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44 告白とキス

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「私は何か嫌な事をしてしまったのだろうか……」

「え?」

 急にそんなことを言われて思わず顔を上げる。すると悲しい色をしたその瞳とぶつかった。

「……今日、途中から視線が合わなくなった。私の顔を見るのも嫌になってしまったのだろうか」

「あ……」

「姉上に言われたのだが、私はどうやら少々抜けているらしい。屋敷にいた者以外と上手く関係を築くことが出来なかったのもあるのかもしれない。それで私が知らず知らずのうちに貴方に嫌な思いをさせてしまったのではないかと。……申し訳なかった」

「あ、いや……」

「貴方に触れたいという気持ちが止められずこうして側にいることも、貴方には迷惑だったのかもしれない。そのことに今更思い当たった。これからは過度な接触は避けよう。安心して欲しい」

 そう言ってオーサはいつもとは違う、悲しい色を持ったまま微笑み俺からそっと離れ立ち上がろうとした。ほんの少し隙間が空いただけで冷たい風が通り抜ける。オーサの温もりから離れたくなくて、俺は咄嗟にオーサの袖を掴んでいた。

「ヒカル様……?」

「…………」

 あーーー!! 俺のバカバカバカ! なんで一言も言いたいことが言えないんだよ!
 行かないで。離れないで。ここにいて。
 たったそれだけの一言が、どれもこれも声に出ない。言いたいのに口から出てこない。だけど離れたくなくて袖から手を離すことも出来ない。
 オーサはそのままストンとまたソファーに腰掛けた。だけど俺との距離は少し開いている。それが寂しい。それが悲しい。オーサの温かさが感じられない。

 口をはくはくと開けては閉じてる俺を焦らせることもなく、ただじっとそこに座って待ってくれているオーサ。その優しい気遣いが堪らなく嬉しくて胸がキュッとした。
 言え。ちゃんと言わなきゃ。嫌じゃないってちゃんと言わなきゃ伝わらない。

「…………あ、の」

「ああ」

「……えっと」

 あああああ! 俺ってなんてチキン野郎なんだ!! 大事な事なのになんで言えないんだよ!!
 でもしょうがないだろう!? 今までこんな風に誰かを好きになったこともないし告白なんかもっとしたことない! そんな俺が気の利いたセリフの一つさえ言えなくて当然だ!

 だけどそれじゃダメなんだ。ダメだって分かってるのに……。

「嫌な事は嫌だと言ってもらって大丈夫だ。私の事が嫌いでもいい。姿を見たくないならそれでもかまわない。それで私がヒカル様を嫌いになったりそんなことにはならないのだから」

「違う!」

「ヒカル様……?」

 そんな顔して言わないでよ。悲しい顔して笑わないでよ。折角笑えるようになったのに、そんな悲しい顔で笑わないで。心臓が止まるくらいのいつもの綺麗な顔で笑ってよ。

「違う……嫌じゃない。嫌いじゃない、から……だから、その……」

 言え。ちゃんと言わなきゃ。俺の気持ち、ちゃんと伝えなきゃ。そうじゃなきゃオーサは俺から離れていく。そんなの、絶対に嫌だ。

「側に、いて欲しい……俺も、オーサが…………す、き……です」

 オーサの顔を見られなくて下を向いて。おまけに最後は声が小さくなってしまった。
 だけど言った。言えた。聞こえてるかはわからないけど……。
 だけどこれが俺の精一杯だった。勇気を振り絞ってやっと言えた、たった一言の『好き』。

 しばらく無言の時が流れる。きっと俺が振り絞って出した声は聞こえなかったんだろう。だけどもう一度言うにはもう少し時間がかかる。だからそれまで待って。また言えるように心の準備をするから。
 オーサの袖は掴んだまま。この手を離してしまったら、また何処かへ行こうとしそうで怖かった。もう一度ちゃんと言えるまでの時間を稼ぐには、この手を離すわけにはいかない。

「……?」

 でもそんな俺の手にぽたぽたと雫が落ちて来た。雨か? と思って顔を上げたら、俺を見つめたまま静かに涙を流すオーサがいた。

「オーサ……?」

「今、『好き』と聞こえたのだが、気のせいだろうか……?」

 俺はそれに無言で首を横に振った。

「では、本当に私の事が『好き』だと……?」

 それに首を縦に振って返事をする。

「その『好き』は、私と同じ気持ちの……?」

 俺は再び首を縦に振る。伝わって欲しくて何度も。

「ああ……」

 オーサは片手で顔を覆い、そのまま固まってしまった。だけど涙は止まっていないようで、下へぽつぽつと零れている。
 握っていた袖から手を離してオーサの手を握る。少しだけきゅっと力を込めて。

 チキンすぎてちゃんと言えなくて本当にごめん。でも伝わってくれたみたいでほっとした。
 たった一言『好き』って言う事がこんなにも大変なんだって初めて知った。なのにオーサはそれ以上の言葉で俺に気持ちを伝えてくれていた。それってなんて凄いことなんだろう。

「ヒカル様……抱きしめてもいいだろうか」

「うん……」

 今まで何も言わずに抱きしめてきたりしていたのに今は確認を取っている。勘違いしたくなくてそうしてるんだろうか。
 俺に回す腕も自信なさげにゆっくりだし、抱きしめる力も凄く優しい。そんなオーサに俺は初めて、その広い背中に腕を回した。
 オーサの胸に頬を寄せる。トクントクンと少し早めの心臓の音が聞こえてくる。オーサの温かさを感じる。俺達の間に冷たい風が吹くことはない。

「キスをしても、いいだろうか」

「……うん」

 俺が小さくそう返事をすると、オーサは少しだけ体を離した。そして俺の目を少しだけ見つめるとそのまま顔を近づけて来る。
 唇が触れあうその瞬間、俺は目を閉じて唇に伝わる感覚を味わった。

 柔らかくて温かいオーサの唇。それがくっつき直ぐ離れる。だけどそれは何度も繰り返されて気持ちよくて、俺はたまらず背中に回した腕に力を込めた。
 それが合図になったのか、オーサは俺をぐっと抱き寄せるとそのまま口づけも深くなる。隙間なく抱きしめ合った体に、その唇。するりとオーサの舌が入り込み、俺の舌に絡めだした。

「んん……」

 その感覚にたまらず声が漏れる。魔力譲渡の時以来のこの感覚。気持ちよくて嬉しくて、俺も自分から舌を絡めにいった。
 そこから温かいものが流れ込んできた。オーサの魔力だ。オーサの魔力は清らかな水のようで爽やかな風のようで。その優しい力が俺の中へと入り込み、体の隅々にまで広がっていく。オーサを体の中でも感じることが出来るなんて、魔力って凄い。

 俺もオーサに俺の魔力を感じて欲しくて神子の力を流し込む。するとぴくっと一瞬反応したオーサ。俺の力を感じているんだ。
 嬉しい。心を通わせて魔力を交換することがこんなにも気持ちが良いなんて。

 くちゅっと音がしてオーサが離れていく。目を開いて顔を見ればオーサの涙は止まっていて、いつもの輝かしい笑顔がそこにあった。

「愛している」

「うん、俺も。だから『ヒカル』って呼んで欲しい」

「ヒカル……ヒカル、ヒカル……」

 俺の名前を何度も何度も優しく囁き、そして強く抱きしめる。俺もそれに合わせてぎゅっと抱きしめ返した。
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