ネアンデルタール・ライフ

kitawo

文字の大きさ
24 / 35

救出

しおりを挟む
初雪が降ったその日、
森では大きな鹿が獲れた。
前々からその存在は確認されていたが、
何度も逃げられていた。
そいつを、とうとうゾマが仕留めた。

「ありがたイ。」

祈りを捧げ終わった長がつぶやいた。
急遽こちらの森に移ってきた我々には、
食料の備蓄が少ない。

鹿の肉は、生のまま細い骨ごとすりつぶす。
それを丸めてそのまま食べるのだが、
今日はルネが火を起こしてくれた。

ネアンは森に住んでいる。
だから、山火事になることがいちばん恐ろしい。
よって、自ら火を起こすこともあまりない。
しかし、ルネは平地の人間だ。
火に対する恐怖心も薄いし、
石や木を使って器用に火を起こすこともできる。

「肉を煙であぶれば、しばらくは腐らないわ。」
「へえー!」

なるほど、ハムのようにするわけだ。
この時ばかりは、
仲間たちもルネを尊敬の眼差しで見ている。

僕は現代人だが、そういった技術がない。
ろくに火も起こせない。
狩りの腕は仲間にかなわない。

(サバイバル技術でも学んでくれば良かったな。)

まあいいや。
僕には僕の、役に立つ道がある。

新しい森と、以前に住んでいた森。
小さな峠を挟んであるので、
この煙りは向こうの森や、平地人の村からは
はっきりと見えないはずである。
隠れ家としてはとても都合がいい。

ただ、前の森に戻るにはけっこうな時間がかかる。
峠を越えなければならないからだ。
僕とマフ、ゾマ、カイなどは交互に峠を越えていた。
前の森に住み続ける僕の父、
そして前の森に侵入を図る平地人を見張るためだ。

昨夜の大鹿の味を思い出しながら、
僕とゾマは峠を越えた。
「雪が積もるとたいへんだろうな。」
僕が言うと、ゾマは
「おまエの父が早くこっちに移らないからダ。」
と、心から迷惑そうに言った。
しかし、最近のゾマの機嫌は決して悪くない。
二人目の妻を迎えることに成功したからだ。

「ア!」

ゾマが何かに気づいた。
彼の視力は現代では信じられないほど良い。
しばらくすると僕にもそれが見えてきた。
煙だ。
僕の父が一人で火を起こすわけはないから、
その煙は当然、平地人のものだと思われる。

「やつラがきたんだ。」

ゾマはむしろ、嬉しそうに言った。

僕の見立てでは、
平地人はいきなり森を支配することはない。
少しずつ様子を探り、
我々がいないことを確認してから入り込んで来るだろう。

今、僕らが見えている煙は、
平地人が森の中で暖をとるために焚いたものだと思う。
堂々と火を焚くということは、
その煙を目当てに我々が襲ってこない。
つまり、居ないものだと自信を持ったからに違いない。

「僕の父が行くだろう。」
「エっ?」

僕のつぶやきをゾマが聞き止めた。
あの煙を見れば、
兄の仇を取ろうとしている父が襲いかかるに違いない。

ゾマに説明している暇はない。

「行こう!父を救うんだ!」
「おオっ!」

森の中の移動はお手のものだ。
それにしてもゾマは速い。
身体能力が違うのか、僕はすぐに引き離された。
(僕の父を救うのにな…。)
同じネアンでも、どうしても能力差はある。
(間に合ってくれ!)

煙がどんどん大きく見えるようになる。
もう少しのところまでたどり着いた時、
大きな喚き声が聞こえてきた。

「うわーっ!」

ゾマだ!ゾマが平地人を追っている。
(父は…?)
父もいた!
怪我を負っている様子だ。
右肘から激しく出血しているのがわかる。
でも生きてる!
思わず僕は父の肩を抱いた。

「ゾマ、戻ってきて!」
しかし、彼は平地人を追うのをやめない。
深追いすれば、必ず何か罠がある。
止めなければ!
でも追い付けない。

「ウォォォーン…。」

突如、父が吠え声を上げた。
森の中に響き渡るような声で、
僕は危うく気が遠くなるところだった。

そうか、これは合図だ。
ネアンがまだ残している、動物的な能力だ。

吠え終わると、父は僕の方を向いた。

「よく来てくれタな。」

しばらくすると、ゾマが戻ってきた。
さっきの合図を聞き、引き返してきたのだろう。

「もう少しで捕まえられタのに…。」

不服そうだが、
ゾマは僕が到着するまでに一人、打ち倒していた。
父をゾマに任せ、倒れている者のそばに歩み寄った。

すでに息は絶えていた。
今、平地人は僕にとって敵だ。
だが、この不毛な争いの犠牲者であるのは間違いない。
(ごめんなさい。)
心の中で冥福を祈った。

僕が父を抱え上げている時、
ゾマはその遺体を持って帰ろうとしていた。

「ゾマ、それは…。」

いや、ゾマに悪気があるわけではない。
新しい森での収穫が充分でない以上、
ネアンにとってそれは、
遺体ではなく食料として映っているのだ。

「?」
「いや、ゾマ、気を付けて持って帰って。」

僕は負傷した父に手を貸すと、
新しい森への帰路を急いだ。

「父さん、こちらの森に来てくれるね。途中で母さんを連れて帰ろう。」
「ああ。」

ジェイを討つためには、
もう少し準備時間が欲しい。
今回の騒ぎで、
平地人はしばらくこの森を警戒するだろう。

「雪ダ。」

ゾマが空を指さした。
僕らネアンの森にとっても、
ジェイの村にとっても、
この雪がしばしの休戦の合図になるはずだ。


 ー続くー

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...