ネアンデルタール・ライフ

kitawo

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饗宴

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冬の間も、森の見張りは続けてある。
ただ、雪が積もるようになり、
森から森への往復にかなり時間を取られるようになった。

「たくさんの平地人を見タ。」

森から戻ってきたマフが教えにきてくれた。
父さんを救出した後、
しばらくは平地人の姿を森で見ることがなかった。
しかし最近は、枝を集めに2、3人の平地人が入ってくるのを見かけていた。

「何人だった?」

僕が聞くと、マフは123と指を折りはじめる。

「8人ダ。男ばかりだっタ。」
「そうか。いよいよ森に入ってくるなあ。」

元の森で頑張っていた父も、
今はこの森に移ってきている。
もはや元の森に僕らの仲間はいないが、
平地人はそれを確かめに来たのだろう。

「やつらに見つからなかったかい?」
「俺をだれダと…。」

マフもかなりの視力を持っている。
大木のてっぺんの枝に隠れ、
そこから確認したのだから大丈夫だろう。

元の森を平地人に占領されるのは、
僕は仕方のないことだと考えている。
ただ、そこから峠を越えたこの森に気づかれてはならない。

「冬の間は、やつらもそこから先へ進まないだろウ。」

そばにいた父が口を挟む。
僕の考えを見抜いたかのようだ。

「父さん、どうしてそう思うの?」
「雪ダよ。」

なるほど、
確かに彼らもリスクは背負いたくないはずだ。

冬の寒さはますます厳しくなる。
それにつれて、部族の仲間が集まることが多くなった。
ルネが火を焚くからだ。
暖をとりに、多くの仲間が焚き火を囲んだ。
仲間が集まると、皆が手を舞わして踊った。

「下手ね。」

ルネが僕の躍りを見て笑う。
僕だけじゃない、ネアンは本来は不器用だ。
見かねたのか、ルネは立ち上がると僕の手をとった。

「こうするのよ。」

それを見て、マフやゾマや父も笑顔になる。
この冬の厳しさが、
ルネと僕らを本当の仲間に近づけていた。

仲間がそれぞれの棲みかに戻り、
僕とルネはすでに小さくなった焚き火を消していた。

「寒い…。」
「おいで。」

僕はルネを抱き締めた。
僕らは種族は違うけれど、
身体の温もりは同じだ。

この夜、僕らは種族の垣根を越えた。

僕は初めてだが、ルネは以前ジェイの妻だった。
どう声をかけていいのやら僕が戸惑っていると、
ルネは優しく導いてくれた。
(現代人の僕なのに、新人類に教わるなんて…。)
時間の壁も種族の壁も、僕らはとうとう飛び越えてしまった。

余韻に浸る間もなく、僕は元の森に出掛けた。
今日は僕の番だからだ。
ただ、出掛ける前に長のところへ行き、
ルネを妻とすることを報告した。
長はしばらく絶句した後

「子供はできないかもしれヌぞ。」

と、もっともな不安を口にした。
それを聞いた長の妻は

「その時はその時。ルネはいい子ダ。」

と助け船を出してくれた。
以前にルネの命を救ったのは、
長の妻の一言だった。
それ以来、ルネも僕も長の妻に感謝し続けている。

「幸せにしテあげな。」
「ありがとうございます。」

以前、長の妻のことを
(欲深なゴリラ)
と心で罵っていた僕は、
改めてそのことを反省した。

幸せな気分で足取り軽く、
僕は森へ見張りに出掛けた。

(いた。)

確かに平地人の集団が森の中へ入り込んでいた。
相当に警戒しているらしく、
どの男も石斧や槍を手にしている。
僕はマフやゾマほどの視力がなく、
一人一人の顔までははっきりみえない。
しかし、ジェイの姿が見えないことは確かだった。

ジェイがいるのであれば、
この森で襲撃するのも有りだと思う。
しかし、今まで見張りを続けてみても、
ジェイが森に入って入ってきたことはなかった。

僕が狙うのはジェイだけだ。
だがその姿を見せぬ以上、
作戦を立てるのに大きな支障が出る。

ジェイの姿を認められぬまま、
僕は新しい森へ帰る。

「ルイ、ようやく帰ってきタか。」
頭の上からゾマの声がする。
木の上で見張っていたらしい。
「長の洞窟まで進メ。今日は祝いダ。」

その夕、集まった仲間は僕とルネを中心に火を囲んだ。
「食べ物は少ないが、祝エ仲間たちよ。」
と、長。
「たくさん子を作れ。」
と、父。
マフとゾマは僕とルネの前に、
たくさんの食料を運んできてくれた。
「たくさん食べろ。強くなレ。」
友の言葉に涙が溢れた。

ネアンデルタール人の研究では、
こうやって祭りを行うことは報告されていない。
でも、こうやって仲間を祝うことがあることを、
僕は新たに学んだ。

ルネと僕の間に子供は産まれるのだろうか。
研究では、ネアンデルタール人のDNAが新人類、
ひいては現代人の先祖にもわずかに混じっている例が発見されている。

(いや、今はこの時を楽しもう。)

僕とルネと仲間たちの宴は、
夜になっても終わることはなかった。


 ー続くー
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