上 下
16 / 53

16 魔法を使ってみた

しおりを挟む
 授業の後は、何とも重い空気が流れてしまった。
 昼食は4人で取ったものの、昨日のような明るい雰囲気ではなくなった。

 俺も暗い表情を思いっきり出していたからか、気を遣ったローリーに庭へ散歩へ行こうと提案される。公爵家の庭は綺麗だから気分転換に丁度いいと。
 それで皆で食後の散歩に出かけることにした。

 こうやって外に出るのはこの世界へ来て初めてだ。元の世界の時と含めたら何年振りだろうか。
 風の心地よさも、太陽の温かさも、緑の匂いも、鳥の鳴き声も。全部が当たり前のものなのに、何もかもが新鮮に感じる。

 ただ無言でランドルの後ろをゆっくりと歩いていく。護衛の役目もあるランドルが前を歩き、右にはレイフ、少し後ろにはローリーがいる。この公爵家で何があるわけじゃないが、俺を守るような形をとることが当たり前なんだそうだ。

「気持ちが良いな……」

 公爵家の屋敷もとてつもなく大きいけど、その庭も広すぎて旅行雑誌などに紹介されるような有名な観光ガーデンのようだ。全部歩いたらどれくらいの時間がかかるかわからないくらいだな。

 こうやって過ごしていると、あんな酷いことを平気でやっている国にいるなんて思えない。あんな話を聞いて益々神子としての力を振るいたいとは思えなくなってしまった。

 でも他の国は瘴気による魔物の暴走で苦しんでいる。自分で確認したわけじゃないけど、他の国はこの国のように神子を蔑ろにするところじゃないと言う。それが本当だったなら、他の国は助けてもいいかも、なんて少しだけ思った。

 ただ俺の顔を見て、他の国の人にも同じように『化け物』だなんて言われる可能性もあるし、そう考えると……。

 この火傷の跡がある限り、俺は人の目が怖い。それは一生直らないんだろう。

「ヒカル様。先ほどの話を聞いて貴方が不快に思われたことは重々承知しています」

 ふいに横にいるレイフから声を掛けられた。顔を見れば俯き暗い表情をしている。

「この世界にいる者として、神子様のお力を借りたいと思っています。ですが、あのような理不尽な扱いをされたヒカル様がその力を使いたくないと思われるならそれでもいいと思っています」

「レイフ……」

「それでこの世界が滅んでしまうのならそれも運命なんでしょう。私はヒカル様がどのような選択をされても異を唱えることは致しません」

 そう言って下に向いていた視線を俺に変える。その顔には暗い表情はどこにもなかった。

「貴方がしたいように選んでください」

 そう言われて足が止まった。それに気づいた皆も足を止める。

「俺は、神子としての力を使いたいとは思わない」

「はい」

「でも、それは今の俺の気持ちだ。これからどうなるかはわからない。まだわからないことが多すぎるから」

「はい」

「でも少なくとも。ここの皆の為に使いたいとは思ってる。世界の為じゃなくて、皆の為に」

「ヒカル様……」

 そしてレイフは「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。ランドルもローリーも同じようにそれに倣う。
 そして顔を上げたレイフもローリーもランドルも。とてもいい笑顔を見せてくれた。
 それを見て、沈んだ気持ちが上向いたのが分かった。

 俺もここの皆の事が大切だと思う。だからもしその気持ちが他へと向けられるようになったなら。
 きっと神子の力を使おうと思えるのだろう。それがいつになるかはわからないけど。

 ある程度歩いていくと東屋が見えてきた。そこに寄って休憩することにする。
 椅子に腰かけるとさっとレイフが持ってきたかごから飲み物を取り出し、カップへと注いでくれた。
 中身は冷たい紅茶だった。少し歩いて汗ばんだ体に染みわたるようだ。

「俺には神子の力があるのは分かったけど、その他の魔法は使えるの?」

 そうランドルに聞けば「もちろん使えます」と。どうやって使うのかを聞けば、魔道具に魔力を流す要領で、イメージしながらそれを具現化するらしい。
 ランドル達は魔法を使う事が出来ないから、ちゃんとした事が言えず申し訳ないと謝られた。魔力が少ないのは誰のせいでもないし謝らなくてもいいのに。

「ちょっとやってみようかな」

 出来るかはわからないけど、なんとなく出来そうな気がする。魔力の扱い方も分かったしアニメや漫画なんかでイメージだけは一丁前だ。
 右手に魔力を集めながら水をイメージする。そして「流れろ」と頭の中で唱えると、手のひらからドッバアアアア! っと大量の水が出て来た。

「うおっ!?」

 びっくりして魔力の流れを止めた途端水はぴたりと止まる。俺達の足元は大きな水たまりが出来てびちゃびちゃになってしまった。全員の靴が水浸しだ。

「あ……ごめん」

 やってしまった。まさかこんなことになるとは思わず全員が呆然としている。ただイメージするだけじゃなくて、量や勢いも合わせてイメージしないとダメなんだ、という事がわかった。今度からは気を付けよう。ここが外で本当に良かった。

「す…………」

「す?」

 す、ってなんだ? 素? 巣? 酢?

「凄いです! ヒカル様何ですかあれ! いきなり水がドパ! ってドパ! って! あんなに勢いよく水が出せるなんて凄いです!」

「オースティン様が使ったのを見た事ありましたが、今では魔法を見る機会はほとんどありません! 凄いものを見せていただきました! ありがとうございます!」

「しかもたった1回で成功させちゃうなんてヒカル様ってば天才すぎる! ちょっと僕興奮が収まんないんだけど!」

 いきなり3人が3人共、頬を高揚させて勢いよく喋り出した。その勢いに飲まれた俺はびっくりして何も返事を返せない。だが誰も俺の返事を求めていないのか、3人で今の魔法について興奮気味にやいのやいのと騒いでいる。

 まさか魔法のある世界で、魔法でここまで喜ばれるとは思わなかった……。

 イメージが物凄く大切だという事が分かったし、他にも何かできないかとやってみることにする。今度は風を出してみようと思い、そよ風をイメージ。右手から「優しい風を」と頭で念じるとふわっとした柔らかい風が吹き抜けていった。
 それを感じた3人がまたまた興奮するから凄い。

 楽しくなってきた俺は東屋から出て、まだ蕾の状態の花に近づいた。そっと手をかざし魔力を集める。「開け」と念じるとふわりと花が開き見事に咲いた。
 じゃあ今度は光だ。空に手を向けて蛍をイメージする。「輝け」と念じると小さな光がぴかぴかと舞った。

「ヒカル様……! なんと美しい光景でしょう!」

「あああああ! もう僕興奮しすぎて頭おかしくなりそう! ヒカル様が凄すぎてどうしたらいい!?」

「これは書き記し後世に伝えなければッ! あああああ! この美しい情景を絵に残せないのが悔しいッ!」

「あはっ……あははははは!」
 
 皆の姿が面白くて声を上げて笑ってしまった。こんなに大笑いしたのはいつぶりだろう。楽しい! 面白い!
 イメージすれば何でも出来るみたいだから、いつものお礼に何か渡したい。そう思って小さな石を作ることにする。

 レイフとローリーには髪色に合わせた深い青の石を。ランドルには瞳の色に合わせた明るい緑の石を。
 小さくてころころと丸いその石をそれぞれに手渡す。

「いつもありがとう。お礼に受け取って欲しい」

「「「家宝にします!!」」」

 それを3人共震える手で受け取ると声を揃えてそう叫んだ。それを聞いて俺はまた声を上げて笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界トリップして10分で即ハメされた話

XCX
BL
付き合っていると思っていた相手からセフレだと明かされ、振られた優太。傷心での帰宅途中に穴に落ち、異世界に飛ばされてしまう。落ちた先は騎士団の副団長のベッドの上。その副団長に男娼と勘違いされて、即ハメされてしまった。その後も傷心に浸る暇もなく距離を詰められ、彼なりの方法でどろどろに甘やかされ愛される話。 ワンコな騎士団副団長攻め×流され絆され傷心受け。 ※ゆるふわ設定なので、騎士団らしいことはしていません。 ※タイトル通りの話です。 ※攻めによるゲスクズな行動があります。 ※ムーンライトノベルズでも掲載しています。

憧憬

アカネラヤ
BL
 まるで鈍器で殴られたかのような重めの頭痛とともに目が覚めた美波八雲(ミナミヤクモ)に待ち受けていたのは、同社の後輩である藤咲昌也(フジサキマサヤ)による性と快楽の監禁地獄だった。  突然の自分に置かれた状況に混乱しつつもそんな心とは裏腹に、身体は藤咲によって従順に開発されていく。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

変態しかいない世界に神子召喚されてしまった!?

ミクリ21
BL
変態しかいない世界に神子召喚をされた宮本 タモツ。 タモツは神子として、なんとか頑張っていけるのか!? 変態に栄光あれ!!

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

【完結】長い物語の終わりはハッピーエンドで

志麻友紀
BL
異世界召喚されたら、前世の賢者の記憶がよみがえった! 転送の事故により魔力ゼロで玉座に放り出された史朗を全員無視。彼らの目当ては、史朗が召喚に巻き込まれた少女で、彼女こそ救国の聖女だという。 そんな史朗に唯一、手を差し伸べてくれたのは、濃紺の瞳の美丈夫、聖竜騎士団長ヴィルタークだった。彼の屋敷でお世話係のメイドまでつけられて大切にされる日々。 さらに史朗が魔鳥に襲われ、なけなしの魔力で放った魔法で、生命力が枯渇しかけたのを、肌を合わせることでヴィルタークは救ってくれた。 治療のためだけに抱いた訳じゃない。お前が好きだと言われて史朗の心も揺れる。 一方、王国では一年の間に二人もの王が亡くなり、評判の悪い暫定皇太子に、ヴィルタークの出生の秘密もあいまって、なにやら不穏な空気が……。 R18シーン入りのお話は章タイトルの横に※つけてあります。 ムーンライトノベルズさんでも公開しています。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

悪役令息だったはずの僕が護送されたときの話

四季織
BL
婚約者の第二王子が男爵令息に尻を振っている姿を見て、前世で読んだBL漫画の世界だと思い出した。苛めなんてしてないのに、断罪されて南方領への護送されることになった僕は……。 ※R18はタイトルに※がつきます。

処理中です...