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「アルテ、朝だ。そろそろ起きよう」

「ん……トレヴァーひゃんだぁ…」

「ふはっ。寝ぼけてるのか。可愛いなアルテは。おはよう、もう朝だよ。起きて支度しないと間に合わなくなる」

 んえ? 支度? ……あ!

「え!? やばい! 今何時!?」

 そうだった! 俺はトレヴァーさんの家に泊まったんだった! もしかして寝坊した!?

「はは。大丈夫。まだ時間はあるよ。さ、顔を洗ったら朝食にしよう」

「はぁ…よかったぁ。焦っちゃった。あれ? なんか体さっぱりしてる? 寝間着も着てるし…」

「昨日、寝ている間に風呂に入れたんだ。その後服も着せた」

「え!? ごめんなさい! そんなことまでさせてたなんて…」

「いや、大丈夫。気にしないでくれ」

 いやいや、気にするから。今度はちゃんと俺も後始末しなきゃ。
 って、昨日の夜は激しかったなぁ。トレヴァーさんがめちゃくちゃエロくて興奮しっぱなしだったし。

「昨日のトレヴァーさん、めちゃくちゃえろくて可愛かったです。俺、すごく気持ちよくて幸せでした」

「いや…私の方こそ、昨日はすごく気持ち良かった。その…私にあんなに興奮してくれて、正直すごく嬉しかった」

「興奮しないわけないじゃないですか! 昨日のトレヴァーさんはこれでもか! っていうくらいエロくて雄っぱいは最高で逞しい体は思い出しただけで鼻血が出そうになるしエッチな言葉で俺を煽ってくるし――」

「待て待て待て待て! それ以上は言わなくていいから!」

 えー…もっと言いたいことあったのに。残念。

 あ、そうだ。朝起きたらやりたいことがあったんだった!

「トレヴァーさん!」

 忘れないうちにこれをやらなきゃ! そう思って俺はトレヴァーさんの胸元をぐっと掴んで引き寄せた。そしてそのままちゅっと唇にキスを落とす。

「へへ。おはようのキス。やっぱり恋人ならこれをやらなきゃ、でしょ?」

「ぐぅ……かわ…」

 ? どうしたんだろうか。また口元抑えてプルプルしだしたぞ。

「体調悪いんですか?」

「……大丈夫だ」

 本当に? 全然そうは見えないんだけど…。昨日の疲れが残ってるとか?


 それから朝の身支度を整えてリビングへ行けば、もう既に朝食の準備が出来ていた。

「え、これトレヴァーさんが用意してくれたんですか?」

「アルテほど上手くはないし簡単な物で申し訳ないんだが…」

 パンは昨日の残りだけど温められてるし、卵は焼いてくれてあるし、スープも作ってくれている。それに紅茶も。

「十分です。嬉しい! トレヴァーさんが用意してくれたっていうだけで、すごく嬉しいです!」

 だって俺はさっきまで寝ていたのに、わざわざ早めに起きてこれを用意してくれたんだろ? 嬉しくないわけがない! 大好きな人が俺の為に朝ごはん作ってくれたなんて!

 美味しいご飯を食べた後は、トレヴァーさんは出勤だ。玄関の前でもう一つ俺がやりたかったことをする。

「いってらっしゃいトレヴァーさん。ちゅっ」

 恋人が出来たらやりたかったことその2。いってらっしゃいのキス。

「今日はいつも以上に頑張れそうな気がする。ありがとう。少し照れるが、嬉しいものだな。だが、1人で帰るなんて大丈夫か?」

「大丈夫です。朝だし明るいし、それにトレヴァーさんの出勤場所と店は逆方向ですし。だからここで見送らせてください」

「……わかった。アルテもいってらっしゃい。気を付けて」

 トレヴァーさんからもいってらっしゃいのキスを貰ってハグをして、俺たちは分かれた。たまに後ろを振り向くと、トレヴァーさんも振り向いててそれが嬉しくてくすぐったくて手を振って見送った。

「ただいまー! エリックエリック! 俺やったよ!」

「はいはい。朝帰りの時点で分かるから。詳しく話さなくていいからな」

 むぅ。相変らず冷たいなぁ。俺の喜びを共有したかっただけなのに。

「お、アルテお帰り。トレヴァーさんと順調そうで何よりだ。今日からまたよろしく頼むぞ」

「はい! 俺は今幸せ絶頂で元気いっぱいなので、がんがん働きます! 親父さん、お願いします!」

「…朝っぱらから声がでけぇ」

 幸せの表れだと思ってくれ。
 よーし! 今日からまたガンガン働いて頑張るぜ!


 と、気合を入れて仕事をしたのだが……。

 あれからこの1週間の間にトレヴァーさんと顔を合わせられたのは、店にご飯を食べに来てくれた1回のみ。どうやら忙しいらしく、次のデートはいつになるかわからない。さみしいけど仕方ない。

 そして更に1週間、今回は1度も会うことが出来なかった。

 どうしたんだろう…。もしや怪我でもしたとか? それか病気になった?

「アルテ、あの騎士が来なくて寂しいのは分かるが仕事に集中しろ」

「あ、ごめん」

 気が気じゃなくて、ぼーっとしていたらエリックに注意されてしまった。いかんいかん。今やることをやらないと。

 夜に前来てくれた騎士の人が飲みに来た。俺はトレヴァーさんがどうしてるのか、怪我や病気をしていないのかを聞いてみることにした。

「あー、あいつなら大丈夫。忙しいだけだから。あいつからも伝言を預かってる。しばらく会えないけど、待っててくれって」

「…そうですか。元気ならいいんです。良かった」

 それで一旦は安心した俺だけど、それから更に1週間会えなくて、トレヴァーさんからも何の連絡もないことが不安になった。
 もしかしてあの時のセックスが本当は嫌だったんじゃないだろうか。最後、体力がなくて先に寝てしまったことが嫌だったんじゃないだろうか。朝も起こされるまで寝ていたことが不満だったんじゃないだろうか。

 考えれば考えるほど、不安で不安で仕方なかった。

 居ても立っても居られない俺は、休みの日にトレヴァーさんの家へと向かうことにした。もちろん仕事で出ていれば会う事は出来ないけど、その時は玄関に手紙でも挟んでおけばいい。手ぶらもどうかと思って、果物をいくつか買ってから向かうことにした。

 トレヴァーさんの家に着いたが、仕事に出ているのか家にはいなかった。会えればラッキー、くらいの気持ちだったから、寂しいけど予定通り果物と一緒に手紙を袋に入れて玄関に置いておいた。

 それから時間もあることだし、と1人でぶらぶらと散策することにした。ずっと部屋に閉じこもっていてもただただ落ち込むだけだ。天気もいいし気分転換に歩いて、服の1枚でも買おうと出かけることにした。

 市場を抜けて、洋服や雑貨が立ち並ぶエリアへと足を運ぶ。トレヴァーさんに買ってもらったあの服屋は流石に入れないけど、庶民がよく行く店なら数件知っている。そこを目指して歩いていると少し離れたところでトレヴァーさんらしき人の後姿を見つけた。

 もしやトレヴァーさん!? と思ってしばらく後ろを付いていく。ふと横を向いたお陰で顔が見え、間違いなくトレヴァーさんだと分かった。会えた嬉しさで「トレヴァーさん!」と声を掛けようとしたが、トレヴァーさんに小柄な女性が駆け寄っていた。

 2人は見つめ合ってにこにこと楽しそうに笑いながら話をしていた。そして、2人は腕を組んで奥へと歩いていった。
 それを見た俺は動けなくなってそこに佇んでいた。

 まさか浮気…? トレヴァーさんに限ってそんなこと……。きっと何かの間違いだ。

 そう思いたいのに、今までトレヴァーさんからの連絡がないことで不安になっていた俺は、素直にそう思うことが出来なかった。

 横顔しか見ていないけど、綺麗な女の人だった。小柄で華奢で、一緒に歩いていてもお似合いの2人だった。服もちゃんとおしゃれだったし、綺麗に化粧だってしていた。

 それに比べて俺は……。

 服はボロボロでトレヴァーさんに買ってもらう始末。家に行った時も、新たに服が買って置かれていた。きっと俺の姿がみすぼらしくて哀れに思ったんだろう。
 初めて家に行ったあの日、市場での買い物も全部トレヴァーさんがお金を出してくれた。途中入ったレストランもそう。俺は一度も支払いをしたことがない。金蔓にされていると思われたんだろうか。男が好きって言っていたのに、それも嘘だったんだろうか。

 セックスも、俺が下手で気持ち良くなかった。お金もない。みすぼらしい。そんな俺より、綺麗でしっかりとしたあの人の方が良いと思われたんだろうか。

「…そんな。俺、嫌われた…?」

 だから何の連絡もくれず、会えなかったのか。その間にあの人と会っていたんだ。

 そうだよな。こんな俺より、あの人の方がずっとトレヴァーさんに相応しいよな。俺みたいなこんなみすぼらしい男なんて、きっと側に置きたくなかったんだろう。

 トレヴァーさんの楽しそうな姿を見たら、そういう考えしか出てこなくなった。服を買おうと思ったけど、もうそういう気分じゃなくなった俺は店に帰ることにした。

 とぼとぼと歩いている途中も、ずっとトレヴァーさんとあの女の人の姿が頭をちらつく。悲しくなって涙が出そうになる。だけど必死でこらえて歩いて店に着いた。

「ただいま……」

「アルテ! お前に手紙が届いてる! それも赤封筒だ!」

「え……?」

 赤封筒の手紙。それは特急の手紙だということ。
 普通の手紙は赤色以外の封筒を使う。だけど急ぎで届けたい場合は、一目見てわかる様赤色の封筒を使うことになっている。

 俺は妹から数か月に一度、手紙を貰っている。母親の容体や最近のことを知らせてもらうためだ。だけど先月妹から手紙が届いていた。だから本来はまだ手紙は送られるはずがない。とするならば……。

 嫌な予感がして慌てて手紙を受け取り、その場で開封した。

 ――お母さんが倒れた。

「え……嘘。なんで…? だって、この前の手紙には、もうそろそろ薬も要らなくなりそうって、書いてあったじゃないか」

「アルテ大丈夫か?」

「エリック、母さんが倒れたって…どうしよう、どうしたらいい!?」

「落ち着け! 店の事は大丈夫だから、一旦村へ帰ってやれ。お袋さんについてやったらいい」

「いいの…? そんな我儘言って…。いつ戻れるかわからないのに」

「こっちの事は心配するな。お前以外にも店には従業員がいる。だから何の心配もしなくていい。それより早く村へ帰ってお袋さんのところに行ってやれ」

「うん、そうする。ごめん、エリック! 村に着いたら手紙を書くから!」

 そう言って俺は部屋へ戻り、荷物を纏めた。そしてそのまま勢いよく店を飛び出して行く。


 トレヴァーさんの事と、母さんの事。嫌な事ってどうしてこんなに立て続けに起こるんだろうか。

 俺は神様に怒られるような事を、知らず知らずしてしまったのかもしれない。


 
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