【完結】消えた一族の末裔

華抹茶

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32 ルドヴィクside

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 リュークの顔が血に濡れているのを見た瞬間、俺の中は全て怒りで埋め尽くされた。キャンキャン喚きながら、扇でリュークを叩きつける赤毛の女。後ろ姿であっても俺が心底嫌いな女だとすぐにわかった。
 扇を振り上げたその右手首を掴み、こちらへ向くよう体を捻らせる。そして首を掴むと、締め上げながら上へと吊り上げた。

 苦しそうに歪む顔は本当に醜く汚い。相変らずの鼻が曲がりそうな香水に吐き気がするほどだ。
 リュークに手を出すなと忠告したにもかかわらず、こいつは私怨でリュークに手を挙げた。俺のリュークに傷をつけ罵声を浴びせた罪は重い。このまま殺してしまおうか。

「ヴィ、ヴィー! やめて! お願いだから! それ以上はダメ! ヴィー! 僕は大丈夫だから! お願い、その手を離して!」

 あんな風にされたのに、リュークはこの女を殺すことを良しとしなかった。ここでこいつを殺してしまってもよかったが、それでリュークを悲しませたいわけじゃない。この女がどうなっても別に構わなかったが、リュークのために女から手を離した。
 次は確実に命はないと思え。そういう意味を込めて睨むも、あの女に伝わったかはわからないがどうでもいい。今優先すべきはリュークだ。

 回復薬を飲ませ、リュークの頬を伝う血を拭う。床に落ちていた血痕もふき取ることを忘れない。このままにしておけば、必ずあのエッカルトはリュークの血液を回収に来るだろう。そうなれば何が起こるかわかったもんじゃない。少しでもリュークの体質を隠すためには必要なことだった。

 鉄の入った扇で、女の力とはいえ思い切り頭を殴られていた。傷は治っても頭への衝撃は相当なはずだ。リュークを抱き上げ医務室へと向かう。とりあえず安静にさせなければ。
 医務室には誰もいなかったが、勝手にベッドを使わせてもらう。リュークを寝かせると、ほっと詰めていた息を吐いた。

「……悪かった」

「え?」

「あいつはドロシア・ラフヘッド。公爵家の令嬢だ。何年も前から俺に婚約の打診やら茶会の招待やらをしつこく送り続けてきた女だ」

 どうしてリュークがあの女に襲われることになったのか、事情を説明することにした。リュークに余計な心配や煩わしさを感じて欲しくなかったから言っていなかったが、予め説明をしておけばリュークも対処出来たかもしれないと後悔した。あの女が現れたらとにかく逃げろと言えばよかった。自分が情けなくて嫌になる。

「ヴィーはモテるんだね。婚約とかやっぱり貴族の世界は凄いな。でも、公爵令嬢にあんなことして大丈夫? ヴィーの立場が悪くなったりしない?」

「そうなったとしても別に問題ない。お前は心配しなくて大丈夫だ。そんなことより、頼むから自分の心配をしてくれ。血を流したお前を見た時、生きた心地がしなかった」

「ヴィー……」

 なんでこんな風にされても俺の心配をするんだ。お前の方が辛い思いをしたのに。そんな辛い思いを、俺がさせてしまったのに。
 苦しくなってリュークを抱きしめた。俺の背中にリュークの腕が回る。

「ごめんね。僕が不甲斐なくて……ヴィーに心配と迷惑ばっかりかけてる。本当にごめん」

「そう思うなら、自分をもっと大事にしてくれ。お前が誰かに傷つけられるのを見て、俺は平気でいられないんだ。お前が何より大切なんだ」

「……うん、ありがとう」

 告白まがいのことを言った。でもきっとリュークはその意味に気付いていないだろう。今はまだ、それでもいい。もっとリュークの中を俺で満たすまで、このままで。
 誰にも渡さないと、リュークを更に抱きしめた。背中に回されたリュークの腕が、俺を宥めるようにさすられる。リュークの肩に埋めた俺の頭に、頬をすりっとすりつけられる。
 それが気持ちよくて温かくて。俺はしばらく動けなかった。


「まったくお前はなんてことをしてくれたんだ……」

 その日はリュークの体調を慮って早退することにした。共に帰宅し、夕食を終えた時間に王太子からの手紙が届く。あの女のことについて話があると、王宮へと呼ばれた。リュークをメルルに任せ、王太子の元へ向かえば開口一番ため息とともに小言を言われる。

「早まったことはするなと伝えたはずだ。ラフヘッド公爵が怒り心頭で、騎士団長に詰め寄っていたぞ」

 俺があの女の首を絞めたことを知った宰相でもある公爵が、父へ抗議したそうだ。
 公爵は、ドロシアへの暴力で責任を取るように迫った。首を絞めたことについては謝罪をしたものの、父上はドロシアがリュークに手を上げたことについて謝罪するよう要求した。婚約についても何度も断っているのに諦める様子もなく、未だに打診を送ってくるのもやめて欲しいとも伝えたそうだ。

 だが公爵はリュークのことを謝罪するつもりはないと突っぱねた。たとえ王太子の庇護があろうが所詮は平民。ドロシアとは立場が違う、ドロシアの機嫌を損ねた結果なら、相応の対応だと譲る気はなかった。
 婚約についてもドロシアが選んだ相手で、望みを叶えたいという親心で打診を送ったに過ぎない。だがドロシアをそのような目に遭わせた相手に嫁がせるつもりはないが、責任は取ってもらうと俺を王都追放にさせると言ったそうだ。

「所詮は平民とは言うが、リュークは私の庇護下にある。ドロシア嬢は私が大切にしているものに手を出したんだ。王族の私が目をかけている者に、たかが公爵令嬢がね。それについてどうお考えなのかな? 宰相」

 公爵が身分のことを持ちだしたため、王太子も自分の身分を持ちだした。いくら国内で力を持つ宰相でさえ、身分のことを言われてしまえば何も言えない。
 だがそこで納得することは出来ないと、宰相がごねだしたところに嫡男であるブラント・ラフヘッド副団長が現れた。

「相手が平民であろうが、一人の人間に自分勝手に暴力を振るうなどあってはなりません!」

 そう言ったらしい。強すぎる選民意識は誰も付いてこないだの、身分で人の価値は決まらないなど、あの公爵の息子とは思えない立ち振る舞いだったそうだ。
 挙句に「妹が申し訳ないことをしました。マスターソン副団長が遠征から戻り次第、謝罪いたします」と父上に頭を下げたらしい。
 ただそこでもひと悶着あったようで、かなり長い話合いになったそうだ。

「ラフヘッド副団長が来てくれたことでなんとか公爵をなだめることに成功した。だがお前のしたことは流石にお咎めなしとはいかない。二週間の停学処分だ。これくらいで済ませたことに感謝しろ」

 その後父上もここに現れ、こっぴどく叱られた。頭に血が上り過ぎだとか、それでどうやってリュークを守るんだとか、ぐちぐちと言われてしまった。
 ここまで父上に叱られたことはなく、めんどくさいなと思いながらも嫌な気にはならなかった。

 ただこれであの女からの付きまといや、しつこい茶会への招待もなくなるようだし結果としてはよかった。だがリュークの側に二週間いられないのはどうしたものか。

「大丈夫だ。こちらもそのことを見越して手を打っている。感謝してくれ」

 王太子が意地の悪い顔でにやりと笑う。こいつの手を借りなければならないことが不服だが、リュークを守れるならどうでもいいか。
 話も終わりそろそろ帰るかと思ったその時。王太子の執務室の扉からノックの音が響いた。

「失礼いたします。ブラント・ラフヘッド魔法騎士団副団長です。レインズフォード侯爵家次男のルドヴィク殿がこちらにいると聞きまして訪ねて参りました」

 俺は殿下と視線を交わす。こくりと頷き合って、殿下が「入れ」と許しを出した。
 入室したラフヘッド副団長は、殿下に挨拶と一礼すると俺に向き直った。

「ルドヴィク殿、本日は妹が迷惑をかけたことを謝罪しよう。君の処分を取り消すところまで至らず申し訳ない」

「……いえ。俺の方こそ、やりすぎてしまいました。申し訳ありません」

「確かに少々やりすぎたかもしれないが、妹にはいい薬になっただろう。これで少しは立ち振る舞いに変化が出ればいいのだが……こちらでも妹にはよく言って聞かせる。本当に今日はすまなかったね」

 眉尻を下げ、困ったように笑うラフヘッド副団長。言っていることはこちらを気遣う内容だが、違和感がある。

「それはそうと、たまにルドヴィク殿がこちらにいるようですが、二人はとても仲がよろしいんですね」

「……まぁそうだな。幼い時から、共にシモン殿の魔法講義を受けていたんだ。お互い切磋琢磨出来る関係だ」

「そうでしたか! マスターソン副団長は本当に素晴らしい方です。私もマスターソン副団長に教えを請うのですが、いつも感嘆しっぱなしですよ」

 それから二、三、雑談をすると、もう一度俺に謝罪し部屋を出て行った。

「……殿下。どう思いましたか?」

「うむ。怪しさしかないな」

 どうやら俺と同じことを思ったらしい。
 俺にはやたらと謝罪するにもかかわらず、肝心の暴行を受けたリュークに対して一言もなかった。
 本当に妹が悪いことをしたと思ったのなら、リュークに何も言わないなんてことはあるんだろうか。
 それに雑談と見せかけて、俺と殿下の関係にも探りを入れていた。

 ……これは色々と注意が必要だろう。
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