上 下
44 / 53

43 気持ちの自覚

しおりを挟む
「い、嫌だッ!」

 廊下にパンッ! という高い音が響き渡った。俺は思わずルーファスさんの頬を平手打ちしてしまったのだ。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 思いっきり叩いてしまったから相当痛いはずだ。どうしよう。王子様の顔を殴ってしまった。
 ハロルドさんたちは「神子様に何をしているんだ!?」とめちゃくちゃ怒っている。胸倉を掴んで今にも殴りそうで、俺は慌ててそれを止めに入った。
 ハロルドさん達は「こいつを許してはいけません!」と言っていたけど、俺は別にそこまで怒ってはいない。ものすっごい驚いたけど。とりあえずルーファスさんから手を離してもらって落ち着いて貰った。

「いきなりあんなことをしてしまってすみませんでした」

 ルーファスさんは真っ赤になってしまった頬を気にすることはなく、謝罪してくれた。ハロルドさん達も一緒になってひたすら謝っている。

「でもこれで神子様の気持ちがよく分かったんじゃないですか? 私にそうされて嫌だったのでしょう? でもオースティンにされたらどうですか? 嫌だと思いますか?」

「あ……」

 ルーファスさんの言葉に俺はハッとした。ルーファスさんには頬に軽くキスをされただけで嫌だと思ったのに、オーサにはそれ以上の事をされても嫌じゃなかった。

「はは。その顔はもう答えが見つかっていますよね?」

「……はい」

 ……ヤバい。自覚したら顔が熱い。そっか。俺、オーサのこと好きなんだ。ルーファスさんに言われてやっと気が付いた。
 オーサにはあんなことまでされても嫌じゃなかったけど、他の人にされたらって考えたら嫌だし気持ち悪い。ちょっと考えただけで鳥肌が立つ。

「真っ赤になった顔も可愛いですね。オースティンが羨ましいです。こんなに可愛い神子様を独り占めできるんですから」

「……それ以上は恥ずかしいのでやめてください」

 ルーファスさんはきっとわざとあんなことをやったに違いない。いきなり好きだなんて言われてびっくりしてされるがままになってしまったけど、ルーファスさんの目はオーサとは全然違った。今思えばルーファスさんには熱量を感じなかったのだ。
 
「……あの、ありがとうございました」

「いいえ、礼には及びません。親友の初恋を応援したかっただけですので」

 ハロルドさん達は「やるなら相談くらいしてからにしてくれ」とか「心臓が止まるかと思った」など、呆れ交じりにルーファスさんを小突いていた。

 赤くなってしまった頬に治癒魔法を流そうと思ったら「記念にこのままにしてください」と言われてしまう。そして「オースティンをよろしくお願いします」とも。
 オーサの親友の心からの言葉に俺は「はい」と答えたのだった。
 

 それから『神子の間』に戻って来た。この部屋で待っていたオーサとランドルの姿が目に入る。
 オーサは俺と目が合うと蕩けたような瞳で微笑んでくれた。そのせいでカッと全身が熱くなる。

「王妃様はどうだった?」

「う、うん。もう、大丈夫……です」

「? ヒカル様、どうした?」

 様子のおかしい俺を心配したオーサが様子を伺うように顔を近づけて来た。その麗しすぎる顔を直視出来ず目線をウロウロとさせてしまう。

「はは。自分の気持ちを自覚されたんだよ。おめでとう、オースティン」

「? よくわからんが、ありがとう……?」

 事情が分かるのはルーファスさん達兄弟と俺だけ。後の面々は頭の上に『?』が沢山飛んでいた。


 それから軽く皆で雑談していると、ブレアナさん達も戻って来た。それから王様も戻って来て王妃様の意識が戻ったことを教えてくれた。体が信じられないくらい軽くなったと喜んでいたそうで、これから徐々に回復してまた元気な姿を皆に見せられるだろうとのこと。
 その時は改めて挨拶させてほしいと言われたので快諾した。

 そしてささやかとは一体どういう意味か。辞書を開いて調べたくなるくらいの豪華な夕食をご馳走になった。そこで初めて俺はワインを口にすることになった。今までのヘインズ家の食事では酒を飲まなかった。というのも今まで酒を飲んだことが無かったのと、酒に興味が無かったことが理由だ。
 だけど今回は俺の為に最高級のワインを用意したと言われた。それなのに一口も飲まないのは失礼かと思って少しだけ飲むことにした。
 残念なことにまだまだお子様舌なのか、赤ワインは口に合わず断念。だけど白ワインはすっきりとしていて飲みやすかった。
 
「ヒカル様はこのワインが気に入ったのか。うん、確かに美味いな。今度同じものを私も用意しよう」

 オーサがにっこり笑ってそんなことを言うから、また俺はドキマギしてしまう。自分の気持ちを自覚してからは更に心臓がうるさくなった。恥ずかしくてついつい飲んでしまい、気が付けばあっという間に3杯も飲み切っていた。お陰で頭がふわふわとしている。

「神子様大丈夫ですか? 顔がかなり赤くなってますよ。オースティン、少し外へ出て風に当たらせてきた方が良いんじゃないか?」

 俺の様子を見ていたルーファスさんがそんなことを言う。食事中に席を立つのはどうなのかと思ったが、正直冷たい風に当たりたいところだったから有難い。だけどそれをオーサに言わなくてもいいのに……。ちらっとルーファスさんを伺えば、パチンとウィンクされてしまった。

 あー……これは2人きりになるチャンスをあげるよってことなんだろうな。正直今は余計な気遣いだ。オーサの顔をまともに見れないくらい挙動不審状態なのに、2人きりになんてされたら俺は一体どうすれば……。

 そんな俺の内心を知らないオーサは俺の手を取り立たせると、そっとバルコニーへと連れ出してくれた。
 外は満点の星空の中、さらりと頬を撫でる風が冷たくて気持ちいい。この冷たさが熱くなった体に丁度良く、ふぅと息を吐いた。

「ヒカル様、こちらに」

 そのままオーサに手を引かれて大きなソファーへと連れて行かれる。そこへそっと腰を掛けるとオーサは自然に俺の隣へ隙間なくぴったりと座り、これまた自然に腰を抱いてきた。
 すぐ隣にオーサの体温を感じて、折角少し冷めた熱がぶり返してしまう。だけどやっぱりオーサにこうされても嫌じゃないし、むしろもっとくっつきたいとさえ思えてしまってそんな俺の気持ちに改めて気が付いた。

「ヒカル様、気分はどうだ?」

「うん、大丈夫」

「酔って赤くなった顔も可愛らしい。色んなヒカル様が見られることがとても嬉しく思う」

「うあ……」

 熱くなった頬をすりすりと撫でられてそんなことを言われて。もうどこを見ていいかわからず俯いてしまった。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!? ※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

処理中です...