上 下
38 / 53

38 よし、話を逸そう

しおりを挟む
「ヒカル様、お騒がせ致しました……」

「……ダイジョウブデス」

 勢いが凄かっただけで悪い人じゃないことは分かったから全然大丈夫。びっくりしただけだし。

「神子様、サザラテラで大変な目に遭われたとお聞きいたしました。あの国を出ることが出来て本当に良かったです」

 レオナルドさんはブレアナさんの執事であるジャックさんに色々と聞いたそうで、ある程度の事は知っていた。
 急に大勢で押し掛けてしまって申し訳ないと言ったら、この屋敷は元々そういうつもりで建てたから大丈夫だと笑ってくれた。

 レオナルドさんは当然だけど、ブレアナさん達がオーサと共にサザラテラで死ぬつもりだったことも知っている。だけど大好きなブレアナさんを死なせたくない。もしかしたら皆でこの屋敷に移って来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めてこの屋敷を建てたそうだ。

「父である国王も兄上達も、神獣人や神子に対しての教養はきちんとあります。ですからあの国のような目に遭う事はないでしょう。心穏やかにお過ごしください」

「レオ……そのことなのだが」

 あの王宮で何があったのかを未だ知らないレオナルドさんに、ブレアナさんは宰相さん達他の人から俺が『化け物』と言われたことを話した。
 王族の人達は大丈夫だったけど、そうじゃない人達は俺の事を神子だと分かっていてもこの顔を見て嫌悪感を抱いた。だからこの国もあの国に似たところがあるのだと、そう説明した。

「は……? 『化け物』……?」

 俺の火傷の跡を知らないレオナルドさんとエリオット君が首を傾げている。俺は今、仮面を付けているからまだ見せていない。「びっくりしないでくださいね」と一言言ってから、俺は仮面をそっと外した。

 するとレオナルドさんもエリオット君も、零れ落ちそうな程目を見開き言葉を失った。エリオット君は子供だから、これを見せて変にトラウマにならなきゃいいんだけど大丈夫だろうか。エリオット君だけ席を外してもらった方が良かったかもしれない。失敗したな。

「「神子様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

「ん!?」

 レオナルドさんとエリオット君は流石親子というべきか。同じように怒涛の涙を流しながらその場に崩れ落ちた。

「み、神子様の顔にあんなに大きな火傷の跡がっ! し、死ぬようなことがあったと言う事ですよね!? 何故その場に僕はいなかったんだぁぁぁぁぁぁ!」

「女神テラよ!! 神子様の命を繋いでくださったことを感謝いたします!!」

 ……うん。全然平気だったみたいだ。
 なんか極端だよな。この火傷の跡を見て化け物と言うか、泣いて身代わりになりたかったと言うか。この世界に来る前は前者しかいなかったのに、こっちじゃ神子ってだけでそこまで思ってくれる人がいる。本当に不思議な感じだ。

「ヒカル様、これで義兄上達の人柄が分かっただろう。あの宰相達は神子や神獣人に対する考え方が少し違うのだ。人と違う事が違和感となり、畏怖や恐怖、嫌悪といった感情となることがある。だがそれを尊敬や崇拝、憧憬と思う事もあるのだ。その事柄をちゃんと知っているかそうでないか、それによって大きく変わってくる」

 オーサが言っていることは凄くわかる。神子とは何か。神獣人とは何か。それをちゃんと理解しているから例え俺に大きな火傷の跡があろうとも、ヘインズ公爵家の皆は俺に対し嫌悪感を抱くことなく大切に扱ってくれた。先祖返りのオーサに対しても同じ。

 女神との関りが無くなり長い年月が経ち、神獣人という存在が正しく理解出来ていない人が増えていった。
 神子の存在さえあればこの世界は救われる。それに慣れてしまったことで自らの世界の問題を、本来なら無関係である他の世界の人間に押し付けていることすら何とも思っていない。思わなくなってしまった。

 きっと他の国へ行っても、あの宰相さん達のような人は多いのだろう。サザラテラ王国は特別腐ったどうしようもない国だったけど、似たようなことはどこにでもあるんだろうと思う。

「俺、オーサや皆に出会えたことが本当に奇跡なんだって思ってる。ありがとう」

「それは私の台詞だ。この世界に来てくれてありがとう、ヒカル様」

 そう言って俺の手を握り、にっこりと美しすぎる満面の笑みを浮かべたオーサ。その笑顔の迫力に、俺はいつになったら慣れるんだろうか……。

「え……? オースティンが、笑った……? しかも愛称呼び!?」

 レオナルドさんもエリオット君も、オーサの笑顔を見て呆然としている。そしてレオナルドさんは俺とオーサを交互に首をぶんぶん振りまわし始めた。

「ちょちょちょ、ちょっと! アナ! 一体どういう事!? ねぇ! この2人ってそういう関係だったの!?」

「うふふふふ。びっくりしただろう? ヒカル様のお陰であの子がまた笑えるようになったんだ! ここへ来る途中も2人共すごく仲が良くてその姿は眼福だった!」

 眼福……。ブレアナさん、そういう風に見てたんだ。

「私はヒカル様を愛している。この気持ちは一生変わることはないだろう」

「ふあっ!?」

 だからいきなり直球投げてくるのやめてー! 本当にどうしていいかわかんないから! 皆もニヤニヤしてないで助けてよ!

「凄い……素晴らしい! 神子様と先祖返りのオースティンが恋人だなんて! これはもはや運命だ! 女神テラが結んだ運命なんだ! そんな場に僕がいるなんて信じられない!」

 ……もうどうすればいいんだろう。どんどん誤解が広まっていて、俺にはもうどうすることも出来ない。

「あ、あの! それよりもこの火傷の跡は幻影なんです! 今は治癒魔法で治っていて、ほら!」

 どうすることも出来ないので、無理やり話を逸らすことにした。火傷の跡の幻影を解き、綺麗に治った俺の顔を見て貰う。

「な、なんてお可愛らしい! 火傷の跡があっても可愛らしいと思っていましたが、それが無くなったら更に可愛らしく! あああ! 仕立て屋を! 絵師を! やりたいことが一杯ありすぎて困ってしまう!」

 と、レオナルドさんは更に暴走した。エリオット君まで一緒になって、「いつ呼びましょうか!?」なんて言っている。
 その反応の仕方に驚いたけど、話を逸らすという俺の目的は達成した。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

処理中です...