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第5章 廃病院に集まる悪霊たち
第49話 あの子の元へ
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階段へ向かった千夏たち。それを妨げるように、廊下に発生した黒いモヤの塊から無数の手が伸びてきて千夏を掴もうとした。
そこに、晴高の凛とした読経の声が響く。それが効いたのか、黒いモヤはピタリと動きを止めた。
さらに元気がそのモヤに蹴りを食らわせて千夏から無理やり引きはがす。
「早く行け。こいつら、数が多すぎて少し止めるので精いっぱいだ。時間稼ぎにしかならん」
晴高が先へと促す。元気は千夏の手を握った。
「行こう」
「うんっ」
二人で階段を駆け上る。目指すは三階。少し遅れて、晴高もついてくる。
二階からもモヤのようなものが迫ってきたが、それも晴高が押しとどめてくれた。
千夏は元気に引っ張られるようにして三階へとたどり着く。
三階は一階以上に荒れはてていた。廊下は散乱したガラスや入り込んだ落ち葉で足の踏み場もないほどだ。
場所は覚えている。廊下の中ほどにデイルームはあったはず。
千夏たちはそこへと急いだ。デイルームはすぐに見つかる。しかし、そこに入った途端、目の前に広がる異様な光景に息をのんだ。
テーブルや椅子が散乱するその奥に、あの男の子が隠れていた手洗い場があるはずだった。
しかし、いまそこは黒い物でおおわれていた。まるで黒いコブのようになったソレ。近づいてみると、長い髪の毛が何重にも絡まって手洗い場全体を覆っていた。
千夏と元気はすぐにそのコブにとりつくと、髪のようなものを引きはがしていくのだがソレらはまるで意思をもっているかのごとく、引きはがしても引きはがしてもシュルシュルと絡みついてくる。
遅れてデイルームに入ってきた晴高が、
「ちょっと下がってろ」
と言うと、その髪のコブに札をペタッと貼り付けた。すると、突然、火もないのにその髪のコブが燃え出す。
ギャアアアアアアアアアアアアアアア
断末魔のような音をあげて髪は灰に変り、パラパラと燃え落ちる。
その下に手洗い場と収納扉が現れた。
「あった! これだ!」
千夏はその扉を開けようと取っ手を引くが、びくともしない。鍵穴などどこにも見当たらないのに、鍵でもかかっているようにピタリと扉はくっついて開かなかった。
「貸して」
元気と場所を変わると、彼はその前に座って片方の足を扉の片側にあてる。そうして身体を支えると、両手で片扉の取っ手を掴んで全力で引っ張った。
「くっ……」
それでもはじめはびくともしなかった扉だったが、元気が力をかけ続けるとピリッと扉の境目に亀裂のようなものが走り、カパッと開いた。
「ようやく、開《あ》いたぁ」
はぁっと安どのため息を漏らす元気。その中には、さっき見た場面と同じように小さな男の子が体育座りをして蹲っていた。
千夏は手に持っていたキリンのマスコットをその子の前に差し出す。
「これ。あなたのものでしょ?」
怯えるようにその子は蹲ったままだ。
千夏はその子の名前をやさしく呼んだ。
「えっと……ソウタくん、だっけ。これを持って、お父さんお母さんのところに帰ろう?」
名前を呼ばれ、ソウタはハッと顔をあげた。そして、目の前に差し出されたキリンのマスコットをしばらく眺めていたが、バッと手に取って胸に強く抱いた。
……カエル……? ボク……カエレル……?
ソウタの声が頭の中で聞こえてくる。千夏は、大きく頷いた。
「うん。帰れるよ。もう、君は自由だよ。どこへだって好きなところへ行ける。好きな人に会いに行ける。動物園だって行ける」
……ボク……
ソウタがこちらに手を伸ばしてきた。すかさず、元気が彼を受け止めて抱きかかえる。元気に抱かれたソウタは、キリンのマスコットを握ったまま元気の首に腕を回してぎゅっと抱き着いた。
「よし。こっちは準備完了」
あとはこの建物から出るだけだ。立ち上がって廊下に目を向けるものの、そちらからは強い瘴気のようなものが漂ってきていた。晴高が唸る。
「いよいよ取り囲まれたな」
ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ
廊下の方から何かがやってくる。それも一つではなかった。
腕だけが床を掴むようにして這いながらこちらに近づいてくる。肘より先は黒いモヤに隠れてしまって見えなかった。それが一本だけではない。腕だけでなく、足だけのものもある。十本以上の手足がこちらに迫ってきている。
「どうする?」
ソウタを抱きかかえたまま元気が晴高の隣で尋ねると、晴高は小さく苦笑した。
「これくらいなら問題はない。が……あいつらは全力で俺たちが外に出るのを妨害してくるだろう。いいか、窓から飛び降りてでもいいからこの建物の外に出ろ。あの結界の線の向こうへ行け。俺らが無事にここから抜け出すには、それしかない」
元気と千夏は頷く。
晴高が大きく息を吸い込んで読経を響かせた。すると、床を這っていた手足たちは動きを止めて震えだしたかと思うと、モヤのようになって消えてしまった。
「さぁ、行け!」
晴高の声とともに、千夏と元気は駆け出した。一刻も早くここから離れなければ。
しかしデイルームから出たところで、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
地響きとともに床が揺れだした。
「きゃ、きゃあっ」
轟音と激しい振動が襲ってくる。それとともに、大量の埃が舞い上がった。揺れの激しさに倒れそうになった千夏だったが、元気に腕を引っぱられて何とかそこに踏み止まる。しかし煙幕のように立ち込めた埃が辺りに充満していて目があけられない。
「げほっげほっ」
元気に手を引かれながら歩いていくと、舞い上がる埃が薄れてきた。なんとか目を開けた千夏は目前の光景が様変わりしていることに驚く。
「な、なにこれ……!?」
天井から廊下へと何本も太い鉄骨が落ちてきていた。さらに廊下をふさぐような瓦礫が山のようになっている。
「天井が落ちた……のか!?」
元気が呻いた。
そこで気づく。さっきまで傍にいた晴高の姿が見えない。もしかしてこの瓦礫の山に押しつぶされてしまったのでは?と心配になった。
「晴高さんっ!? 晴高さんっ、どこいるんですか!? もし聞こえてたら返事して……」
そのとき、瓦礫の山の向こうから彼の声が聞こえてきた。
「ここだ! 天井が落ちてきて、そっちに行けない」
遠いが、声はしっかりしていたのでとりあえずはホッと胸をなでおろす。
「分断させられた。悪いがそっちはそっちで出口を目指してくれ。俺は俺でなんとかする」
「わかった。晴高、お前も死ぬなよ」
元気が瓦礫の向こうに声をかけると、「ああ。外で会おう」と晴高の声が返ってきた。
彼のことが心配だったが、こちらも決して安全ではない。
廊下の壁のあちこちから、黒いモヤのようなものが沁みだしてきていた。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
沁みだしたモヤは、ほかのモヤとくっついてどんどん大きくなりつつある。
「行こう。千夏」
「うん。でも、どこへ?」
自分たちが上ってきた階段には、瓦礫が邪魔してもう行けない。
一体どうやって逃げればいいのだろう。
そのとき。
『コッチ』
小さな声が頭の中に響いた。か細い女性の声だ。
千夏と元気は吸い寄せられるように廊下の一番奥に目を向ける。そのドアの窓ガラスに白く細い腕が見えていた。その手は二人を手招きするように、ゆらゆらと揺れている。
千夏と、ソウタを抱きかかえた元気は同時にそっちに向かって走り出した。
廊下の壁の両側から染み出したモヤには人間の腕のようなものが現れ、千夏たちを掴もうと迫ってくる。それを振りほどいて二人は奥のドアへと走った。
ドアの前にたどり着くと、外側から勝手にドアが開く。外の光が眩しい。
千夏たちはその白い光の中に飛び出した。
そこに、晴高の凛とした読経の声が響く。それが効いたのか、黒いモヤはピタリと動きを止めた。
さらに元気がそのモヤに蹴りを食らわせて千夏から無理やり引きはがす。
「早く行け。こいつら、数が多すぎて少し止めるので精いっぱいだ。時間稼ぎにしかならん」
晴高が先へと促す。元気は千夏の手を握った。
「行こう」
「うんっ」
二人で階段を駆け上る。目指すは三階。少し遅れて、晴高もついてくる。
二階からもモヤのようなものが迫ってきたが、それも晴高が押しとどめてくれた。
千夏は元気に引っ張られるようにして三階へとたどり着く。
三階は一階以上に荒れはてていた。廊下は散乱したガラスや入り込んだ落ち葉で足の踏み場もないほどだ。
場所は覚えている。廊下の中ほどにデイルームはあったはず。
千夏たちはそこへと急いだ。デイルームはすぐに見つかる。しかし、そこに入った途端、目の前に広がる異様な光景に息をのんだ。
テーブルや椅子が散乱するその奥に、あの男の子が隠れていた手洗い場があるはずだった。
しかし、いまそこは黒い物でおおわれていた。まるで黒いコブのようになったソレ。近づいてみると、長い髪の毛が何重にも絡まって手洗い場全体を覆っていた。
千夏と元気はすぐにそのコブにとりつくと、髪のようなものを引きはがしていくのだがソレらはまるで意思をもっているかのごとく、引きはがしても引きはがしてもシュルシュルと絡みついてくる。
遅れてデイルームに入ってきた晴高が、
「ちょっと下がってろ」
と言うと、その髪のコブに札をペタッと貼り付けた。すると、突然、火もないのにその髪のコブが燃え出す。
ギャアアアアアアアアアアアアアアア
断末魔のような音をあげて髪は灰に変り、パラパラと燃え落ちる。
その下に手洗い場と収納扉が現れた。
「あった! これだ!」
千夏はその扉を開けようと取っ手を引くが、びくともしない。鍵穴などどこにも見当たらないのに、鍵でもかかっているようにピタリと扉はくっついて開かなかった。
「貸して」
元気と場所を変わると、彼はその前に座って片方の足を扉の片側にあてる。そうして身体を支えると、両手で片扉の取っ手を掴んで全力で引っ張った。
「くっ……」
それでもはじめはびくともしなかった扉だったが、元気が力をかけ続けるとピリッと扉の境目に亀裂のようなものが走り、カパッと開いた。
「ようやく、開《あ》いたぁ」
はぁっと安どのため息を漏らす元気。その中には、さっき見た場面と同じように小さな男の子が体育座りをして蹲っていた。
千夏は手に持っていたキリンのマスコットをその子の前に差し出す。
「これ。あなたのものでしょ?」
怯えるようにその子は蹲ったままだ。
千夏はその子の名前をやさしく呼んだ。
「えっと……ソウタくん、だっけ。これを持って、お父さんお母さんのところに帰ろう?」
名前を呼ばれ、ソウタはハッと顔をあげた。そして、目の前に差し出されたキリンのマスコットをしばらく眺めていたが、バッと手に取って胸に強く抱いた。
……カエル……? ボク……カエレル……?
ソウタの声が頭の中で聞こえてくる。千夏は、大きく頷いた。
「うん。帰れるよ。もう、君は自由だよ。どこへだって好きなところへ行ける。好きな人に会いに行ける。動物園だって行ける」
……ボク……
ソウタがこちらに手を伸ばしてきた。すかさず、元気が彼を受け止めて抱きかかえる。元気に抱かれたソウタは、キリンのマスコットを握ったまま元気の首に腕を回してぎゅっと抱き着いた。
「よし。こっちは準備完了」
あとはこの建物から出るだけだ。立ち上がって廊下に目を向けるものの、そちらからは強い瘴気のようなものが漂ってきていた。晴高が唸る。
「いよいよ取り囲まれたな」
ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ
廊下の方から何かがやってくる。それも一つではなかった。
腕だけが床を掴むようにして這いながらこちらに近づいてくる。肘より先は黒いモヤに隠れてしまって見えなかった。それが一本だけではない。腕だけでなく、足だけのものもある。十本以上の手足がこちらに迫ってきている。
「どうする?」
ソウタを抱きかかえたまま元気が晴高の隣で尋ねると、晴高は小さく苦笑した。
「これくらいなら問題はない。が……あいつらは全力で俺たちが外に出るのを妨害してくるだろう。いいか、窓から飛び降りてでもいいからこの建物の外に出ろ。あの結界の線の向こうへ行け。俺らが無事にここから抜け出すには、それしかない」
元気と千夏は頷く。
晴高が大きく息を吸い込んで読経を響かせた。すると、床を這っていた手足たちは動きを止めて震えだしたかと思うと、モヤのようになって消えてしまった。
「さぁ、行け!」
晴高の声とともに、千夏と元気は駆け出した。一刻も早くここから離れなければ。
しかしデイルームから出たところで、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
地響きとともに床が揺れだした。
「きゃ、きゃあっ」
轟音と激しい振動が襲ってくる。それとともに、大量の埃が舞い上がった。揺れの激しさに倒れそうになった千夏だったが、元気に腕を引っぱられて何とかそこに踏み止まる。しかし煙幕のように立ち込めた埃が辺りに充満していて目があけられない。
「げほっげほっ」
元気に手を引かれながら歩いていくと、舞い上がる埃が薄れてきた。なんとか目を開けた千夏は目前の光景が様変わりしていることに驚く。
「な、なにこれ……!?」
天井から廊下へと何本も太い鉄骨が落ちてきていた。さらに廊下をふさぐような瓦礫が山のようになっている。
「天井が落ちた……のか!?」
元気が呻いた。
そこで気づく。さっきまで傍にいた晴高の姿が見えない。もしかしてこの瓦礫の山に押しつぶされてしまったのでは?と心配になった。
「晴高さんっ!? 晴高さんっ、どこいるんですか!? もし聞こえてたら返事して……」
そのとき、瓦礫の山の向こうから彼の声が聞こえてきた。
「ここだ! 天井が落ちてきて、そっちに行けない」
遠いが、声はしっかりしていたのでとりあえずはホッと胸をなでおろす。
「分断させられた。悪いがそっちはそっちで出口を目指してくれ。俺は俺でなんとかする」
「わかった。晴高、お前も死ぬなよ」
元気が瓦礫の向こうに声をかけると、「ああ。外で会おう」と晴高の声が返ってきた。
彼のことが心配だったが、こちらも決して安全ではない。
廊下の壁のあちこちから、黒いモヤのようなものが沁みだしてきていた。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
沁みだしたモヤは、ほかのモヤとくっついてどんどん大きくなりつつある。
「行こう。千夏」
「うん。でも、どこへ?」
自分たちが上ってきた階段には、瓦礫が邪魔してもう行けない。
一体どうやって逃げればいいのだろう。
そのとき。
『コッチ』
小さな声が頭の中に響いた。か細い女性の声だ。
千夏と元気は吸い寄せられるように廊下の一番奥に目を向ける。そのドアの窓ガラスに白く細い腕が見えていた。その手は二人を手招きするように、ゆらゆらと揺れている。
千夏と、ソウタを抱きかかえた元気は同時にそっちに向かって走り出した。
廊下の壁の両側から染み出したモヤには人間の腕のようなものが現れ、千夏たちを掴もうと迫ってくる。それを振りほどいて二人は奥のドアへと走った。
ドアの前にたどり着くと、外側から勝手にドアが開く。外の光が眩しい。
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