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第2章 夜な夜な泣き彷徨う霊

第4話 いきなり幽霊物件に調査!?

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 晴高はすぐにでも現場に出ようとしたが、百瀬課長から千夏は総務での手続きがあるからそれが終わってからにしてくれといわれてしまう。結局それらがすべて終わって外に出ることができたのは、昼も過ぎてからのことだった。

 晴高の運転する社用車のセダンに乗って連れてこられたのは、練馬区にある二階建ての賃貸マンションだった。いわゆる、ハイツとかコーポなどと呼ばれるタイプのアパートだ。

 築年数は十年ほど。新しくもないが、そんなに古いわけでもない。実際、外から外観を見た限りでは、取り立てて不気味な感じや嫌な印象は受けなかった。

 最寄り駅からも徒歩で十分ほどの閑静な住宅街の中にある。もし千夏がプライベートで不動産屋に紹介されたとしても、積極的に入居を考えたくなるような悪くない物件だ。

 今回の調査対象になっているのは、二階にある202号室。
 階段をのぼってくだんの部屋の前まで来ると、『202』という表示のある部屋の前で三人は立ち止まった。

 そう。三人なのだ。
 晴高と千夏と、そして。

「なんで、アナタまでついてきてるのよ」

 千夏は隣に立つ、よく見ると若干透けている幽霊男に言う。てっきり水道橋支店のあの席にずっと座っているのだとばかり思っていたその幽霊は、いつの間にか千夏と晴高のあとをついてきていたのだ。そのことに気づいたのは、さっき車を降りたとき。どうやって付いてきたのかはよくわからないが、気がついたら後ろにいたのだ。

「なんか、俺のせいで迷惑かけちゃったみたいだったから。申し訳なくて」

「申し訳ないと思うんなら、もう二度と私の前に姿をみせないでほしいんですけど」

 幽霊にまとわりつかれることは、あまり良いことではない。本人に悪気はなかったとしても、霊障で体調が悪くなることもある。他のよくない霊を寄せ付けることもありうる。

 ――霊を視てしまっても、視えないフリをするんだ。気付いていると知られると、頼られてしまうからね。

 千夏の父もやはり霊が視える体質だったらしく、子どもの頃、何度も父にそう諭された。その言葉が、脳裏をよぎる。

(でも、もう遅いかも……)

 この幽霊男は、もはや普通の人と変わらない調子で千夏に話しかけてくる。いっそ無視すればいいのかもしれないし、はっきりと拒絶すれば離れていってくれるのかもしれないけれど、とりあえず今は仕事中なのでそこまでの余裕が無かった。

「すみません……」

 千夏にきついことを言われて、幽霊男は高い背を丸めてしゅんと俯いた。

「とりあえず。幽霊さんは、その辺でふらふらしててください。いま、仕事中なので」

「あ、俺。高村たかむら元気げんきって言います」

「元気、ね……」

 なんとも幽霊には似つかわしくない名前だ、というのが名を聞いたときの第一印象だった。
 生きていた時につけられた名前だろうから、幽霊っぽくなくても仕方がないのだろうけれど。

 そして椅子に座っていたときは気づかなかったが、この幽霊男、案外背が高いのだ。おそらく180センチ近くあるんじゃないだろうか。幽霊のくせにくるくるとよく変わる表情と言い、明るい髪色といい、まるで愛嬌のある大型犬のような印象だった。

 席で青白い顔をしてじっと俯いていたときとは別人のようだ。

 きっと生前は明るい性格だったのだろうということが、この短い時間のやりとりでも窺えた。人なつっこくて、大きな、さしずめゴールデンレトリバーみたいな人だ。

「すっかりかれたみたいだな。お前が話しかけたりするからだ。あとでお祓いいってこい」

 と、まるで他人事のように晴高はそう言い捨てると、会社から持ってきた管理用のマスターキーを使って202号室のドアを開けた。

 晴高は元気よりも少し背が低いが、濃い黒髪に黒いスーツと全体に黒っぽい印象が強い。常に視線も言葉も鋭くて、笑顔なんて初めから標準装備していないんではないかと疑いたくなるほどの仏頂面。でも、やたらと顔が整っているので、余計近寄りがたい雰囲気を醸している。幽霊男元気がゴールデンレトリバーだとしたら、こっちはさしずめドーベルマンといったところか。

 なんとも正反対の二人とともに物件調査にやってきた千夏は、はぁと大きくため息をつくと202号室へと足を踏み入れた。

 そこは、ごく普通の1LDKの部屋だった。しかし入った途端、急にぞわっと両腕に鳥肌が立つ。

(え、何これ)

 室温が外とくらべてグッと低いような気がした。外はぽかぽかと春の陽気なのに、この部屋に入った途端、もう一枚上着がほしいくらいの寒さを感じる。

 晴高は、玄関で持参したスリッパに履き替えるとすたすたと家のなかへ入っていった。
 置いてけぼりにされたくなくて、千夏も靴をぬぐとストッキングのまま晴高のあとを追った。

 元気はというと、玄関で靴を脱ぐしぐさをしている。靴なんて脱がなくても、幽霊なんだから土足だろうと床を汚す心配などないだろうに。生前の習慣がつい、こんなところでも出てしまうのかと思うとついおかしくて、一瞬だけ恐怖を忘れられた。

 玄関から入ってすぐのところにキッチンがあり、その奥にリビングダイニング。さらにその左隣には小ぶりな洋室があった。リビングダイニングと洋室のあいだは可動式の壁で仕切れるようになっていたが、いまは開いたままになっている。

 そのどちらの部屋もベランダへと出られる掃き出し窓がついていた。窓からはあたたかな日差しが室内へと差し込んで、床に陽だまりをつくっている。

 二階に位置し、窓からはよく日差しが差し込んでいるにもかかわらず、どこか部屋の中が薄暗い。

(……ここ、嫌だ……)

 心の奥から、今すぐこの部屋を立ち去りたい気持ちがぞわぞわとわいてきた。何が嫌なのかはわからない。室内は家具一つなく殺風景だが掃除が行き届いていて、とくに嫌悪感を覚えるような要素はないはずなのだ。それなのに、なぜかここにいたくない、いてはいけないという気持ちが抑えきれなくなってくる。

 晴高が一緒にいるからいいものの、自分ひとりだったら間違いなくすぐに逃げ去っていただろう。

「なんか、嫌な感じですね、ここ」

 スプリングコートの上から腕をさすりつつ、千夏は晴高の隣に行った。彼は手に持っていたビジネスバッグからファイルブックを取り出してページを繰っている。ファイルブックには、会社のデータベースをプリントアウトしてきたと思しき資料が挟まっていた。

「ここの最後の借主は、田辺幸子。三年ほどここに住んでいたが、彼女からは特に苦情のようなものはあがっていない」

「三年もこの部屋に住んでいたんですか……」

「当時は特に何の問題もなかったんだろう。問題が出たのは、彼女の死後だからな」

 田辺幸子は、一人暮らしの派遣社員だった。しかし、数か月前に職場で突然倒れて亡くなっている。死因は、脳卒中だった。

 彼女の死後、八坂不動産管理は彼女の保証人と連絡を取ろうとした。しかし、保証人となっていた彼女の母親も二年前に亡くなっており、父親は十数年前に他界。田辺幸子は他に身寄りもなく、彼女の死後この部屋の賃貸契約や残された家具を処分できる人は誰もいなかった。

 そこで八坂不動産管理の法務部は家庭裁判所に申し立てをして、弁護士を相続財産管理人としてたて、この部屋の契約解除と家具類の処分や部屋の明け渡し業務を行ってもらった。

 それ自体は、こういった身寄りのない賃貸人死亡のケースではよく行われる手続きにすぎない。しかし。

「この部屋の明け渡しが完了したその日の夜から、おかしなことが起こり出したんだ」

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