だったから感動しちゃったんだ。」
「そうだぞアシェル!アシェルは凄い!天才だ!」
わっ!お爺ちゃまに抱っこされた!
「こんなに綺麗な魔法を見せてくれてありがとう。お婆ちゃまとっても感動しちゃった!」
すごいすごいって皆褒めてくれた。よかった。悪いことしたわけじゃなかったんだ。
「…アシェル、魔法の勉強をもっといっぱい、しっかり勉強できるところがあったら行きたいか?」
「お母さんに教えてもらってるのに?もっと勉強できる所があるの?それなら僕、そこに行きたい!もっといっぱい勉強して練習してすごい魔法使いになりたい
!」
「そっか…。うん、わかった。」
お母さんはにっこり笑って頭を撫でてくれた。
* * * * * * *
~エレン視点~
「まさかこの歳でここまで出来るとはな…。」
「僕も、ここまで出来るとは思いませんでした。というかそこまではまだ教えていなかったので。」
「なんだと?アシェルは自分でそこまでやれるようになったのか?」
その日の夜、大人達は応接間に集まった。今日のアシェルの魔法のことだ。
実際あんな細かい魔力操作はそう簡単に出来ることじゃない。コントロールが得意な俺だってアシェルの歳でこんな芸当出来なかった。
魔法はすごく繊細だ。力技でドカン!とぶつける事はそんなに難しくないけど、細かく細かく、細く長く魔力を操り実行するなんて、魔法を使う人間は皆その難しさを身に染みて理解している。
魔力は無尽蔵じゃない。魔力量に個人差はあれども無限に使えるわけじゃない。だから少ない魔力で効率よく魔法を使える様になる必要がある。
だけどそれがとても難しい。教えられてもすぐには無理だし、習得する事も難しい。
それをアシェルは教えられていないのに、自分で考えて簡単に実行してしまった。
「今まで教えていたのは、ただ単純に魔法を行使する事だけです。細かいコントロールまではまだ教えていませんでした。」
「アシェルは間違いなく天才だ。これはかなり騒がれることになるぞ。昨日の話は、決定した方が良いだろう。」
「兄上…。」
「心配するなエレン。何があっても俺たちは家族を守るさ。」
「…すみません。ありがとうございます。」
兄上や皆の気持ちがすごく嬉しい。…たまに俺があのまま我儘放題やってたらこんな風になる事はなかったと思うと怖くなるのと、今のこの状態がすごく嬉しいのと、昔のことが申し訳ないのとごっちゃになる。
「エレン…。」
ライアスは俺の気持ちに敏感だ。こうやって背中を撫でて安心させてくれる。
「アシェルも魔法をもっと勉強したいと言っていたしな。明日、アレクシスに手紙を書いておく。」
「はい、父上よろしくお願いします。」
これからアシェルは目立つし騒がれるようになるだろう。
俺が教えられるのは、どんな事があっても俺たちが守る事と、自衛の手段。そして驕らず、謙虚でいる事。傲慢になれば誰も手を差し伸べてくれる人はいなくなる。困った時に助けてくれる人はいなくなる。
俺はライアスが居てくれたからまだ良かった。でもこんなのは奇跡だと思ってる。
アシェルが俺の二の舞にならないよう、ちゃんと導いてあげよう。その必要がなくなるその時まで。
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