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閑話 ブレアナの気持ち
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ヒカル達との夕食も終わり、それぞれが自室へと引き上げた後。ブレアナとレオナルド、エリオットの3人はレオナルドの自室にて久しぶりの親子水入らずの時間を過ごしていた。
「母上、本当にご無事でよかったです」
そう言ってずっとブレアナにしがみ付く息子。ヒカルと会った時に久しぶりに母の姿を目にし感激して涙腺が緩んだものの、父親であるレオナルドの暴走によってその気持ちが羞恥に変わり、その涙もすっかり引っ込んでいた。
だが今久しぶりの母親の体温と匂いにその気持ちがぶり返し、ぐずぐずと鼻を鳴らしながらブレアナの腕の中にいた。
このサザライトに移る前、ブレアナからは二度と会えないつもりでいなさいと言われていた。
あの国がヘインズ公爵家に行ってきたことは、5歳くらいの時には既に理解していた。仕方のないことだと分かってもいた。だが気持ちの面で理解することは不可能だった。
だけど今、もう会えないかもしれないと思っていた母親が目の前にいる。その体温を感じることが出来る。それが出来たのもこの世界に召喚された神子のおかげ。この人の為に自分は何が出来るだろうか。大きすぎるその恩を返さなければと強く心に誓っていた。
「エリオットも大きくなったな。これからはずっと一緒にいられるから安心しなさい」
久しぶりの息子に甘えられて母性が戻る。夫と息子を想いながらも、ずっといつ殺されるのかと気を張り詰めていた日々でその気持ちも忘れていた。
そろそろ寝る時間だと、愛しい我が子の頭を優しく撫でてキスを1つ。目元を擦り涙を拭いたエリオットは、名残惜しく思いながらも自分の部屋へと戻っていった。
残されたのは夫と妻。レオナルドはブレアナの手を恭しく取ると、そのまま引き寄せ抱きしめた。
「アナ。君が生きていてくれてどれほど嬉しいかわかるかい?」
「もちろんだとも。私とてまた生きて会えるとは思っていなかったからな」
そう語ったブレアナの唇にそっと人差し指を当てる。
「こーら。今はもう『公爵家の当主』としての仮面は外していいんだよ。今の君は可愛い僕の奥さんでしょ?」
「……そうだったわね。ごめんなさい、ついいつもの癖で」
ブレアナは女性でありながら公爵家当主としての道を歩むことに決めた。その時に周りから舐められない様、女性らしさを捨てて生きて来た。
昔は可愛いドレスもリボンもレースも大好きな普通の女の子だった。だけどそれでは当主として侮られる。そう思い、男装し口調も変えた。両親が殺されて甘さを捨てた。強くあらねばと自分を変えた。
周りからは気味悪がられる先祖返りの弟。だが可愛い自分のたった一人の血の繋がった弟。その弟を守らなければ。その一心で今まで生きて来たのだ。
「結界は1年で消滅するらしいから、そうなればあの国はもうおしまいだ。君を苦しめるあの国はこの世界から消えてなくなる」
「ええ、わかっているわ。だけど私はそれが悔しいの……」
オースティンが殺されるだろう事は分かっていた。その時は自分も死ぬつもりだった。
だがただで死ぬつもりは毛頭ない。両親と弟の仇。相打ち覚悟で毒をばら撒き憎き王族を殺し、自分も一緒に死ぬつもりだったのだ。
「貴方が用意してくれたあの毒を使う事が出来なかった。あいつらを自分の手で殺せなかった。それが悔しくてならないの」
「僕はその毒を使わなくて良かったと思うけどね。あの毒を使うという事は、君もこの世からいなくなるということだから」
2人が結婚する前にはそのことを既に話していた。いずれは死ぬ自分と結婚することに後悔はしないか。
あの国が公爵家にしてきたことを全て話したうえで、ブレアナは自分の覚悟を打ち明けていた。
レオナルドは当然即答は出来なかった。だがブレアナを諦めるつもりはない。ブレアナの気持ちも覚悟も全てわかったうえで結婚し、ブレアナが望むよう毒も手配した。
だがそんな未来が来ることが無いよう、毎日毎晩女神に祈り続けて来た。その祈りが通じたのか、今愛しい妻は目の前にいる。
「ヒカル様が私たちを救ってくれた。あの時は時間もなかった。ヘインズ家の皆を逃がすためには、1人で無謀な事をすることは出来なかった。苦しみにもがいて地獄を見ながら生きていけばいい。そうヒカル様が仰る意味も分かるの。だけど、自分の手で殺せなかったことがどうしても悔しいっ……」
ブレアナはレオナルドにしがみ付くと静かに涙を零す。レオナルドは優しい手つきで愛しい妻の背中を撫でて宥める。
「……今はまだ時期じゃない。だけどあの国はいずれ混沌とした国になる。その時まで待つんだ。その時に、僕が君に代わって殺してあげるから」
「レオっ……」
レオナルドは3番目とはいえ、サザライトのれっきとした王子だった。当然色々な人脈含め、普通の人が持ちえないものを持っている。その中には暗殺を得意とする者さえも。
今までは召喚陣があることで何も出来なかった。王族を殺してしまっても貴族の誰かが王族に成り代わる。そして同じ歴史を繰り返すことを分かっていた。
でも今はもうその召喚陣は消滅した。結界石の期限もたったの1年。これからあの国は間違いなく混沌の時代が来る。その時が狙い目だ。どさくさに紛れて王族を殺す。
「これは僕達だけの秘密だよ。僕と君だけの。誰にも教えない。神子様にもエリオットにも」
「ええ、2人だけの秘密。そのまま墓場まで持っていきましょう」
2人の秘密の会談はこれで終わった。後は久しぶりの夫婦の時間。
レオナルドはブレアナの濡れた眦にキスを落とす。そして2人はそのまま寝室へと消えていった。
「母上、本当にご無事でよかったです」
そう言ってずっとブレアナにしがみ付く息子。ヒカルと会った時に久しぶりに母の姿を目にし感激して涙腺が緩んだものの、父親であるレオナルドの暴走によってその気持ちが羞恥に変わり、その涙もすっかり引っ込んでいた。
だが今久しぶりの母親の体温と匂いにその気持ちがぶり返し、ぐずぐずと鼻を鳴らしながらブレアナの腕の中にいた。
このサザライトに移る前、ブレアナからは二度と会えないつもりでいなさいと言われていた。
あの国がヘインズ公爵家に行ってきたことは、5歳くらいの時には既に理解していた。仕方のないことだと分かってもいた。だが気持ちの面で理解することは不可能だった。
だけど今、もう会えないかもしれないと思っていた母親が目の前にいる。その体温を感じることが出来る。それが出来たのもこの世界に召喚された神子のおかげ。この人の為に自分は何が出来るだろうか。大きすぎるその恩を返さなければと強く心に誓っていた。
「エリオットも大きくなったな。これからはずっと一緒にいられるから安心しなさい」
久しぶりの息子に甘えられて母性が戻る。夫と息子を想いながらも、ずっといつ殺されるのかと気を張り詰めていた日々でその気持ちも忘れていた。
そろそろ寝る時間だと、愛しい我が子の頭を優しく撫でてキスを1つ。目元を擦り涙を拭いたエリオットは、名残惜しく思いながらも自分の部屋へと戻っていった。
残されたのは夫と妻。レオナルドはブレアナの手を恭しく取ると、そのまま引き寄せ抱きしめた。
「アナ。君が生きていてくれてどれほど嬉しいかわかるかい?」
「もちろんだとも。私とてまた生きて会えるとは思っていなかったからな」
そう語ったブレアナの唇にそっと人差し指を当てる。
「こーら。今はもう『公爵家の当主』としての仮面は外していいんだよ。今の君は可愛い僕の奥さんでしょ?」
「……そうだったわね。ごめんなさい、ついいつもの癖で」
ブレアナは女性でありながら公爵家当主としての道を歩むことに決めた。その時に周りから舐められない様、女性らしさを捨てて生きて来た。
昔は可愛いドレスもリボンもレースも大好きな普通の女の子だった。だけどそれでは当主として侮られる。そう思い、男装し口調も変えた。両親が殺されて甘さを捨てた。強くあらねばと自分を変えた。
周りからは気味悪がられる先祖返りの弟。だが可愛い自分のたった一人の血の繋がった弟。その弟を守らなければ。その一心で今まで生きて来たのだ。
「結界は1年で消滅するらしいから、そうなればあの国はもうおしまいだ。君を苦しめるあの国はこの世界から消えてなくなる」
「ええ、わかっているわ。だけど私はそれが悔しいの……」
オースティンが殺されるだろう事は分かっていた。その時は自分も死ぬつもりだった。
だがただで死ぬつもりは毛頭ない。両親と弟の仇。相打ち覚悟で毒をばら撒き憎き王族を殺し、自分も一緒に死ぬつもりだったのだ。
「貴方が用意してくれたあの毒を使う事が出来なかった。あいつらを自分の手で殺せなかった。それが悔しくてならないの」
「僕はその毒を使わなくて良かったと思うけどね。あの毒を使うという事は、君もこの世からいなくなるということだから」
2人が結婚する前にはそのことを既に話していた。いずれは死ぬ自分と結婚することに後悔はしないか。
あの国が公爵家にしてきたことを全て話したうえで、ブレアナは自分の覚悟を打ち明けていた。
レオナルドは当然即答は出来なかった。だがブレアナを諦めるつもりはない。ブレアナの気持ちも覚悟も全てわかったうえで結婚し、ブレアナが望むよう毒も手配した。
だがそんな未来が来ることが無いよう、毎日毎晩女神に祈り続けて来た。その祈りが通じたのか、今愛しい妻は目の前にいる。
「ヒカル様が私たちを救ってくれた。あの時は時間もなかった。ヘインズ家の皆を逃がすためには、1人で無謀な事をすることは出来なかった。苦しみにもがいて地獄を見ながら生きていけばいい。そうヒカル様が仰る意味も分かるの。だけど、自分の手で殺せなかったことがどうしても悔しいっ……」
ブレアナはレオナルドにしがみ付くと静かに涙を零す。レオナルドは優しい手つきで愛しい妻の背中を撫でて宥める。
「……今はまだ時期じゃない。だけどあの国はいずれ混沌とした国になる。その時まで待つんだ。その時に、僕が君に代わって殺してあげるから」
「レオっ……」
レオナルドは3番目とはいえ、サザライトのれっきとした王子だった。当然色々な人脈含め、普通の人が持ちえないものを持っている。その中には暗殺を得意とする者さえも。
今までは召喚陣があることで何も出来なかった。王族を殺してしまっても貴族の誰かが王族に成り代わる。そして同じ歴史を繰り返すことを分かっていた。
でも今はもうその召喚陣は消滅した。結界石の期限もたったの1年。これからあの国は間違いなく混沌の時代が来る。その時が狙い目だ。どさくさに紛れて王族を殺す。
「これは僕達だけの秘密だよ。僕と君だけの。誰にも教えない。神子様にもエリオットにも」
「ええ、2人だけの秘密。そのまま墓場まで持っていきましょう」
2人の秘密の会談はこれで終わった。後は久しぶりの夫婦の時間。
レオナルドはブレアナの濡れた眦にキスを落とす。そして2人はそのまま寝室へと消えていった。
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