好きになった人は、死人でした ~幽霊物件対策班の怪奇事件ファイル~

飛野猶

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第3章 飛び降り続ける霊

第17話 なんだかんだで同居生活

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「ふぁ……」

 ベッドの上でアクビをすると、千夏は床に転がっているスリッパに足を突っ込んでカーテンを開けた。

 うん。いい天気。これなら、洗濯物をベランダに干しても大丈夫そう。
 上機嫌でパジャマから部屋着に着替えると、リビングへ続くドアを開けた。

「おはよー、元気」

 夜間はいつもリビングにいる同居人に声をかける。
 彼は、今朝はダイニングテーブルのところにいた。椅子に座ってテーブルに置いたタブレットを見ていた元気が顔を上げる。

「……あ、おはよう」

 この幽霊男を職場から毎日連れ帰るようになってから、もう一ヶ月が経とうとしていた。
 これもある意味、ルームシェアと言うのだろうか。

 彼は眠らないので、夜はリビングで好きに過ごしている。とはいえ、本人がイヤホンを装着できないため、テレビや動画など音が出るものは夜中はあまり使わないようにしているようだ。別にそのくらいの音、うるさいとも思わないのに。そのあたり、妙に千夏に気を使っているらしい。

 ちなみに彼は死んだときにスーツを着ていたらしく、ずっとその姿のままだった。でも休日までその格好でいられると千夏が落ち着かないので、彼と同居するようになった週末にショッピングセンターに行って男性物の私服やルームウェアを何枚かずつ買ってきた。
 そんなわけで、いま彼が着ているのはTシャツとハーフパンツだ。

「何、見てたの?」

 ひょいっとのぞき込んでみると、タブレットの画面には折れ線グラフやら数字やらが沢山表示されていた。

 元気は、タブレットのタッチパネルなら一応自分で操作することができる。
 晴高いわく、タブレットのタッチパネルは人間の発する微弱な電流を利用して操作するものなので、幽霊もなんらかの電気を帯びていることが考えられるから特に不思議なことでもないらしい。

「なにこれ。証券会社のサイト?」

「うん。昔、株とかやってたから。懐かしくて」

「へぇ……」

 前から思ってたけど、元気は案外ハイスペックなのだ。死んでいる、という最大のウィークポイントを除けば、だが。

 背も高いし、顔もそこそこ整っている。晴高みたいなキレイ系のイケメンではないけれど、人懐っこくて笑うと案外可愛い。
 そのうえ、元・都市銀の銀行マンだけあって経歴も申し分なかった。前に大学時代の話になったついでに出身大学を聞いてみたら、日本人なら大抵の人が知っている私大の経済学部出身だった。
 生きているうちに出会えてたらなぁなんて思わなくもないが、その頃、元気には既に結婚を考えるような彼女がいたんだった。

 千夏はキッチンへ行って朝ごはんの支度をしながら、カウンター越しに元気に話しかけた。

「今日、パンでいい?」

「ああ、うん。ありがとう。なんか、悪いね、いつも」

 そんなハイスペックだった元気だからこそ、いま千夏の家に居候状態で過ごしていて家事の一つも手伝えないことに、どうやら本人は後ろめたさを感じているようだ。言葉の端々に、そんな感情が時折滲むのがわかる。

「だから、別にいいって言ってんでしょ。アナタ、幽霊なんだから」

「そうなんだけどさー。……あああ、せめて俺の昔の口座が使えればなぁ」

「え? 口座?」

 パンをオーブントースターに入れて、卵とベーコンをフライパンで焼きながら千夏は聞き返した。

「そう。大して趣味とかもなかったから、それなりに貯金があったはずなんだ。でも、死んだから口座は凍結されて、とっくに両親のところに行ってるんだろうな。相続人って、両親ぐらいしかいないし」

 焼きあがったパンとベーコンエッグを半分にして、二枚の皿に分けた。それとコーヒーを二カップ。時間がないのでインスタント。それが今日の朝ごはんだ。
 元気が使っていたタブレットをかたずけると、朝ごはんをダイニングテーブルに並べた。

「そっか。亡くなった人の銀行口座は使えなくなるっていうもんね。どこの銀行の口座持ってたの?」

「俺の勤めてた銀行」

 ああ、そうか。自分とこの銀行に口座作るよね、普通。

「でも、今更お金なんてどうするの?」

 当然だが、幽霊が幽霊として存在する分にはお金なんか使わない。

 朝食を並べ終わって席につくと、二人で手を合わせて「いただきます」をする。パンにはバターを塗って、その上にさらにいちごジャムを重ねた。カロリー高いけど、朝だからいいことにしよう。

「そしたら、ずっと千夏にタブレット借りなくても自分の金で買えるのになぁって。なんか服買ってもらったり、いろいろと出費あるでしょ?」

 千夏はカリッと食パンをかじりながら、「うーん」と唸る。

「別に、私が好きでしてることだから気にしなくていいってば。どうせ、元気が食べてるソレだって、私があとで食べるんだし。ああでも、元気が株とかしたいっていうんなら、私の名義でしてもいいよ? はじめの原資くらい貸してあげれるし」

「え……ほんと!?」

 元気の目が輝く。まるで欲しかった玩具を買ってもらえた少年のような顔だ。
 なんだか、ますます人間っぽくなってきたなぁなんて元気の笑顔を見ていると不思議に感じた。いや、もともと人間ではあるのだけど、以前はもっと他の幽霊と同じように幽霊っぽかったのに。最近ではついうっかり、彼が幽霊だということを忘れそうになる。ほかの人もいる場では、話しかけないように気をつけなきゃ。

 朝ごはんのあと、いつものように一緒に電車を乗り継いで水道橋にある職場まで向かった。

 通勤時間帯だから、それなりに電車内は混雑している。しかし、元気が乗っている場所は視えないとはいえ他の人にとっても何となく近寄りがたいものを感じるのか、ぽっかりと空間が開いていることも多かった。とはいえ、ぎゅうぎゅうに人が乗り込んでくるとさすがに元気がいる場所にも他の人が乗ってくる。千夏からすると、乗客に元気が重なって視えるからなんとも不思議な感じがした。

「おはようございまーす」

 いつものように出社すると、これまたいつものように晴高は既に出社していて仕事を始めていた。彼は満員電車が嫌で、朝早くの電車に乗ってくるらしかった。
 千夏が自分のデスクにカバンを置くと、早速、晴高がデスク越しに一束の資料を渡してくる。

「それ、あとで現場見に行くから、午前中のうちに目を通しておいてくれ」

「はーい」

 ファイルを手に取ってパラパラとめくる。
 晴高と千夏の担当は特殊物件対策班、通称・幽霊物件対策班。だから、この案件もやはり幽霊物件だった。
 千夏はまず、怪奇現象の報告ページに目を通す。

 今度の案件は、『飛び降り続ける霊』が出るというマンションのようだった。
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