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刺客 真彩

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 「もしもし、手袋落としましたよ」
俺の横を若い女性が通り過ぎた時に白い手袋を落としたので拾って差し出した。
「あらっ?すみません。ありがとうございます」
立ち止まって振り向いた女は甘い声で礼を言って、思わせぶりににっこり微笑みながら女性らしく健康的に丸みを帯びた手を伸ばして受け取った。
きれいだ!女性との付き合いに慣れているはずの俺としたことが、ついボーッと見惚れてしまった。

「私の顔に何か付いてますか?」
破壊力抜群の笑顔だ。パッチリした二重まぶたとダークブラウンの瞳、細くスッキリ描かれた眉、ふっくらした唇の横に小さなえくぼができてそれらが絶妙なバランスで配置されている。
これは…美の女神ヴィーナスがこの世に現れたのか? つい固まってしまってこの女まあやの顔を見つめていたようだ。
「いや、失礼しました」
俺がこれまでに出会ったことがある女性の中でも最上級の美人だ。
このままやり過ごす手はない。我に返って続けた。
「新婦の関係の方ですか?」
「はい、新婦の友人の村山真彩まあやです」
「僕は新郎の叔父の平川宗介です。よろしく」
「え?叔父様ですか?随分お若いですね」
「はははっ、そうなんですよ。新郎の母親とはかなり年が離れているので、叔父と甥の関係というのは名ばかりで従兄弟同士と言ったほうがしっくりきますね」
「そうなんですか」
ここで披露宴が始まるアナウンスが入ったので一緒に会場に入り、真彩は新婦側へ俺は新郎側のそれぞれ決められた席に着いた。

 俺の長姉の息子の結婚式場で披露宴が始まる直前の控室での出来事だった。
ただ、振り返るとこれは俺の人生の中で非常に悔やまれると言うか、悔やんでも悔やみきれない一世一代最大級の不覚の出来事の序章だった。

笑顔に騙されたのだ!!


 主賓の退屈なスピーチを我慢した後は、料理と酒と新郎新婦の友人たちによるにぎやかな余興が続いて盛会のうちに披露宴はお開きになり、出席者たちはそれぞれ帰り支度を始めた。
そんな中でひとり、俺はキョロキョロと真彩の姿を探していた。すると新婦を囲んだ友人のグループのなかでしばらく喋っていた真彩がそこから1人離れるのが視界に入ったので、偶然見つけた風を装って近づいていった。

「村山さんでしたね。電車でお帰りですか?」
「あ、先程の叔父様。はいそうです」
「じゃぁ、駅までご一緒してもいいですか」
「はい、喜んで」
最寄りの駅まで大した距離ではなかったのでゆっくり歩いて行った。駅の近くまで行くと昔ながらの雰囲気のある喫茶店があった。
「よかったらコーヒーでも飲んで気分転換していきませんか」
「はい、喜んで」


 店に入って席に案内されオーダーを済ませて顔を見合わせると、またまた真彩はにっこり微笑んだ。今回もそれは瞬殺されるほどの威力で、思わず水を飲もうとして持っていたコップを落としそうになって慌てた。
態勢を立て直そうと一息ついて平静を装いつつ口を開いた。
「今どきの披露宴はサプライズが有ったりして演出がずいぶん派手ですね」
「ええ、みんなに祝福されて2人共ほんとに幸せそうで羨ましい」
「ハネムーンはどこに行くのか聞いてますか?」
「ええ、ハワイだとか言ってましたけど」
「ふ~ん、なかなか豪勢ですね」
「一生に一度のことですから、印象に残るハネムーンがいいんじゃないですか。私もその気持がよくわかります」
「でも結婚式の直後でこんな事を言うのもなんですが、あの2人の今の新鮮な気持ちがどれくらい続くのか見てみたいものですよ」
「あらそんなこと言って、2人はラブラブでしたよ」
「いや、恋人同士のうちは良いんでしょうけど、結婚となるとまったくの別物だと思いますよ。愛なんてのは永遠に続くものじゃないですからね。友人たちを見ていると勉強になります。結婚3年目の危機ってよく言うじゃないですか。倦怠期って言うのもそうですよ」
「結婚生活にはずいぶん悲観的なんですね。そう言えば叔父様は今日はお1人のようですけど」
「あぁ、僕はまだ気楽な独身生活を楽しんでいるので、甥の方が先に結婚しちゃいました」
「まぁ、優雅な生活のようで、それも素敵だわ。さぞかしモテモテなんでしょうね」
「いやいや、まだ若いと思っているうちにもうアラフォーと言われる年になってしまいましたからね。おじさんじゃモテませんよ」
「いいえ、モテないなんてそんなことはないですよ。落ち着いた風格が渋くってとっても素敵だと思います。若い男性なんか目じゃないです」
「いやぁこんなきれいな人から言われるとお世辞でも嬉しくって舞い上がっちゃいますよ」
「まあ、お上手ですこと」
「失礼ですが、あなたもまだ予定はないのですか?」
真彩は左手の薬指に指輪をしていなかったのだ。
「残念ながら縁がなくて」
「もったいないな、こんなきれいな人を放っておくなんて、と言うよりもあなたがきれいすぎて近寄りがたいんでしょうね」
「いいえ、きれいだなんて…私なんか平凡なものですよ」

 しばらく他愛のない会話をして、帰り際にいつものように誘ってみた。
「今度真彩さんを食事に誘いたいんだけど、かまいませんか?」
「あら、早速お誘いですか?」
「きれいな人を見るとほっとけないのでね」
「私で良ければ喜んで」
「じゃ連絡先の交換をしましょう」
「はい、どうぞ」
スマホを取り出し、番号を交換した。
「近いうちに連絡します」
また2人で駅まで並んで歩いて、ホームで別れた。


 翌日、早速真彩に電話した。
「平川です。昨日はご一緒できて楽しかった」
「私も、でも昨日の今日で早速電話をくれたんですね」
「善は急げですから」
「うれしいわ」
「早速ですけど、今度の週末のご予定はいかがですか?」
「はい、大丈夫です。喜んで」
そうしてデートの約束を取り付けた。

 いつものようにデートの下準備として、シティホテルのレストランで食事をした後、スムーズに次の段階に移れるように同じホテルのダブルの部屋を予約しておいた。
そして当日は、その思惑通り真彩は予定されたイベントであるかのように、ためらうことなくホテルの客室フロアまで誘われてついてきた。
俺達は部屋に入るとすぐに明かりをつける時間さえ惜しむかのように抱き合い、唇を重ねた。そのまま手早く真彩の衣装を脱がせると、窓から差し込む月明かりに照らされた全裸の真彩はシルバーに輝くメリハリのきいたボディで俺を圧倒した。
「う~ん、きれいだ。まぶしいよ」
「いやだ、私だけ裸なの?」
「じっくり鑑賞させて欲しいな。こんなエロチックな芸術作品はいつでもそう簡単に見ることができるわけじゃないんだから。ほんとに素晴らしい!俺に絵心があれば真彩ちゃんをモデルに何百枚でも描きたいところなんだけど。」
「うれしいわ。でも宗介さんはいつでも自由に好きな時に見ていいのよ」
「ほんとに?嬉しいな」
「宗介さんだけ特別」
「ありがとう、おじさん滅茶苦茶張り切っちゃうよ」
「ふふっ、楽しみだわ」
「じゃあシャワーを浴びようか」
「そしたら私先に入っているから後で来てね」
「了解」

 シャワーで戯れたあとは、はち切れそうに充実した裸の真彩を抱きあげてベッドまで運んだ。
そして十分に肌を密着させて肉体の繋がりを深め、お互いのテクニックを堪能した2人はベッドの上で重なりあったまま呼吸を整えていた。
「こんなに私にピッタリの人がいたなんて、信じられない」
真彩はうっとりした声で言った。
「嬉しいな。ほんとにそう思ってくれてる?」
「ウソ偽りない真実よ。宗介さんとはもうちょっとの間でも離れたくない。ずっと繋がっていたいわ」
「俺もこれまで君が現れるのを待ってた甲斐があったよ」
甘いとろけそうな会話を交わしていたが、俺はいつものように結婚とは一線を画した大人の恋をしているつもり、だった。

 真彩とはその後も月1~2回程度の逢瀬を重ねて半年ほど過ぎていた。その殆どは食事とその後のベッドの上の戯れを楽しんでいたものだった。
ただ俺のセックスフレンドは真彩だけではなかったのは言うまでもない。
結婚を前提としない、つまりセフレとして割り切って付き合いをしていた女性が他にいたことは俺だけしか知らない、はずだった。
その頃には俺の城が密かに基礎から壊され始めていたのだが、俺は全く気づかないでいた。本当に油断していた。



 そのように優雅な独身生活を堪能していた俺だったが、ある日母親から久しぶりに顔を見せに来ないかと誘いの電話がかかってきた。
「もしもし宗ちゃん?」
「なんだ母さんか、珍しいな。何か用かい?」
「何か用かい、じゃないよ。たまには帰って来て顔を見せなさいよ」
「いやぁ、俺だっていろいろ忙しいんだよ」
「もう何か月も顔を見せてないじゃないの」
「え~、うん、そうだな。わかった」
「じゃ、今度の土曜日にでも来なさいな」
「う・うん、そうするよ」
 俺の母親は自宅で生花の師匠をしていたので、俺はその邪魔をしないよう大学に入るとすぐに実家を出てアパート住まいを始めた。
大学卒業後、勤め始めてからは実家から電車で10分ほどの隣の市に中古マンションを購入して引き続きひとり住まいを続けていた。
20年近く誰にも邪魔されない気ままな独身生活を十二分に堪能していたのだ。


 運命の土曜日、虫の知らせか気が進まないが約束した以上行かないわけにはいかないので、渋々実家に向かった。
「ただいま」
実家の玄関に入るとそこには若い女性が履くハイヒールがきちんと揃えてあるのが目に入った。生花教室の生徒でも来ているのだろうとあまり気にも留めずに上がっていくと
「おかえりなさい」
奥から母親とは違う若い女性の声が聞こえた。おや?どこかで聞いたような声だと思ったのだが、すぐにはピンとこなかった。
そして廊下に立っている人影をよくよく見ると、なんと真彩ではないか。
驚いて言った。
「はぁ?真彩ちゃん?なんでここにいるの?」
俺は疑問符の塊になっていた。

「おかえり」
続いて母親の声がした。
「やっと顔を見せてくれたね。親を放ったらかしにして遊び回っていて、家には全然寄り付かないんだから」
母親の隣で真彩は破壊力抜群の笑顔でにっこり微笑みながら見ている。
俺はまだその状況を理解できず重ねて聞いた。
「だからなんで真彩ちゃんがここにいるんだい?」
「私ずっと前からお母さんにお花を習っているのよ」
「はぁ?そんな事聞いてないよ!」
「宗ちゃんが戻ってこないから知らないんだよ。それに聞かれないのにわざわざ言う必要もないしね。そうだろう?」
母親が平然と素知らぬ顔で言い放ってリビングに戻っていった。
「ふ~ん、まあいいんだけど」
不審には思ったのだが、まだ母親の策略に気づかなかった。

「そこに座りなさいな」
母親と対面のソファを指していった。
「う・うん」
真彩は俺と並んで座った。一体何なんだ?まだこの状況が理解できないでいた。
「単刀直入に聞くけど、真彩さんとはうまくいってるんだろう?」
「なんだ、付き合ってるのを知ってるのか」
「そうだよ、あんたもそろそろお嫁さんをもらわなきゃいけないからね」
「…」
返答に窮してしまった。真彩本人の前でセフレとして付き合ってるだけだなんてとても言えない。
「だから今日は結婚式の日取りを決めようと思って呼んだんだよ」
「なんだって!!」
その時になって事の重大さにやっと気づいたのだ。
ひょっとして嵌められたのか。俺はぽかんと口が開いてなんとも締まりのない顔をしていたと思う。
思考が現実に全く追いついていなかった。
となりの真彩を見るとすました顔をして頷いている。俺の視線に気づくとまたにっこり微笑んだ。笑顔に騙されたのか?
「真彩さんのこと、きらいじゃないんだろう?」
「そうだけど…」
「けど、なんなの?」
「いや別に…」
母親の勢いに押されて、まだ結婚するつもりはないなんてとても言える雰囲気ではなくなっていた。
「真彩さんには宗ちゃんと結婚してもらって、ゆくゆくは私の後をやってもらおうと思ってるんだよ。宗ちゃんもこんなきれいな人と結婚できるんだから文句はないだろう?」
「…」
呆然として言葉が出てこない。真彩が俺に近づいてきたのは母親の指し回しだったのか。俺が今どういう状況に置かれているのか、おぼろげながらやっと見えてきた。
俺はなんとか反撃できないか、その手掛かりを求めて言った。
「ひょっとして披露宴の時、真彩ちゃんがいたのは俺に興味を持たせるためだったのか?新婦の知り合いだって言ったのはウソだったのか?」
「まんざらウソってわけじゃないよ。会場に花を活けたり、そういう準備のために花嫁さんとは何回か会ってたからね」
「それにあの時、母さんと真彩ちゃんは全然話もしてなかったんじゃないのか?」
「ふ~ん、やっぱり真彩さんのことが気になって真彩さんの姿をずっと追ってたんだね?うん、それも作戦だよ。私が真彩さんと仲良く話してたら、なにか企みがあるかもしれないと思って警戒してそう簡単に真彩さんを誘わなかっただろ? だから私は知らん顔してて、それとなく真彩さんに近づいてもらう仕掛けをしたってことだよ」

 俺としたことが不覚だった。こんな他愛もない、落とした手袋を拾わせるようなチョー古典的な落とし穴に嵌まるなんて。真彩は俺のことを十分に知った上で近づいて、付き合っていたんだ。全く想像もできなかった。
これまでの真彩との会話は一体何だったんだ。それを思い返すだけで恥ずかしい。
赤面して顔が火照ってくる。ほんとに穴があったら入りたい気持ちだった。

 それにしても真彩の演技力は大したものだ。『芸能プロダクションにでも入ったらどうだ』と嫌味のひとつも言いたかったが、この2人には勝てそうもないので余計なことを言うのはやめた。向こうが一枚も二枚も上手だった。
悔しくもあり名残惜しいけれども、俺の優雅な独身生活はこれでおしまいなんだろうな。俺の完敗だ。
「そうだね、式はいつでも良いよ。母さんの良いようにやってくれよ。全部お任せだ」
すっかり観念して投げやりに返事したのだが
「うれしいっ」
真彩が俺に抱きついて言った。
「おやおや、お熱いこと」
母親はうんうんと満足気な表情をしていた。

「今日は真彩さんの手料理を食べていきなさい。外で会ってただけでまだ手料理を食べたことないんだろ?」
すべて筒抜けだ。これまでの真彩との付き合いはすべて報告されているようだ。
母親と真彩はグルだったんだ。こんな単純な仕掛けに気付けなかったなんて重ね重ね恥ずかしい限り、この場から早く消え去りたかった。
今後どんな顔をして真彩と付き合っていけば良いんだろう。
俺の頭の中は混乱の極みで全くなにも考えることができなかった。

 3人で真彩の手料理の昼食をとった後、結婚式場の選定や披露宴の相談をした。
もう既に数箇所の結婚式場のパンフレットを取り寄せていたのだ。そして母親の主導で大まかなことを決めた。
俺は奈落の底に落ち、這い上がれないまま無気力にただ相槌を打っていただけだった。

 夕方近くまで実家にいて、暗くなる前に真彩と一緒に俺のマンションに向かった。
真彩が俺のマンションに来るのは初めてだ。というか、特定の女性に俺の生活に深入りされたくなかったので、これまでも付き合っていた女性を連れてくることはなかったのだ。
「ここが宗介さんの秘密基地ね。やっと連れて来てもらったわ」
「うん」
「わりときれいにしているのね。誰か女の人が来ているのかしら」
「いや、1人の生活が長いから、それなりに自分でやってるんだよ。女性は誰も入れてないんだ。真彩ちゃんが初めてだよ」
「そう、これからは私に全部やらせてくれる?」
「うん、そうするよ。この様子を母親にまた報告するんだろ?」
「ふふっ、学習したのね。やっぱり宗介さんは素直でいい子だこと」
…ふんっ、俺のほうが真彩よりずっと年上なんだぞ。
「そうしたら今日からお泊りして、宗介さんのお世話をすることにしようかしら」
「え?今日から?」
またまた驚きの発言だ。
「そうよ、なにか見られたら困るものでもあるの?」
「別に・ないけど…」
「じゃ決まりね。それで明日一度うちに帰って当面必要なものを持ってくるから、宗介さんも車で一緒に運んでくれる?」
「了解しました。仰せの通りに」
もうすっかり諦めの境地に入った。真彩の言うがままだった。

真彩はあちこち見て回り、キッチンでは冷蔵庫を開けて見た。
「やっぱりスカスカだわね。明日近くのスーパーにも一緒に行ってお野菜を買ってきましょう。そろそろ健康のことも考えてね」
「真彩ちゃん、スーパーの場所も知ってるの?」
「ええ知ってるわよ。この近所の様子もいろいろ調べてあるわ。それで当面の生活費と結婚準備資金としてお義母さんからお金も預かってきてるのよ」
何ということだ。用意周到、もう生活のことまで考えていたのか。
「真彩ちゃんにはかなわないよ、頼りがいのある奥さんになりそうだね」
多少皮肉を込めて言った。
「ええ、ありがとう。頼りにしてね。宗介さんにはしっかりもののパートナーが必要だから」
あっさり柳に風と受け流されてしまった。やっぱりどうしても勝てそうにない。


 それでも冷蔵庫にありあわせの材料で真彩が夕食を作って食卓についた。さすがに手慣れているし、味付けも上等だ。
「おいしいな、俺の作るものとは雲泥の差だよ。真彩ちゃんは料理もうまいんだね」
これは本心が正直に口に出たものだ。昼食は気落ちしててしっかり味わうことができなかったからな。
「ありがとう、宗介さんのためにもっともっといろんなことを勉強するわ」
パートナーとの生活も良いもんだと思った瞬間だったのだが、まだ俺の考えは甘かった。

 夕食の後は浴室で2人戯れて、その頃には昼間与えられたショックは真彩の魅惑的なグラマラスな肉体によって大分薄れていた。そして普段から使っているセミダブルのベッドの上で我が家での最初の営みを終えると、再び真彩の魅力に取り込まれてそれに溺れている俺がいた。
「今更ながら、真彩ちゃんとの身体の相性は最高だね」
「今までの人たちよりも?」
そう言われてなにげにフッと思い出した。少し前からセフレたちが次々と俺の誘いを受けなくなっていたのだ。それも最後に「幸せにね」とか「年貢の納め時ね」だとか言っていたな。
冗談で言ってるのだろうとそれほど不思議には思わなかったのだが、昼間からの流れを考えると何か裏があるんじゃないかと思えてきて、恐る恐る真彩に尋ねた。
「『今までの人たち』ってどういう意味なの?」
「宗介さんが最近まで付き合ってたセックスフレンドたちよ」
「どうして真彩ちゃんがそんなこと知ってるの?」
「実はお義母さんが興信所に頼んで宗介さんの女のお友達を調査したんですって」

≪ 真彩の陰の声--宗介さんのかばんに私が発信器を仕掛けたのは内緒ね ≫

「はあ~?そんなことも母親から指令が出ていたの?」
「それでその人達に手切れ金を渡したんだって言ってたわ」
そんなことまでしていたのか。呆然として言葉が出てこない。
「宗介さん、その人達とは結婚するつもりなかったんでしょう?だったら宗介さんのためにも私のためにもその女性達のためにも良いんだからって」
真彩は続けた。まあ確かに手切れ金でさっさと別れる程度の付き合いだったのは間違いないのだが、俺のプライバシーはどこに行ってしまったんだ。

 さすがに一時的に気分を害したものの、生来が楽天的な俺だ。いつまでも浮ついた生活をしている俺を見かねての親心がしたことだし、そのおかげで真彩という美人で頼りになるパートナーがそばに居てくれることになったので、この先も俺は気楽に生きていける。ここはグッと我慢して、親心に感謝することにしようと思っていた。

しかし真彩が続けて放った言葉がとどめの一撃となって打ちのめされた。
「これからは宗介さんのお給料は私が管理するから、クレジットカードと銀行の通帳とキャッシュカードも私が預かります。宗介さんの財布にはお小遣いとしてプリペイドカード1枚と小銭だけ入れておくわね。それから買物したらレシートは必ず受け取って私に見せてね。そしたらレシートと引き換えにプリペイドカードに入金してあげます」

これも母親の指令なのか。俺は地獄の底から這いあがる気力まで奪われた気がした。親心に感謝するなんて、俺の考えはまだまだ甘かった!
俺の自由気ままな生活は雲の彼方に消えてしまった。もう二度と戻ってこないんだろうな。
ショックで当分立ち直れそうにない。家庭の中でもがんじがらめに管理されるのか!! 
やっぱり結婚は墓場だというのは正しかったんだ。
 
 
 
 3年経った。
「真彩ちゃん、ただいまぁ」
「おかえりなさい、宗ちゃん」
“チュッ!”
「お仕事お疲れさま、ご飯にする?お風呂にする?それともあ・た・し?」
「まあやちゃんっ!」
「チッチッチッ」
真彩が人差し指を立てて左右に振りながら言う。
「違うでしょ、わたしは最後。わたしはお安くないのよ、お財布のチェックをして宗ちゃんがきょう一日お利口にしてたのがわかったらご褒美にあ・げ・るのよ」
「なんだ、つまんないの」
「ご飯食べるから着替えてうがいして手を洗ってらっしゃい」
「はぁい」
「よく泡立てて洗うのよ」
「はぁい」

 仕事を終えて帰宅した時のルーチンワークだ。相変わらず真彩からしっかり管理されていて、3年目の危機なんて入り込む余地はない。
帰宅するのは通勤時間を考慮して午後5時50分プラスマイナス15分と決められた。この範囲からはみ出す時は必ず真彩に連絡しなければならない。

 真彩と同棲して半年後に、結婚式場で挙式した。そして真彩の今の仕事は姑の後継者となるべく生花教室の運営手伝いと俺の健康管理だ。
と言うのも同居を始めてしばらくすると“幸せ太り”というヤツで俺のウエストサイズがぐんぐん成長を始めたのだ。真彩の愛情がたっぷり入った美味い食事を愛妻弁当を含めて3食キチンと食べるようになったからだろう。
チョー美味いのでつい食べ過ぎてしまう。
これではいけないという事でカロリーコントロールと共に毎朝体重計に載るのも日課となった。

プラスして運動のノルマも課せられたのだが、これがきつい。平日昼間はほとんど運動できない分その代替えとして、夜ベッドの上で叱咤激励されている。
毎日は勘弁してほしいところなんだが、真彩の甘いささやきについ負けてしまうのだ。
これを回避するには平日昼間の運動量を増やすか、あるいは休日にしっかり運動して運動量計で1週間分の運動量を真彩に示さなければならないことになっている。

 まあでもそのおかげで俺は現在健康そのものだ。以前の不摂生な生活をしていた頃と比べると雲泥の差。体の動きにキレが出て、通勤時に駅の階段昇降も全く問題ないし、会社の健康診断でも異常な数値はない。これもすべて真彩のおかげだと思っている。
 

「真彩ちゃん、手を洗ってきたよ」
「おりこうさんね。じゃご褒美よ」
冷蔵庫から食卓に缶ビールを2本出してきて、1本を俺に手渡した。
“プシュッ” “プシュッ”
「かんぱーい。いただきまーす」
「今日もお仕事お疲れさまでした」
「う~~ん、最高っ!」

何と言っても真彩の笑顔が最高の癒やしだ。


    おわり

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