ネアンデルタール・ライフ

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ラル

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「完璧だよ。」
男が帰った後、僕は三人と一人の人質のもとに駆け寄る。
「あ、あんたは…。」
人質となった男は、村や取引の場で何度か見かけた男だ。
話をしたこともある。
僕のことを覚えていたようだ。

「あなたのことは殺さない。最初に取った人質も生かして返したろう?安心するといい。」
僕は彼を落ち着けるように優しい口調で伝えた。
「その代わり、人質になっている間はいろいろと聞かせてもらう。話さなければ、約束は守れない。」
「わ、わかった…。」

僕はマフや二人を促して、西の森の奥へと進んで行った。

西の森の平地人の小屋、
そのさらに奥へと進み巨木の手前を左へ曲がると、
小さな崖に洞窟がある。
そこに人質の男を連れ込んだ。
そこには朝のうちに食料を運び込んである。
僕はカイを見張りに立て、
ここで男と過ごすつもりだった。

僕らが本当に住む森へは連れて行かない。
あの場所を平地人に知られたくはないからだ。
あそこを知られてしまえば、
この男を生かして返せなくなる。
なるべく犠牲者はおさえたい。
マフとゾマには我らの森へ戻ってもらう。
五日後に備えるためだ。

「こ、ここは…。」
縛られたまま、男は洞窟を見上げて言った。
「僕らの森はあの巨木の奥にある。でもそこには連れて行けない。行けば、仲間がおまえを殺すかもしれないからだ。」
僕は彼に恩を感じさせつつ、
今後のことを考えて嘘をついた。

「まず聞きたい。」
僕は男を洞窟の岩に縛り付けると、
精一杯の威厳を込めて言った。
「この森で何をしていた?」
男が言うには、
村の人数が増えた分、森での収穫がさらに必要になる。
ただ、近くに僕らネアンがいると安心できない。
だから、偵察に来ていたということだった。

「どうしてそんなに僕らを恐れる?」
これは仲間のためにも、僕自身の疑問を解決するためにも聞きたかったことだ。
僕らは村を襲ったことはない。
平地人が僕らを襲っただけだ。
なのにどうして僕らを恐れるのか。

男の答えは意外だった。
「おまえらは、俺たちを食いに来るから…。」
「まさか!」
僕には信じられなかった。
確かに捕らえた平地人を食っていた仲間もいるが、それを目的で村に行こうなどとは思わない。

「おまえらはそうかもしれない、だか、我々はおまえらを恐れる。なぜなら、村人が襲われたり消えたりすることは昔からあるのだ。」
男は僕の様子を伺いながら、
それでもはっきりと言い切った。

男の名はラル。
人質にされず、村に帰った弟の名はレコと言うらしい。
平地人は村で過ごすが、
狩りをしたり、植物を採るのに村を離れることは多い。
その時、少しはぐれた仲間や、少人数で行動している仲間が襲われることがある。

「四つ足の獣の場合もある。でも、おまえらの仲間の時もある。」

ネアンは僕らのように部族単位でなく、少数の家族やグループで放浪している者もいる。
そういった者たちは定住せず、獣を狩ったり、時に平地人を襲うらしい。

「狩場を奪われる。持っている食料や獲物を奪われる。それらが無い時は、我々を襲い、連れ去る。」

そして食う。まるで悪魔や鬼だ。

山や森の奥深くに悪魔が住んでいる。
人々はそれに捧げ物をして、命を守る。
捧げ物をせねばどうなるか。

東洋では悪魔、西洋では鬼と呼ばれる存在だ。
(ネアンデルタール人は、彼らにとっての悪魔だったのか…。)
ネアンとともに生活をしていて僕には、
気づけなかったことだ。
平地人が火や武器を持ち、僕らを襲うのは
悪魔を祓う行為の延長だったのだろう。

「しかし、僕らは君たちを襲いはしなかった。そうだろう?」
僕はラルと名乗った男に詰め寄った。
「確かにそうだ。でも君たちに、大切な仲間を二人殺された。見張りの木にいた二人だ。」
ラルが言うのは、マフと僕が兄やタンらの遺体を確認した後の話だ。
先に仲間を殺したのは君たちの方だと、僕は彼に説明した。
その上で、
「誰の命令でやった?ジェイだろう?僕を殺せと命令したんだな。」
と詰め寄った。
ラルはまた震えだしたが、か細い声でようやく
「そうだ。」
と認めた。
「なぜだ?」
もう一度問いかけると、
ラルは少し落ち着いてきたのかこう言った。
「ジェイは言った。やつらは知恵がない。でも、あんただけは違う。あんたに率いられた山猿は悪魔になる。悪魔を祓って村を守れと。森を我らが手にと。」

「ジェイについて聞きたい。」
僕はいよいよ本題に入る。
「僕らと君たちが取引をしていた頃、血のついた首飾りがあった。あれは何だ?」
長の妻が、血がついているからいらぬと言ったアレだ。
「あれは…。」
言い淀んだ。
間違いない。
あれは他のネアンを襲って奪ったものだ。
死体から剥ぎ取ったものだから、
血が残っていたに違いない。

ラルはそれを認めた。
「あんたらと取引している間、ジェイは他の森や村を襲った。」
「村だと?」
「平地人の村だ。逆らえば戦い、長を倒した。捕らえた者は奴隷にした。」

奴隷…。
なんという不快な響きだろう。
しかし、権力はそうやって成り立ってきたのだ。
ジェイは他の村を傘下に加え、勢力を伸ばしていたのだ。
その分の食料は、森を襲って手に入れた。
このラルと逃げたレコは、
奴隷などで人数が膨らんだがために勢力拡大を図ってこの森に送られた。

「ジェイは王になろうとしている。」

ラルが言った。
ジェイ、野望深き男。
僕は見誤った。
取引すべきでない男を取引相手に選び、
大切な仲間を失った。

「村の人間は、ジェイの考えをどう思っている?」
僕は聞いてみた。
「身を守るためには、ジェイの言うことを聞いた方が良いと思っている。ジェイは敵も殺すが、逆らった味方にも容赦しないからだ。」
でも…。
僕は一つ疑問がある。
直接手を下すのはジェイだけではあるまい。
その疑問を問いただすと、ラルはこう言った。

「だって、あんたたちと俺たちは違う生き物じゃないか…。進んで殺したくはないが、命令されれば躊躇はしない。」
僕の視線が気づかぬ間に鋭くなっていたのか、
ラルはまた怯えだした。
「ジェイの役に立てば、彼から食料がたくさん貰えるんだよゥ…。」

ラルを縛り付けた横で僕は横になる。
しばらくはここで過ごすつもりだ。

(ルネに会いたいな。)

寂しさを感じる。
ルネも最初は、
僕らを見る目に蔑みの感情があったことは否めない。
でも、長く共に過ごすことでお互いの理解が進んだ。

ルネやラルのような新人類と、
僕らネアンとの相互理解は難しい。
ネアンが滅んだ事実はそれを証明している。

(でも…。)

ジェイを倒せば、最初から僕らを敵視する人間がいなくなれば、そのわずかな可能性は大きくなる。

(明日はもう少し、ジェイについて聞き出そう。)

僕は目をつぶった。


 ー続くー
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