ネアンデルタール・ライフ

kitawo

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告白

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僕は足取り重く、
ルネのもとへと向かう。
まず父と会うか、それともルネと会うか、
実は少し迷った。

ルネは人質だ。
仲間が殺された以上、人質は殺される運命にある。
そのことを、
早く伝えた方が良いのか、
少しでも遅い方が良いのか。

今朝の平地人との取り引きの際に顔を出した後、
ルネは棲みかに戻っていた。
今はもう、蔓で手足を縛るようなことはしていない。
それは、ルネの人柄もあったが、
僕が人質というものの大切さを軽視していたからだ。

油断していたのだ。
平地人が攻撃をしてこないだろうと。

帰ってきた僕に、ルネが気づく。
僕はなんと声をかけて良いかわからず、
ただ彼女の顔をじっと見た。
美しい顔だと、今さらのように思う。

そんな僕の表情がいつもと違っていたのだろう、
「どうしたの?」
珍しくルネから尋ねてきた。

僕はゆっくりと、
言葉を選びながら、
三人の仲間の死を伝えた。

ルネは泣き出した。
自分の運命がわかったからだろう。
僕はルネに、できるだけ優しく語りかけた。
「悲しんでも始まらない。どうするか考えよう。」
ルネは僕の思ってもいない反応をした。

「どうして!?トビの子も、シイも死んだんでしょう!悲しんでも始まらないって、どうしてそんなことが言えるの!?」

ルネの涙の理由はそっちだったのか。
僕は全く気づいていなかった。

トビの子は、道具作りの良い弟子だった。
シイは僕とルネを、確かに大切にしてくれた。

「ルネ、兄やトビの子のために泣いてくれてありがとう。でも、今はきみのことを考えなきゃならない。」

僕は驚きを押し隠すように、ルネを諭した。
ルネは泣くのをやめると、僕を見て言った。

「私はきっと殺されるわ。そのためにここにいるのでしょう?」

確かにその通りだが、
死ぬことが正式に決まったわけではない。
話し合いはこれからだ。

「ルネ、君はジェイの妻だ。殺さないで、これからも人質にし続ける方法もある。」

わずかな望みではあるが、
その可能性がないわけではない。
希望を持たせるのはかわいそうだとも思ったが、
慰めてやりたい気持ちに勝てなかった。

ルネの表情が歪み、僕から顔をそらす。
辛さや寂しさを、
押し隠すのことできないような目だ。

しばらくの沈黙のあと、
ルネはこちらに振り返る。
そして、絞り出すような声で言った。

「私はジェイの七番目の妻よ。」

そう言うと、また僕から顔をそらす。
僕は言葉を失った。
ルネは寂しそうな声でつけ加える。

「彼はわたしのことを、大切だとは思ってもいないわ。」

そこまで言うと、
彼女は堰を切ったように泣き出した。

あわれな彼女にかける言葉が見つからず、
僕はルネの肩をさすり続けた。

長の洞窟の前の広場で、話し合いが始まった。
皆の前にルネを連れてきたくはなかったが、
仲間たちがやってきて、
止める間もなくルネは連れ出された。

ルネがジェイの七番目の妻。
強い雄が複数の雌に子供を産ませる。
それはネアンでも同じだ。
長には三人の妻がいるし、
ルイの父にも二人の妻がいた。
平地人の強力な指導者のジェイに
それだけの数の妻がいることは考えうる。

(僕は現代の一夫一妻の感覚でいたんだ。)

ルネを人質を選んだ時に、
ジェイがなんら抵抗しなかったこと。
取り引きに来た平地人に、
ルネを心配する様子がなかったこと。
今になれば納得がいく。

ルネに人質の価値がないとなれば、
彼女をこの森に置いておく意味がない。

長が仲間たちに語りかけるように言った。
「三人の仲間が死んだ。平地人は敵になった。皆のもの、我々がどうするか考えよう。」

話し合いが始まった。
平地人と戦うのか。
森の仲間の今後はどうなるのか。

そしてルネをどうするか。

それらのことが、
もうすぐ決まる。

 ー続くー
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