ネアンデルタール・ライフ

kitawo

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訓練

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平地人との取引も終わり、
森の仲間にもホッとした雰囲気が漂った。
だが、ルネの浮かない表情を見ると
何か気分を変えてみたくなった。

「魚でも捕りに行こうか。」
ルネは静かにうなずいた。

森の中には川が流れている。
段差のある岩場に小さな滝があり、
流れ落ちる水が広めの滝壺を作っていた。
魚は、その滝壺とそれが作る淵に棲んでいる。

ネアンは石つぶてを投げて、
水面に見える魚を捕る。
木で作った槍のようなもので突き刺すこともある。

俊敏な魚を捕らえるにはコツがいる。
巧く捕れないものは、
枝を組み合わせて罠を仕掛けたりする。

僕は魚を捕るのがあまり得意ではない。
転生に目覚めた今なら…
と思って来てみたが、
投げるつぶては次から次へと外れた。

(や、野球をしておけば良かった。)

何度目の後悔だろう。
現世に戻ったら野球を始めるか。

ルネは僕が魚を捕る様子を…
いや、石つぶてを外す姿をしばらく見ていたが、
やがて小さな木の枝を折り、
それを重ねて何かを作り始めた。

「どうしたの?」
「さかな…私たちは、これで捕る。」

網だ。
木の枝どうしを巧みに結び、
大きな網を作った。

このへんの器用さは、
ネアンは平地人にはかなわない。

平地人は手を器用に使う。
手を多く、しかも細かな作業に使うことによって、
脳の発達を早めてきた。

ネアンデルタール人と、
新人類の運命を分けた事実だ。

ルネが作った網を使っても、
僕はなかなか魚を捕らえることができなかった。

「ルネ、手伝って。そっちから追い込んで。」
僕が頼むと、
ルネは川に足を入れた。
少しずつ魚を追い込み、

バサッ!

やった!

とうとう捕れた!

「へへっ。」
「あはっ。」

僕らは顔を見合わせて笑った。

川から上がった後、
またルネは枝を追って何かを作り始めた。
「今度はなに?」
「罠を…。」

僕も手伝ったが、
悲しいかな頭は現世の人間でも、
手先はネアンデルタール人だった。
枝を採るぐらいしか手伝えず、
あとはルネが作る様子を見守るだけだ。

「そうか。」
次の取引では、
こういったものを平地人に作ってきてもらえば助かる。

うんうん、
と一人うなずく僕を、
ルネは静かに眺めていた。

魚を捕り終えた頃には、
森全体が午睡に入っていた。
かわいそうだがルネを石に縛り付け、
「寝ときなよ。」
と声をかけ、
僕は一人で長のもとへ向かった。

幸い、長はまだ寝ていなかった。
「ルイか。」
その名で呼ばれ始めてから時は経っていないが、
僕の現世の名前からとったものだけに、
僕は自然と受け入れることができていた。
「みんなに、少しずつ訓練をさせたいと思うのです。」
僕はこう切り出した。

「訓練?」

僕の新たな提案だ。
森の仲間で自警団のようなものを作る。

もちろん、今までだって、
自分たち自身で身を守ってきた。
先日のように平地人に襲われることもあるし、
ネアンデルタール人どうしの、
森を巡っての争いも多い。

しかし、ネアンの闘いはあくまで個人戦。
ジェイが指導する平地人たちのように、
集団戦を仕掛けられると脆い。

武器の使い方も平地人に劣る。
腕力では勝てるが、
器用に武器を使いこなすことはかなわない。

それらを訓練することで、
武器を操り、集団戦を勝ち抜く力をつけたい。

「午睡の後の、夕方の時間を使います。」

僕の考えに、長はついてこられないようだ。
しばらくの間、長は何も答えてはくれなかった。

今までの経験の積み重ね、そして責任感で、
長は他のネアンよりも優れた思考力を身につけている。
しかし、過去に経験したことのない事態では、
どうしてもその判断力は劣る。

所詮は…
言いたくはないが、所詮はネアンなのだ。

諦めかけた時、
長はポツリと言った。

「ルイ、おまえに任せル。」

「はい!」
思わず、喜びで長の手を握りそうになる。
これは不敬にあたるので、
慌てて手を引っ込めた。
知ってか知らずか、
長は僕の肩をたたき、こう続けた。

「ルイよ、森を守レ。」

仲間たちの夕方は楽しい時間だ。
それぞれが自由に時を過ごす。
そんな中、僕は仲間の一人一人に声をかけ続けた。

「長の命令でもある。」

多少の嘘だが、やむを得まい。
訓練がなぜ必要かということを、
仲間たち全員に理解させるのは難しい。
知能の固体差は大きいのだ。

仲間は半分も集まらなかった。
「みんなで追いかけルの?」
と、ヘラヘラ笑っている者もいた。

整列させるのに10分以上かかった。
ようやく揃うかという時、
「あ、鳥ダ!」
で半分の仲間が鳥の群れを追うために駆け出した。
「おい!」
僕は慌てて追いかけた。
「ワホー!」
喜んで逃げる仲間たち。

全員をおとなしく列に戻し終わったころ、
陽はすでに沈みかけていた。
仲間は口々に言った。

「楽しかっタ。」
「訓練、またやル。」

棲みかにもどり、僕はルネの縄を解いた。
いつもはあまり話さないルネだったが、

「疲れてますね。」

ルネから話しかけてくれた。
そのことの喜びを感じながら、

「疲れたよ。」

ふと、背中に温もりを感じた。
ルネの手の平が僕をさすっていた。

うれしい。

人類は、
いや、男は
二万年たっても、
そんなに進化していないのかもしれないな。

 ー続くー
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