【完結】消えた一族の末裔

華抹茶

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22 ルドヴィクside

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「アデル・マーティクル。この名前に聞き覚えは?」

「? 知りません。誰ですか?」

 いきなりなんだ。突拍子もなく知らない奴の名前を出しやがって。そんな奴の名前、聞いたこともない。

「ふむ。本当に知らないようだな。アデル・マーティクルは没落寸前の男爵家の嫡男だ。魔法騎士団の文官として働いていたんだが、こいつは国の軍事情報を他国に売り渡していた」
 
「……」

 だからここ数日、シモン先生が帰宅できなかったのか。ということは、団長である父上も家には帰っていないのだろう。
 だがなぜそのことを俺に――なるほど、そういうことか。

「殿下は俺が、そのアデルなんとかという奴と何かしらの繋がりがあると思ったのですね?」

「まぁ本当に繋がりがあるとは思っていなかったが、念のために聞いたのだ」
 
 殿下の話では、アデル・マーティクルは隣国アリミルス王国の人間に唆されて、仕事で得た軍事情報を売り渡していた。現在の武器庫内の備蓄や人員の詳細などを。
 こいつは一度見たものを覚えてしまうらしく、仕事で見た書類の内容を丸暗記していた。それを自宅で書き写し、隣国の間諜へと渡す。その時に金銭を得ていた。
 初めは大して地位もないため大したことのない内容しか渡すことが出来なかったが、徐々に昇進し取り扱う書類も機密情報が書かれたものに変わっていった。

 間諜に売り渡す内容が機密情報であればあるほど、受け取る金銭が多くなっていたアデル・マーティクルは、それに味を占め大胆な行動に出始めた。ついには訓練中の不在時を狙い、団長である父上の執務室へ入り込み書類を漁りだす。たまたま団長部屋へ忘れ物を取りに帰って来た父上に見つかり、事が発覚した。

 アデル・マーティクルは真面目な人柄で、目立つような人物でもなかった。おどおどとした性格で人とあまり話すことも少ない。そのため、こいつがやってきたことに気付くことが遅れたらしい。
 
「まだ尋問途中だが、売り渡した内容の中にはまずいものもあった。その最たるものがシモンのことだ」

 シモン先生の魔法について、かなり事細かく隣国へ情報が渡ってしまったらしい。その中にはリュークのこともあったそうだ。『シモンが溺愛している養子』として情報を売り渡していたらしく、今後の状況は要注意とのこと。
 
「今の隣国アリミルスは、継承争いが勃発しているそうだ。恐らくだが、アデル・マーティクルを利用していたのは過激派筆頭である第二王子、ジークムント・ヴァン・アリミルス殿下だろうと推測している」
 
 隣国アリミルス王国には、三人の王子がいる。王太子デルバート、第二王子ジークムント、第三王子テオドール。王太子と第三王子が王妃の子供で、第二王子は側妃の子供のはず。
 王太子は優秀だが保守的で、第二王子は勢力圏を広げることを主軸にした過激派、第三王子は病弱でほとんど姿を現さないと聞いたはずだ。

「あちら側も馬鹿じゃない。第二王子に繋がるような痕跡は残していないだろうが、現在の隣国の状況を考えれば不思議じゃない」

 第一王子が王太子として擁立されているにも関わらず、第二王子を筆頭とした過激派がその座を奪い取ろうとしている。もし過激派が継承争いに勝利し、王となったのなら。戦争の火種は周辺国家へあっという間に降り注ぐだろう。
 今現在、この国も隣国次第で危険なことはわかった。だが――

「俺にそんな重大な話をしてよかったのですか? このことは、ある意味機密だと思うのですが」
 
「シモンの弱点がリュークだと隣国に知れた今、多くの味方が必要だ。だがリュークの特殊体質は他に漏らすことは出来ない。それこそ敵に塩を送るようなものだ。だからお前がリュークの味方でいてくれるのなら、こちらとしては助かる」

 もしリュークを守るために王宮で隔離などしたら、なぜたかが平民の子供を王宮で預かるのか不審がるはずだ。そして囲えば囲う程、それを知った隣国がどういった手でくるかもわからない。
 それに万が一リュークが連れ去られでもすれば、その特殊体質がバレる可能性がある。そうなればどういう扱いになるかわからない。ただ一ついえることは、絶対に尊厳を無視した扱いをされるということ。

 王宮で囲うことも難しい。シモン先生は魔法騎士団の仕事のため、常に在宅しているわけじゃない。家には通いのメイドが一人だけ。過剰に保護するわけにもいかず、かといってリュークを一人家にいさせるのも危ない。
 だから俺がシモン先生の家にいることが、今の状況として適切ということか。
 俺がリュークの側にいるためにシモン先生のところへ来たが、まさか思わぬところでそれが利点になるとは。

「お前が本当にリュークを守るつもりなら、手を貸して欲しい。だから早く力をつけろ。敵が来ても確実に跳ね返せる力を」

「……だから俺が殿下と一緒にシモン先生の魔法講義に参加することを許可したのですね。そしてその間にリュークに情勢を学ばせる」

「その通りだ。学園の入学試験と並行して情勢を学ばせ、そして護身術も学ばせる。以前から少しやっていたが、更に強化する必要がある。リュークも自分がいかに危険な人物かを理解しているから大丈夫だろう。そしてお前も同時にここで剣を学べ」
 
「わかりました。こちらとしても願ってもないことです」

 早く力をつけたいと思っていたから、これは思う存分利用させてもらおう。使えるものは何でも使ってやる。

「それとアレクシスにはリュークの体質を話すことにした。魔法騎士団長として、お前の父として、内情を理解してもらわなければならないからな」

 それを聞いてシモン先生を伺い見るも、微笑みながら頷いたことから先生も了承済みだとわかった。それなら俺から異を唱えることはない。父上が味方に付く方が、いろいろなことに融通が利きやすくなるだろう。
 それによって家での家庭教師の手配に関しても、殿下絡みの優秀な人物が派遣されることになった。
 ただリュークにはアデル・マーティクルの話をすることは禁止になった。リュークの立場を考えれば、この機密情報を漏らすことは出来ない。だがより一層自分の身を守ることを第一に考えるよう促していかなければ。

「俺はリュークの特殊体質を知らないことになっています。殿下もそのようにお願いします」

「それはなぜだ?」

「このことを何人も知っているという状況が不安にさせるだろうと思ったからです。リュークを守りたいのであって、その逆をするつもりはありませんので」

「わかった。ははっ、それにしてもまさかお前がリュークの番犬になるとはな。何がお前をそこまでさせるのかはわからないが、こちらとしても助かる話だ。頼むぞ」

「……殿下もやろうと思えばリュークを王宮で囲えると思いますが、それをしなかったのはなぜかお聞きしても?」

「? どういう意味だ?」

「知らないのですか? 殿下が平民で扱いやすいリュークを、将来の愛人に仕立てようとしているという噂を」

「は?」

 こんな風に言っているのは僅か数名だけだが、実際にそんな話をしていた奴はいる。図書館にいた時にちらりとそんな話を聞いた。ま、その話も下世話なネタの一つとしてただ軽く話していただけだと思うが。
 だが万が一こいつもリュークを狙っていた場合、それを許すことは出来ない。カマをかけてみたが、反応を見るにどうやら愛人にするつもりはないと見ていいだろう。
 
「きっと私が腕輪を贈ったことからそのような話が出たのだろうな。くだらない……いや待てよ。愛人か。リュークは平凡ながらも素直で面白い奴だからな。将来の愛人にするというのも悪くない」

「……御冗談を」

「……ほう。そういうことか。なるほどな。今後はリュークを愛人にする計画も立てておくか。それなら王宮で囲うことも不自然ではなくなるしな。妙案を授けてくれて感謝するぞ」

 俺を見る殿下の顔が、面白いおもちゃを見つけたような、にやにやとした気持ち悪い顔になった。恐らく俺の気持ちがバレたのだろう。俺もまだまだだな。殿下がリュークを愛人にすると聞いただけで、怒りが湧いて顔に出てしまった。精進しなければ。

「殿下!? お待ちください! リュークを愛人になんてさせませんよ!? というか父親の前でそんな話をしないでもらえますか!?」

「シモン、頭が固いぞ。リュークは愛人とはいえ王家との繋がりが出来るのだ。将来は安泰じゃないか」

「そういう問題ではありません! リュークには本当に心から好きになった人と添い遂げて欲しいんです! 殿下が無理やり愛人にするなんて、私が許しません!」

「はははっ。らしいぞ、ルドヴィク」

「肝に銘じます」

 問題はない。リュークの中を俺で埋め尽くす計画は既に始まっているからな。
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