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第2章 夜な夜な泣き彷徨う霊

第12話 除霊の能力

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 弁護士に教えてもらった整理業者は、多摩の方にあった。電車では行きづらい場所にあったので晴高に社用車を出してもらうことになる。

「……お前、普通免許持ってるって職員データになかったっけ?   ペーパー?」

「……お恥ずかしながら」

 助手席で肩身を狭くしながら応えると、晴高は「ふん」と鼻を鳴らした。ちなみに、元気は後部座席だ。

 そのあとは特に会話もなく、車は都内のビルの間を抜けていき、そのうち周りの景色は低層の住宅や建物ばかりに変わっていった。

 前に自宅に送ってもらった時にも思ったのだが、晴高の運転は思いのほか丁寧だ。ナビに従って、車はすいすいと進んでいく。はじめは緊張していた千夏だったが、穏やかな揺れが心地良くて、しばらくすると気持ちの良い眠気に襲われはじめた。

(だめだ、だめだ。上司に運転してもらってるのに、寝るなんて)

 こっそり手の甲をつねってみたが、一瞬眠気が遠のくものの、またすぐ抗いがたい眠気がぶり返してくる。

 晴高に何か話しかけようかとも思ったが、運転を邪魔するのも悪い。どうしようか迷っていると、そんな千夏の迷いを知ってか知らずか、後部座席の元気がひょいと前に身を乗り出して話しかけてきた。

「なぁ、晴高。こないだ除霊してたじゃん?  般若心経みたいなの唱えてさ。そういうのって、どこで習うの?」

 まるで友達のような気やすい元気の口調に、

「話しかけるな、幽霊」

 ぴしゃりと冷たく晴高は返す。
 しかし、元気はめげる様子もない。むしろ呆れた顔で、なおも晴高に話しかけた。

「お前、さっきから何度も欠伸あくび噛み殺してんだろ。バックミラーに映ってんぞ」

 え?そうなの?と千夏は晴高を見る。まっすぐ進行方向を見ている彼の顔は、バツが悪そうにますますムスッとしていた。
 単調な直進道路。眠気を感じていたのは千夏だけではなかったようだ。

「話でもしてりゃ、眠気も覚めんだろ」

 元気にそう言われて、晴高も渋々と言った様子で話し出す。

「……前にもいったけど、俺の身内は家系的に霊感強い奴が多いんだ。それで、ちょっと除霊しなきゃいけない事情があって、遠縁の寺の住職に頼んで教えてもらった」

「へえ。修行とかしたの?」

 元気は興味津々で聞いてくる。千夏も黙って耳を傾けていた。

「一応な。もともと霊感は強かったから、あとは正しい方法に導いて貰えさえすれば、習得するのはそんなに難しくなかった。……寺の生活には辟易したけどな」

「寺の生活って、朝早そうだよな」

「早いっつうか、夜に起きるのに近い」

 彼が過ごしたお寺はかなり有名で大きなところだったらしく、修行しているお坊さんも沢山いたそうだ。

 淡々と晴高が語る寺での生活は、早朝からの清掃や長時間の座禅、読経、精進料理などなかなか過酷そうだった。そんな場所にクールで人嫌いな印象の強い晴高がいたかと思うと、ミスマッチすぎてなんだかおかしい。

 タバコ吸いたくて我慢できず、こっそり隠れて吸っていたら見つかって怒られたなんていう不良中学生のようなエピソードも、相変わらずの抑揚の薄い声で淡々と語るので、千夏は笑いをこらえるのに必死だった。元気は遠慮なく元気に笑っていたけど。

 とっつきにくく始終機嫌悪そうで無愛想な晴高。彼と一緒に仕事をすることにはじめは不安を感じていたが、間に元気が入って場を和ませてくれるので、なんだかんだで会話が広がる。これなら、これからもやっていけそうな気がしてきた。

 でも、ふと疑問も沸く。

(そんな大変な思いをしてまで、除霊の方法を習得しなきゃならなかった事情ってなんだろう……)

 気にはなったものの、さすがに数日前に知り合ったばかりだし、そのうえ一応上司でもある晴高に突っ込んだことは聞きづらい。

 それに元気のテンションに呑まれたのか、いつもより口数が多くなっている晴高だったが、もし機嫌を損ねればまたすぐ剣呑な空気を纏ってしまうかもしれない。それを思うと、千夏はぼんやり浮かんだ小さな泡のような疑問を有耶無耶にしてしまった。

 いつしか車は大きな倉庫のような建物の前に到着する。敷地には軽トラから大型のものまで数台のトラックが止められていた。門には、弁護士から聞いたものと同じ名前の看板。間違いない。ここが、田辺幸子の部屋の遺品を整理した業者の所在地だ。
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