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 え? 今この人はなんて言った? セセリア様との婚約が、解消になったと言わなかったか?

「ちょっ、え? どういうことですの? 冗談はやめてくださいまし」

「…冗談じゃないよ。昔、セセリアが言っていたこと覚えてるかい? 『いつか商人として世界を駆け巡りたい』と言っていたこと」

 もちろんだ。貴族のご令嬢であるセセリア様がとんでもないことを仰っていたから良く覚えている。あの時は『実現するといいですね』なんて軽く発言した覚えがある。だって冗談で言っていると思っていたから私も冗談でそんなことを返したのだ。

「その夢を実現するために、夜逃げ同然でどこかへ行ったんだ。手紙を一つ残して」

「は?」

 ちょっと待って。実現するためにどこかへ行ったですって?

 いや、確かにセセリア様は令嬢としてはとても溌溂として少々お転婆なところはあった。でもきちんと弁えるべきところは弁えていて、そんな暴挙に出るなんて思えない。公爵令嬢なだけあって、素晴らしいご令嬢だった。

「街で偶然出会ったあの日、セセリアの足取りを追って色々と探っていた時だったんだ。そこで君のことを聞いて余計に混乱したよ」

「それは、申し訳なく…」

 セセリア様!? あなた何をやっているんですか! 公爵令嬢でしょう!?

 …私でさえ混乱しているのに、当事者であるレイモンド様の心中はいかほどか。

「彼女が残した手紙には、婚約を解消する勝手を許して欲しいことと探さないで欲しいとそう書いてあった。慰謝料として、彼女が持っていた宝石などの貴金属やドレスなど全て売って欲しいと。私と結婚することは決まった未来しかない。それがとても苦痛だ。だから自分の勝手な我儘を許して欲しい。ごめんなさい。そう書かれていたんだ」

 何と言うか、あの発言が本気だったんだと驚きすぎて声も出ない。なんてこと…。

「それから彼女の足取りを追ったけど、見つかることはなかった。協力者がいたようであっという間に国外へと出ていった後だったんだ。国外へと行ってしまったなら相当私との結婚が嫌だったんだと、そう思って彼女を追うことを止めた」

「……なんというか、レイモンド様も大変だったんですね」

 もっと気の利いた言葉をかけてあげられたらいいのだけど混乱した頭ではその言葉が精一杯だった。

「まぁセセリアのことは終わったことだからもういいんだ。それよりもエリオット・ニコラークのことだけど――」

 そうだった。本題はそっちだった。あまりのことにすっかり忘れていた。

「君が家の為に望まぬ結婚をしたと知ってどうにかしようと色々と考えていた時、ここの執事長から手紙が届いたんだ」

 え? 執事長から手紙が? なぜ?

 そう問えば、私が置かれている環境が不憫でならない。しかも愛人であるジェニーが姿を消した。それも不自然な形で。調べてみると人身売買を行った可能性が高い。それが本当ならばもうニコラーク家は先がないだろう。だから私をどうか助けてあげて欲しい。そう書かれていたそうだ。
 街で偶然レイモンド様に会った日、私は侍女にレイモンド様の名前を教えた。それがきっかけでレイモンド様に連絡があったそうだ。

「それと君は知らないだろうけど、ニコラーク家が保有するエメラルド鉱山だけどね。無理な採掘が原因で崩落事故が起こったんだ。中にいた作業員が全員生き埋めになった挙句、救出することもなく放置したことがわかった」

「なんてことっ…。そんな…」

「それもあって執事長が君だけはなんとか助けたいと私にそう連絡が来たんだよ」

 じゃあ今ここにレイモンド様が居てくださって私が売られずに済んだのは執事長のお陰だったのか。彼にはずっと支えて貰ってどれだけ助けられたか。

「執事長はずっとこのニコラーク家に仕えていたけどこの状況を放置することは出来なかった。せめて最後はきちんとした形で終わらせたいと言っていた」

 彼の気持ちを考えると胸が苦しい。ずっと仕えていたニコラーク家が大変な状況にも関わらず私のことを考えてくれていたなんて…。

 そしてレイモンド様はエリオットのことを調査。騎士団にも協力を仰ぎ、愛人であるジェニーを闇ギルドへ売ったことが判明。そして私が売られるかもしれないことを知り、今日急いでここへ乗り込んできたそうだ。

「レイモンド様、本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返しいたします」

「いや、気にしないでくれ。と言いたいところだけど私から一つお願いがある。…だけど今はまだ言わないでおくよ。とりあえずこれから忙しくなるだろうから落ち着いたらまた話すことにする」

 あのまま闇ギルドへ売られていたらどうなっていたかわからない私を助けてくれたレイモンド様のお願いならば、出来る限り叶えてあげたい。とんでもない無理難題を仰る方ではないと思うけど、私が出来る範囲であることを祈ろう。
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