ネアンデルタール・ライフ

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「おはよう、ルイネスト君。」
ビクター博士だ。
僕の親友の叔父で、転生研究の第一人者。
ネアンデルタール人の世界に、
僕を送り込んでくれた人だ。

「博士、僕は実は…。」
「報告を見たよ。ネアンデルタール人になってたんだって?」
ビクター博士は、さも愉快そうに僕を見た。
博士は五十を超えているらしいが、
見た目はとても若々しい。
研究に打ち込み続ける情熱が、
その若さを保たせているのだろう。

「僕の報告はお役に立ちますか?」
「ああ、今から報告について幾つか確認していいかい?」
「どうぞ。」
その後、僕は報告を見ながら、
博士からの質疑に応答していった。

(こんなこと書いたっけな?)
『トビの子は道具作りが得意』って、どういうことだろう。
『赤い実はうまい。アリは食べられるがまずい。』
僕は本当にアリを食べたのか…?

マフ、父さん、ルネ…。
この三人のことは、今でもよく覚えている。
大切な存在だ。
でも、
いつか忘れてしまうのだろうか。

一通りの話が終わった後、
僕は博士に尋ねた。
「僕が持ち込んだ研究資料…出土した骨の化石のかけらですが、あれは今どこに…?」
それを聞いた博士は、
いかにも困った表情で研究員の方を振り返った。
「あれは…な。」

やや沈黙を置いた後、研究員が僕に告げた。
「申しわけない。盗まれたんです。」
「えっ!?」
あれは僕が大学の研究員から、
そっと借りてきた…いや、拝借したものだ。

実験のきっかけには、
その転生先の人生と関わる物が必要だったからだ。

「だ、誰が盗んだのか…心当たりは…?」
博士は後ろの壁を向いた。
そこには写真が貼ってある。
映っているのは四人の男性。
「あれは私、そして私の師であるソニー博士。そして、私と同様に博士の研究を手伝ったフィリップス博士、そしてウェスト博士だ。」
なるほど、当時のビクター博士には髭がなかったのか。
ビクター博士は、現在の髭を蓄えた顔を僕に告げた向けて言った。

「フィリップスかウェストだろう。我々三人は、ソニー博士の研究を受け継ぎ…そして今、三人は実用化を競っているのだ。」

そのウェスト博士の研究室を、
一人の若い男が尋ねていた。

「君がこの実験に参加してくれることを嬉しく思う。」
ウェスト博士はその男の手を握った。
男は困惑した顔で、博士の手を静かに振り払った。
「実験は…本当にうまくいくんですか…?」

「大丈夫だ。」
ウェスト博士は力強く頷いた。
「あれを見ろ。」
若い男が見た先にあったのは、
何かの化石のような塊の一部だ。
「あの化石で、すでに一度、実験が成功している…らしい。」
「らしい?」
若い男は焦った表情で聞き返す。
ウェスト博士は、その男の肩を叩く。

「安心しろ。君の借金も、これで肩がつく。それでここに来たんだろう?」
男は力なく頷いた。

ウェスト博士は、男を奥の部屋へと招いた。
「さあ、始めようか、ジェイミー・ジャックエル君。」


僕は三日ほど、ビクター博士の研究室で過ごす。
それが終われば、僕は大学の研究室に戻るつもりだ。
(資料持ち出しのこと、ごまかさなくちゃな…。)
僕の記憶は日に日に薄れていく。
研究はさらに捗る…に違いない。
だって、僕はその場に居たのだから。

けれど、あれほどの強烈な経験をした今、
僕は大学の研究にどれほどの情熱を燃やすことができるだろうか。

真実がわからないからこそ、
ヒトは研究することに魅力を感じるのかもしれない。


(ルネ…。)

僕はルネの痕跡を探そう。
マフや、ルネや、ルネと僕の子が…
どうやって時代を生き抜いたのか。

そうだ。
それを調べることが、僕の指名だ。
僕…ルイネストの人生を、
さあ、
再開させよう。


 ー完ー

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