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9.俺は聖女の再来だった

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「ようこそ、異世界からの来訪者殿。私はアングレット王国王太子、ヴォルテルだ」
「は、初めまして! 菅野晴翔と言います……ってこっちじゃハルト・スガノになりますね。よろしくお願いします」

 被っていたフードを下ろし頭を下げる。俺の黒髪を見た王子様は、一瞬軽く目を見開いた。やっぱりこの色はもの凄く珍しいようだ。
 初めて会った王子様は、ツヤツヤのピンクブロンドの髪にオレンジの瞳をしていた。この世界じゃブリーチやカラコンなんてないだろうし、天然でこの色は凄い。ますます俺がいるこの世界が異世界なんだと思わされる。
 王子様はにっこり笑って俺達に目の前にあるソファーにかけるように勧めた。ユリウスさんの隣に腰掛けると、一人の男性がお茶の用意をし一人用のソファーに腰掛けた。もう一人男性がおり、その人も一人用のソファーに腰掛ける。

「彼らは私の側近だ。自己紹介を」
「僕はロキュス・オーウェンと申します」
「俺はルーカス・ガトー。聖女様の再来だと聞いて疑っていましたが、その髪色を見ると異世界からの来訪者というのは本当のようですね」

 二人は王子様の部下で、非常に優秀だそうだ。特にロキュスさんは子爵家という下位貴族でありながらも、学園で優秀な成績を収めていて王子様の側近に抜擢されたらしい。
 貴族のことはよくわからないが、どうやら王子様の側近になるにはそれなりの爵位も必要らしい。ロキュスさんはそれを取っ払う程優秀だってことだ。
 ルーカスさんは侯爵家の人らしく、子供の時から王子様とは仲がよかったらしい。ルーカスさんがロキュスさんの先輩にあたるそうだ。

「まずはユリウスの受けた呪いや怪我を治してくれたことに礼を言おう。彼は魔法騎士団の中でも非常に貴重な戦力を持つ一人だ。彼がいるかいないかで戦況が変わるほどのね。あのまま呪いが解けず怪我も治らなければ、ユリウスの命も危なかっただろう。我が騎士団の大切な騎士を救ってくれたこと、感謝する」
「いえっ……俺もよくわからないままで……ただユリウスさんの怪我を治せてよかったです」

 ユリウスさんって結構すごい騎士さんだったんだ。ちらりとユリウスさんを伺い見ると、言われ慣れているのか表情一つ変えず出されたお茶を飲んでいた。イケメンで王子様の覚えもめでたい騎士なんてユリウスさんって本当に凄い人だったんだな。家はゴミ屋敷だったけど。

「さて。本日来てもらったのは君の適正能力をしっかりと調べるためだ」

 王子様の言葉に俺は頷く。俺は聖女の再来かもしれないとユリウスさんに聞いた。実際俺の体液で浄化と治癒が出来ることは自分で確認済みだ。だけどそれが本当に間違いないのか、それ以外の力はないのかちゃんと調べてくれるらしい。
 ロキュスさんが席を立ち、テーブルの上に置かれた四角い箱のようなものを持ってきた。それを俺の目の前に置くと手を置いて欲しいと言われる。ここに魔力を流すと俺の能力が全てわかるそうだ。異世界凄い。
 目の前に置かれた箱のような物は『鑑定鏡』というらしい。大きさはA4のコピー用紙くらいで真ん中が鏡、というか薄っぺらい水晶のようなものが嵌められている。箱全体には俺には理解出来ない文字というか記号のようなものが描かれていて、昔アニメやゲームなんかで見た魔法陣のようにも見える。
 その真ん中の鏡のところに手を置いて魔力を流すのだが、手を置いたところで俺は首を傾げた。そんな俺を見てユリウスさんも王子様も首を傾げる。

「あのー……魔力ってどう流すんですか?」
「え」
「あ」

 そもそも俺のいた世界に魔法なんてものは存在しない。だから魔力なんてものも存在しないし、そんな今まで関わったことのないものを流せと言われてもどうしていいのかさっぱりわからない。魔法がない世界から来たというのはユリウスさんには言ってあったが王子様達はまだ知らない。そのことを説明すると「魔法がない世界なんてものがあるのか……」と逆に驚かれてしまった。
 とりあえず魔力が何か全く分からないので、俺の体液をこの鏡の部分に垂らすことになった。体液にも魔力は含まれているらしく、魔力の放出が難しい場合はこの方法をとるらしい。ただそういうことはかなり少なくほとんどやらないらしいが。
 唾液や汗、涙でもいいらしいのだが、今すぐ涙を流すことも出来そうにないし汗はかいていないし唾液を出すのも気持ち的に避けたい。ということで、またユリウスさんにナイフを借りて指先をちょびっと切ることにした。どうせすぐに治るし。
 ただ俺が「じゃあ血液で」と言った時の皆の顔は揃って渋面を作っており、ちょっとだけ引いた。そんな嫌そうな顔しないでよ。まあいいやと、ぷすりとナイフの先端を指先に刺す。ぷっくりとした血が出てきたのでそれを鏡の部分に押し付けた。
 
 すると不思議なことに鏡の部分から周りに描かれた魔法陣らしきものがぽわぽわと光りだした。その後ピカッ! と強い光を放つと輝きは全て沈黙した。あまりの光にびっくりしたが、驚いたのは俺だけじゃなかったようで周りにいた皆も一様に驚いていた。

「これは……」

 鏡の部分を覗き込んだ王子様が声を上げる。そこには俺の能力が書かれているようで俺も覗き込んでみた。すると俺が読めない文字が書かれていたが、何故か俺には何が書かれているのかちゃんとわかる。言葉が通じるのと同じように、俺にもこの世界の文字が読めるらしい。
 
「『浄化、治癒、解呪』と書かれているな。やはり聖女の再来で間違いないらしい」

 王子様が言うには、以前の聖女も俺と同じ能力を持っていたそうだ。魔法のあるこの世界でも浄化や治癒というのはないらしい。解呪は出来るが、ユリウスさんがかかっていたあの呪いを解けるほどの力を持つ人はいないらしく、どんな呪いでも解呪出来るのは聖女だからだそう。
 ただ俺にとって残念なこともあった。

「『魔力なし』……マジかぁ……」

 俺には魔力がないらしい。はっきりとその事実を突きつけられショックを受けてしまった。
 だってせっかく魔法がある世界なのに魔力がないって魔法が使えないってことだろう? 俺に以前の聖女と同じ力があったとしても、それは体液の話だ。それがなければ俺はその辺にいる一般人と変わらない。
 どうせなら俺だって『ファイアーボール!』とかやってみたかった……

「魔法のない世界から来たハルトには魔力回路というものが存在しないのだろう。だから魔力がないのだろうな」

 魔力回路というのは血管みたいに魔力が通る管のようだ。そして体液にも魔力は含まれるらしく、魔力回路がない俺は体液そのものに能力が備わったのだろうという見解だ。
 以前の聖女は魔法が使え、魔法で浄化や治癒を行うことが出来た。だが俺にはそれが出来ない。もし同じことをするとしたら、ユリウスさんの家を掃除した時のように体液を使って行うしかないようだ。

「は……? ユリウスのあの家を掃除した!?」

 ユリウスさんの家でやったことを話したら、王子様が驚きの声を上げてしまった。どうやら王子様もユリウスさんの家の惨状を知っていたらしく、だからどこかの宿にでも泊ったのかと思っていたそうだ。それがまさかの掃除。しかも俺の体液を使って。

「はぁ……聖女様の能力をそんなことに使うなんて……」

 ルーカスさんは大きなため息を吐くと頭を抱えてしまった。王子様は絶句、ロキュスさんは顎が落ちるんじゃないかと思うくらい大きく口を開けてしまっていた。

「誤解のないように言っておくが、俺は止めたからな」
「あ、そう! そうなんです! ユリウスさんは嫌がってたんですけど、俺が実験も兼ねてやったんです!」

 ユリウスさんに批難が集中するのはまずいと、俺はちゃんと説明をした。見ず知らずの怪しい俺を拾ってくれたお礼と、行く当てもない俺を保護してくれたお礼だと。俺は家事も一通り出来るし、浄化の能力が凄すぎてとても楽しかったこと。だからユリウスさんに強制されたわけじゃないことも全部ちゃんと説明した。
 俺が必死に話したからか、王子様達は一応納得はしてくれたようだ。このことでユリウスさんに何か被害がないことを祈るばかりだ。
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