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逃避
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専務が手配してくれただけあって、
美しい山の緑と
適度な高級感と
そして何より静けさ。
この別荘の一室で、
水川美佳は紅茶を飲んでいた。
美「春原さん、おいしいです。」
春原さん、とは、
事務所の社長付きの秘書の一人だ。
春「良かった、美佳ちゃんに気に入ってもらえて。」
30代後半で秘書のリーダー格
絵に描いたようキャリアウーマン。
もっと厳しい人かと感じていた。
しかし、社長と専務の命令で
私をここに案内し、
一人では寂しいだろうと、
こうやってともに過ごしてくれている。
ありがたい存在だ。
美「辞める私にこんなにしてもらって…。」
改めて、申し訳なく思う。
春原さんも、自分のカップを手に
美佳の前に腰をおろした。
春「ほんとに辞めちゃうの?」
はい、と
ごめんなさい、
の二つの意味を込めて、
美佳は軽く会釈を返した。
春原さんは、
それを見て笑顔を返してくれた。
私は…私が辞めるのは…
不倫がバレたから、
それだけではないのだ。
子供の頃から劇団が好きだった。
母に連れられて、よく見に行ったものだ。
ダンスを習い、
英語を習い、
勉強をして、
両親の言う通りに生きてきた。
大学に入って、演劇部に入ろう。
そう考えていた高校時代、
出場したダンスのコンテスト
それを見ていた今の社長によって
芸能界にデビューすることになった。
下積みは、
他の人から見れば
長い方ではなかったと思う。
でも、
水着の写真を撮られたり、
グラビアに載せられたり、
青年試のインタビューに答えたり。
お芝居以外でも
たくさんのことを
やらされた。
泳がないのに、
どうして水着をきてるんだろう。
って言ったら
笑われて。
そんな写真を見て、
何が楽しいのか。
って言ったら、
女の子にはわからないよ、と。
必要性のないシチュエーションでただ露出が多いというだけの衣服を身につけ誰に向けてなのかどんな意味なのかわからない笑顔を作ってネコのポーズしてって言われたからニンゲンなのになんでなのって思いながら手をネコミミみたいにニャンッてやってみた写真見てそれでいったい何を感じてどう利用するのかただ単に股間に手を伸ばして…
とまで一気に言ったところで、
春原さんは
春「それ以上、言っちゃダメよ。」
と制してくれた。
お茶しながら、
ついつい春原さん相手にまで出てしまった。
私の癖。
私はこうやって
自分の考えを
一気にしゃべっちゃう。
ハンダさんは、
あのドラムの上手なハンダさんは
いっつも最後まで
聞いてくれたな。
世間の人は
なんで、って
なんでハンダ?
って
たぶんみんな疑問に思ってると
私はそう思ってるんだけど
移動中に
たまたま聴いてたラジオで流れてて
まあ、全然人気ないから、
ラジオ、テレビから
ハチBOON の曲が聴こえたのは
私の人生では
その一度なんだけど。
すっごい良くて。
マネージャーさんに頼んで、
撮影の合間に
ちっちゃな会場の
ライブを観に行ったら
もうダントツにドラムが上手で。
理由はそれでいいんじゃないの、
と言っても
人はそれで納得しないだろうし、
させる必要もないのだと。
引退したくなったのは
春原さんが
また理由を聞いてくるから、
もう一度言う。
当たり前だけど、
忙しくなりすぎたから。
長い時は
一ヶ月も続けてろくに眠れず
顔色や肌の調子が優れないことを
自己管理の不足だと決めつけられる。
人として扱われていない。
だから、
こんなふうに別荘でゆったりなんかすると
今まであまり知らなかった春原さんにも
こんなことを、
つい話してしまう。
他にももちろん理由はあって。
社長には
忙しくて、としか言わなかったけど。
本当は
つまらない作品なんかに
もう出演したくなくなったから。
こないだの映画、
私はゾンビの姫様の役で
人間を食べる。
そして人間を好きになる。
食欲と愛情は
両立しない。
無理に無理を重ねて
脚本家の、頭が悪い。
都会で出会った
二人の女の子の
友情と三画関係を
美しく描いた映画もあった。
好きな男の前で
女子には友情は成立しない。
ご都合主義にヘドが出る。
アニメの実写映画。
アニメはアニメのままでいい。
わざわざそれを実写にして
似てない、って言われて
当たり前だろ、
だって私は
人間だもの。
社長は
次の作品では
私に肌の露出を求めている。
逃げてるシーンで
肌を出し
戦うシーンで
肌を出し
ハッピーエンドで
肌を出し
それは
肌を露出することでしか
仕事を得られない人がやればいい。
私は女神でいたい。
ハンダさんは
私を人として
大切に扱ってくれながら
きみは女神だ、
と何度も言ってくれた。
それが愛かは
わからないけど
あの人を裏切らないよう
私は女神でいたい。
ハンダさんは
奥様のところに
戻れたらいいな。
ひとときとは言え、
私は幸せであれたから。
そして、
引退したこの後は
悩めず過ごせるようになるから
もうあの人を
私は必要としないから。
今まで応援してくれたファンの方々には
とても感謝しています。
私を必要としてくれて。
でも、私が辞めたら。
きっとみんな
私を必要としなくなる。
それでいい。
みんなそうだから。
美佳の思惑に反して
ある決意を抱いて、
ナイフを握りしめた若い男が
都内で一人、
ハンダユウマを求めていた。
ー続くー
美しい山の緑と
適度な高級感と
そして何より静けさ。
この別荘の一室で、
水川美佳は紅茶を飲んでいた。
美「春原さん、おいしいです。」
春原さん、とは、
事務所の社長付きの秘書の一人だ。
春「良かった、美佳ちゃんに気に入ってもらえて。」
30代後半で秘書のリーダー格
絵に描いたようキャリアウーマン。
もっと厳しい人かと感じていた。
しかし、社長と専務の命令で
私をここに案内し、
一人では寂しいだろうと、
こうやってともに過ごしてくれている。
ありがたい存在だ。
美「辞める私にこんなにしてもらって…。」
改めて、申し訳なく思う。
春原さんも、自分のカップを手に
美佳の前に腰をおろした。
春「ほんとに辞めちゃうの?」
はい、と
ごめんなさい、
の二つの意味を込めて、
美佳は軽く会釈を返した。
春原さんは、
それを見て笑顔を返してくれた。
私は…私が辞めるのは…
不倫がバレたから、
それだけではないのだ。
子供の頃から劇団が好きだった。
母に連れられて、よく見に行ったものだ。
ダンスを習い、
英語を習い、
勉強をして、
両親の言う通りに生きてきた。
大学に入って、演劇部に入ろう。
そう考えていた高校時代、
出場したダンスのコンテスト
それを見ていた今の社長によって
芸能界にデビューすることになった。
下積みは、
他の人から見れば
長い方ではなかったと思う。
でも、
水着の写真を撮られたり、
グラビアに載せられたり、
青年試のインタビューに答えたり。
お芝居以外でも
たくさんのことを
やらされた。
泳がないのに、
どうして水着をきてるんだろう。
って言ったら
笑われて。
そんな写真を見て、
何が楽しいのか。
って言ったら、
女の子にはわからないよ、と。
必要性のないシチュエーションでただ露出が多いというだけの衣服を身につけ誰に向けてなのかどんな意味なのかわからない笑顔を作ってネコのポーズしてって言われたからニンゲンなのになんでなのって思いながら手をネコミミみたいにニャンッてやってみた写真見てそれでいったい何を感じてどう利用するのかただ単に股間に手を伸ばして…
とまで一気に言ったところで、
春原さんは
春「それ以上、言っちゃダメよ。」
と制してくれた。
お茶しながら、
ついつい春原さん相手にまで出てしまった。
私の癖。
私はこうやって
自分の考えを
一気にしゃべっちゃう。
ハンダさんは、
あのドラムの上手なハンダさんは
いっつも最後まで
聞いてくれたな。
世間の人は
なんで、って
なんでハンダ?
って
たぶんみんな疑問に思ってると
私はそう思ってるんだけど
移動中に
たまたま聴いてたラジオで流れてて
まあ、全然人気ないから、
ラジオ、テレビから
ハチBOON の曲が聴こえたのは
私の人生では
その一度なんだけど。
すっごい良くて。
マネージャーさんに頼んで、
撮影の合間に
ちっちゃな会場の
ライブを観に行ったら
もうダントツにドラムが上手で。
理由はそれでいいんじゃないの、
と言っても
人はそれで納得しないだろうし、
させる必要もないのだと。
引退したくなったのは
春原さんが
また理由を聞いてくるから、
もう一度言う。
当たり前だけど、
忙しくなりすぎたから。
長い時は
一ヶ月も続けてろくに眠れず
顔色や肌の調子が優れないことを
自己管理の不足だと決めつけられる。
人として扱われていない。
だから、
こんなふうに別荘でゆったりなんかすると
今まであまり知らなかった春原さんにも
こんなことを、
つい話してしまう。
他にももちろん理由はあって。
社長には
忙しくて、としか言わなかったけど。
本当は
つまらない作品なんかに
もう出演したくなくなったから。
こないだの映画、
私はゾンビの姫様の役で
人間を食べる。
そして人間を好きになる。
食欲と愛情は
両立しない。
無理に無理を重ねて
脚本家の、頭が悪い。
都会で出会った
二人の女の子の
友情と三画関係を
美しく描いた映画もあった。
好きな男の前で
女子には友情は成立しない。
ご都合主義にヘドが出る。
アニメの実写映画。
アニメはアニメのままでいい。
わざわざそれを実写にして
似てない、って言われて
当たり前だろ、
だって私は
人間だもの。
社長は
次の作品では
私に肌の露出を求めている。
逃げてるシーンで
肌を出し
戦うシーンで
肌を出し
ハッピーエンドで
肌を出し
それは
肌を露出することでしか
仕事を得られない人がやればいい。
私は女神でいたい。
ハンダさんは
私を人として
大切に扱ってくれながら
きみは女神だ、
と何度も言ってくれた。
それが愛かは
わからないけど
あの人を裏切らないよう
私は女神でいたい。
ハンダさんは
奥様のところに
戻れたらいいな。
ひとときとは言え、
私は幸せであれたから。
そして、
引退したこの後は
悩めず過ごせるようになるから
もうあの人を
私は必要としないから。
今まで応援してくれたファンの方々には
とても感謝しています。
私を必要としてくれて。
でも、私が辞めたら。
きっとみんな
私を必要としなくなる。
それでいい。
みんなそうだから。
美佳の思惑に反して
ある決意を抱いて、
ナイフを握りしめた若い男が
都内で一人、
ハンダユウマを求めていた。
ー続くー
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