ネアンデルタール・ライフ

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家族

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森のはずれでは長の妻、
そしてマフの弟のゾマが待っていた。
マフが二人に事情を話す。

「ウオオーン!」

あまりに大きなゾマの憤りの声が、
森の木々までを揺らした。
一方、長の妻は冷静だった。
「長に早く伝えなさい。」
とマフに指示する。

僕からゾマに命令するわけにはいかないので、
マフに頼んでゾマを見張りに立ててもらうことにした。
平地人のやつらが森を襲うかもしれないからだ。

ゾマの声が聞こえたのだろう、
二人の仲間が現れたので、
彼らには別の場所の見張りを頼む。

マフと長の妻は、ともに長のもとへと向かった。
長が森の仲間を呼び集め、
今後のことを指示するだろうから、
後は長の一族に任せることにした。

僕は少し迷って、まず父のもとへ向かう。
兄の死を話さなければならない。

兄は優しい男だった。
今は家族から独立しているが、
僕の小さい頃は
ドングリのような実をいつも分けてくれた。

ネアンには親孝行という概念はないが、
他の仲間に比べると、
兄は父をよく支えていたと思う。

彼の死を父や母に説明するうち、
僕の目には自然と涙が溢れた。

ネアンは現世の人間よりも感情が豊かだ。
父は地を激しく叩いて泣き、
大きな声で
「シイ!」
と何度も叫んだ。
妹も母も泣き叫んだ。

ようやく泣き終わると、父は
「みんな殺す。」
と怒りに満ちた目で叫んだ。
平地人には報いを受けさせなければならない。
それは僕も同じ気持ちだ。

叫び終えると、父は
「その前に人質だ。私がこの手で殺す。」
と、恐ろしい形相で呟いた。
こんな父の顔を見るのは初めてだ。

「待ってくれ。」
僕は父に頼む。
ルネは森の人質だ。
ここで僕らだけで決めるわけにはいかない。
それに、僕は…
ルネが死ぬことなど想像したくはなかった。

父は僕の手を握った。
「我が子よ、ルイよ。」
温かい手だった。
しかし今日は涙で濡れている。

「おまえはいつの間に、私の家族でなくなってしまったのか?」

僕はギクリとした。
父は続ける。
「平地人から私を救ってくれた。あの日からおまえは急に大きく、そして遠くなった。兄が死んだのに、おまえは人質を殺すことになぜ反対するのか。」

父さん。
僕はその日を境に、転生してきた自分に気がついたのです。
それまで、
転生に気づくまで、
父は僕に世界を教えてくれた
たった一人の存在だったのに。

でも、今は違う。
僕の頭の中には、
二万年後の人類である僕が住んでいる。

ごめんよ、父さん。

僕は父の手を強く握り締めた。
「父さん、仇は必ず取ろう。僕と一緒に。優しかった…兄さんの…仇を…。」
父は、また激しく泣き出した。

人質の処分は、我々だけでは決められない。
僕はその一点だけを繰り返し父に諭した。

母と妹は僕を引き留めたが、
僕は二人に父を任せて歩き出した。
兄は父の子だが、母の腹から生まれた子ではない。
父よりかは冷静だったので、
父をしっかり見ていてくれるだろう。

犠牲になった『トビの子』の家族や、
タンの家族には、
誰が二人の死を告げるのだろう。
マフが直接、彼らに会うのだろうか。

辛い役割だ。

でも、僕も同じだ。
今からルネのもとへ行く。
行って、
仲間が殺されたことと、
ルネが代わりに殺されることになるかもしれないことを
告げなければならない。


 ー続くー
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