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第21章
マリアベール、賭ける
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フィデーリスの町を飲み込むソウル・イーターの海。
人型だった物は原形を失い、肉の海が城壁内を満たし、あらゆる物を飲み込んで増殖を続けている。
生き残った人々は、モサネドやスケルトン達の誘導でフィデーリス城や城壁の上へと避難していた。
市民も、フィデーリス兵も、奴隷も、貴族も、スケルトンも、獣も関係無い。
フィデーリス城に集まった面々は、急ぎ作戦会議を開いていた。
打倒ヴェンガンも、ミセーリア救出も失敗に終わり、やった事と言えば四百年前の古傷を掘り起こし、刺激したのみ。
当初の目的はミセーリアの置き土産によって消え去り、生き延びる事が最優先になっていた。
絶望的光景が眼下には広がり、フィデーリスは化物の肉で出来た海に覆い尽くされようとしている。
正気に戻ったマリアベールによって、彩芽がソウル・イーターに飲み込まれた事を聞かされ、ストラディゴスは静かに怒っていた。
「なんでアヤメを一人で行かせた……」
「呪具を破壊すれば、化物を止められる筈であった……」
「止まるどころか、化物だらけじゃねぇか」
「ミセーリアが一枚上手だった……ソウル・イーターとあやつが呼んだあの化物は、あれ自体が力場で、我のスケルトンやヴェンガンの操っていたリーパー共と違って、あの姿でも生きておる。自分で生命力を補給して、どこまでも大きくなる。恐らく、ピレトス山脈の生命力も我らが掘ったトンネルから吸っておるのだろう。せめてトンネルを崩せれば……」
マリアベールは、計算違いによって彩芽を失った自責の念に駆られているが、落ち込んでいる暇も無い。
「マリア、どうすれば良い? あの化物が生きてるなら、どうすれば殺せる?」
エドワルドが言うと、モサネドが言葉を返す。
「頭を潰したり爆破しても死なないんですから、あとは心臓とか」
モサネド達は、エドワルドからマリアベールの説明を既に聞き、それでもなお協力してくれていた。
「うむ、あれは、ミセーリアも不完全だと言っておった……何か弱点があるはず……だが、あの海に心臓がある様にも見えぬ。あるとすればどこだ……」
「触った物を飲み込む様な奴だぜ、危なくて近づけねぇよ」
マリードとゾフルが万事休すとばかりに、倒せる訳がないと嘆く。
(……る?)
「……?」
(……聞こえる?)
マリアベールの頭の中で、彩芽の声が響いた。
(……まさか、生きておるのか!? あの状況で、どこに?)
(よかった……私は、まだ生きてる……セクレトが、守ってくれてるから……マリアベール、もう一回、記憶のフィデーリスに来て……ミセーリアが、まだ……みんなを連れてきて、探さないと……)
(みんなだと?)
(ヴェンガンの部屋の……金庫……中……日誌……セクレト……部屋で……待……)
彩芽の声が途切れた。
マリアベールは、血相を変えてヴェンガンの部屋に走っていく。
「どうした!?」
「アヤメは生きておる!」
その一言に、彩芽を知る者達がゾロゾロとマリアベールに続いた。
* * *
ヴェンガンの部屋。
ヴェンガンの金庫を開けようとするが、鍵がかかっている。
すると、ゾフルが役立てるとばかりにピッキングをしようと前に出る。
その前に、マリアベールは金庫の扉の部分だけを鎌で切り離した。
ゾフルは、そっと後ろに戻る。
マリアベールは、彩芽が何を伝えたいのか確認する。
金庫の中には、魔法の研究日誌が何冊か入っていた。
マリアベールが中を見ると、ヴェンガンとミセーリア、そして四百年前のマリアベールの魔法について詳しく書かれている。
しかし、その内容は、所々がミセーリアの拷問日記となっていて、マリアベールには見るに堪えない内容の方が遥かに多かった。
だが、この中にヒントがある筈だ。
『122:〇年△月□日、セクレトの身体を使ってネクロマンスの限界を試すのは、セクレトを殺してしまう可能性がある。セクレト以外で実験をしなければならないが、犯罪者だとしても民を傷つけるわけにはいかない……』
『223:〇年△月□日、セクレトとラタ(ガモスの娘)の子供が生まれた。セクレトそっくりの憎らしい顔をしている。実験によってセクレトに生殖能力が残っている事が分かった……』
『313:〇年△月□日、ネクロマンスについては把握できた。頭か心臓が破壊されると、補完しきれずにアンデッドとなってしまう。生きていても老化は止められない……』
『474:〇年△月□日、ラタが川に身を投げた。あの水死体ではセクレトと子供をつくらせる事は出来ない……』
『545:〇年△月□日、セクレトと実の娘との間に子供を作らせる。セクレトの子供は大勢いる。この方法を繰り返せば実験を繰り返せる……』
『612:〇年△月□日、ヴェンガンと自治権を買う資金の話をした。私がセクレトに拷問をする姿を見て、闘技場が色々と良さそうだと言う話になる。少しひっかかったが、私も良い考えだと思う……』
『776:〇年△月□日、セクレトの子供をセクレトの目の前で実験に使うのは楽しい。セクレトが苦しむ姿を見るのは、セクレトを痛めつけるよりも効果がある。子供達は死にたく無いのか私の言う事をよく聞く……』
『896:〇年△月□日、セクレトの心が限界らしい。あまりにも長い間、拷問をして、目の前で子供を殺し過ぎたせいか、何をしても反応しなくなる。こんな事でセクレトを楽にさせる訳にはいかない……』
『999:〇年△月□日、セクレトに似た子供をいたぶって我慢する。セクレトの苦しむ顔が見たい……』
『1022:〇年△月□日、セクレトの心の中に入る実験を始める。マリアの資料は役に立つ。惜しい人を無くした……』
『1134:〇年△月□日、マリアのおかげで心に入る魔法が出来たが、思ったような効果が得られない……』
『1256:〇年△月□日、マリアのおかげで活路が見いだせる。人の記憶は一人より大勢の方が、相互反応が生まれ、結果的に鮮明になる。人の記憶を繋げる実験を始める……』
『1378:〇年△月□日、セクレトの子供のおかげで記憶の事が分かってきた。血が近く、環境も近い方が鮮明になる。育てた環境が違い過ぎると、おかしな反応を示す……』
『1411:〇年△月□日、血の遠い人でも同じ様に出来る方法を遂に見つけた。血を混ぜて、固まらなければ生きたまま繋げられる。これは大きな発見だ……』
『1578:〇年△月□日、ついに生きたまま繋げた生物が出来る。これにセクレトを繋げれば、彼を正常に戻して、今度はもっと酷い拷問が出来る……』
『1699:〇年△月□日、記憶の中のフィデーリス城に入る事に成功した。セクレトは夢を見ている様だけど、驚いたのは、セクレトが大勢いる事だ。これは繋げた子供達や奴隷では無い。全部セクレトだ。調べる必要がある……』
『1788:〇年△月□日、一番幼いセクレトと話をした。マリアに憧れて英雄になりたいらしい。セクレトが英雄になりたいと言うなら、フィデーリスを救う英雄にしてあげようと思う。それが彼の償いにもなる。セクレトがマルギアスとエレンホスを亡ぼせば、私はセクレトを許せるだろう……』
『1865:〇年△月□日、セクレトに人以外を繋げる実験を始める。最初は何がいいだろう……』
『1943:〇年△月□日、セクレトの身体が人以外を受け入れた。接ぎ木の要領でやればと思ったが、それが間違いだった。亜人や獣人の奴隷を無駄に死なせてしまったが、必要な犠牲だった……』
『2022:〇年△月□日、セクレトの心が、減っている。あまりにも混ぜ過ぎて自分の事が分からなくなっているらしい。前の様に拷問をして分裂させるには、残った心は弱すぎる……』
『2145:〇年△月□日、何と言う事だろう。セクレトの孫を餌に与えたら、セクレトが正気に戻った。やはり自分の血が必要なようだ……』
『2267:〇年△月□日、ヴェンガンは渋ったけど、奴隷牧場が出来た。どこを見てもセクレトとラタに似た顔が並んでいて壮観である。牧場の管理も奴隷に任せれば良い……』
『2384:〇年△月□日、セクレトの事をソウル・イーターと名付けた。もはやセクレトの原型は無い。最初に混ぜた人以外の生物、キマイラの素材にもなるアンフィスバエナの影響か、様々な生物の特徴を持つようになった……』
『2477:〇年△月□日、ピレトス山脈で私の家の墓が怪物に荒らされているらしい……死んだマリアの亡霊なんて言われているらしいけど、まさかね……』
『2592:〇年△月□日、ヴェンガンがピレトス山脈で話題になっているリーパーを模した兵隊を作ろうと言い出す。ヴェンガンのおかげで景気は良くなった筈なのに、盗みや殺しが後を絶たない。民を守るためにも……』
『2670:〇年△月□日、城に盗みに入った不届き者がいた。丁度良いから、リーパーの実験に使う事にする……』
『2799:〇年△月□日、骨だけにしても動かせるけど、動かすのに消耗が激しい。城壁内でしか使えないし、大量に動かすと土地が枯れかねない……』
『2887:〇年△月□日、ソウル・イーターは大分大きくなった。けど、セクレトの子孫を与え続けないと、制御が出来ない。セクレトを核にする事にこだわり過ぎた。でも、これだけは譲れない……』
『2955:〇年△月□日、ソウル・イーターの中の記憶を再現したフィデーリスが完成した。年代ごとに再現する事も出来る。中に暮らす彼らは、本物だと思っている……』
『3043:〇年△月□日、ソウル・イーターに死者を取り込む事に成功した。マリアのおかげで、死者の記憶も組み込める……』
『3126:〇年△月□日、幻のフィデーリス。記憶の中に入り浸っている。あの頃に戻りたい……』
『3226:〇年△月□日、ソウル・イーター自身を力場にして、捕食によって維持する事は理論的に可能だが、今のキャパシティではマルギアスどころかエレンホスさえ飲み込めない。拷問する数を減らして、奴隷牧場を稼働させなければ……』
『3333:〇年△月□日、ソウル・イーター……』
* * *
「マリア?」
「聞けエドワルド、全員を我の部屋に集めよ……」
「全員?」
「この城に避難してきた全員だ。アヤメを、フィデーリスさえも救えるかもしれん」
日誌を一読し、マリアベールはミセーリアの作った精神の牢獄、記憶のフィデーリスへの入り方を理解した。
それと共に、ソウル・イーターがどの様に作られたかを知り、作り方や運用の仕方から、解体の方法を導き出した。
* * *
「って事は、アヤメを助けられるのか!」
ストラディゴスとルカラは、手を合わせてピョンピョン喜ぶ。
「これはアヤメが、我らに残した最後の希望だ。我と共に、記憶の中のフィデーリスに入ってくれる者はいるか? 精神世界、と言ってもピンと来ぬか……ソウル・イーターの心の中に、これから魔法で乗り込む。帰って来れる保証は無いし、成功するかもわからん。分の悪い賭けだ。だが、より多くの者が参加すれば、成功確率はグンとあがる」
「アヤメを迎えに行くんだろ。俺達が行かないでどうする」
ストラディゴスとルカラが手を上げる。
「マリアが行くなら、俺も行くぜ」
エドワルドも手を上げた。
「エドワルドさん! それなら俺達も!」
モサネド達も手を上げる。
「乗りかかった船だ。いくぞ」
マリードとゾフルも手を上げる。
グルル
エドワルドの相棒である竜も、来てくれる様だ。
スケルトン達も手を上げ、一部の戦えそうも無い市民と、城に逃げて来ただけの獣達以外は、ほぼ全員が行く事になる。
何もせずここに残っていても、いずれソウル・イーターに飲み込まれる運命なら、何かした方が良い。
「出来るだけ知り合いと手を繋ぎ、目を閉じよ!」
マリアベールが、みんなを並べ、人の輪を作らせる。
フィデーリス市民達は、スケルトンを介せば、全員が知り合いで繋がる。
市民も、兵士も、よそから来た移住者もだ。
奴隷も、平民も、貴族も関係無い。
数人辿れば、全員が知り合いである事に、皆が複雑な表情を浮かべる。
こんな事態にでもならなければ、こんな事は知る事も無かった。
全員が手を繋ぎ、輪になった。
身分も何も関係の無い。
生き残る為に戦うと言う、一つの目的が、結束を固める。
「良いか、記憶の中とは言え、死ねば心がやられる。危なくなったら逃げろ! 行くぞ!」
ソウル・イーターを止める為、フィデーリスを救う為の、仲間を救う為。
マリアベールが意識を集中する。
彩芽の肉体を遠隔操作する要領で、前に記憶のフィデーリスに行った時の逆をする。
前は、マリアベールの所に彩芽が迷い込んだ。
今度は、彩芽を目的地に設定し、自ら乗り込んでいくのだ。
一つの目的の下に束になる、それぞれの目標を持った人々の、最後の戦いがこうして始まったのであった。
人型だった物は原形を失い、肉の海が城壁内を満たし、あらゆる物を飲み込んで増殖を続けている。
生き残った人々は、モサネドやスケルトン達の誘導でフィデーリス城や城壁の上へと避難していた。
市民も、フィデーリス兵も、奴隷も、貴族も、スケルトンも、獣も関係無い。
フィデーリス城に集まった面々は、急ぎ作戦会議を開いていた。
打倒ヴェンガンも、ミセーリア救出も失敗に終わり、やった事と言えば四百年前の古傷を掘り起こし、刺激したのみ。
当初の目的はミセーリアの置き土産によって消え去り、生き延びる事が最優先になっていた。
絶望的光景が眼下には広がり、フィデーリスは化物の肉で出来た海に覆い尽くされようとしている。
正気に戻ったマリアベールによって、彩芽がソウル・イーターに飲み込まれた事を聞かされ、ストラディゴスは静かに怒っていた。
「なんでアヤメを一人で行かせた……」
「呪具を破壊すれば、化物を止められる筈であった……」
「止まるどころか、化物だらけじゃねぇか」
「ミセーリアが一枚上手だった……ソウル・イーターとあやつが呼んだあの化物は、あれ自体が力場で、我のスケルトンやヴェンガンの操っていたリーパー共と違って、あの姿でも生きておる。自分で生命力を補給して、どこまでも大きくなる。恐らく、ピレトス山脈の生命力も我らが掘ったトンネルから吸っておるのだろう。せめてトンネルを崩せれば……」
マリアベールは、計算違いによって彩芽を失った自責の念に駆られているが、落ち込んでいる暇も無い。
「マリア、どうすれば良い? あの化物が生きてるなら、どうすれば殺せる?」
エドワルドが言うと、モサネドが言葉を返す。
「頭を潰したり爆破しても死なないんですから、あとは心臓とか」
モサネド達は、エドワルドからマリアベールの説明を既に聞き、それでもなお協力してくれていた。
「うむ、あれは、ミセーリアも不完全だと言っておった……何か弱点があるはず……だが、あの海に心臓がある様にも見えぬ。あるとすればどこだ……」
「触った物を飲み込む様な奴だぜ、危なくて近づけねぇよ」
マリードとゾフルが万事休すとばかりに、倒せる訳がないと嘆く。
(……る?)
「……?」
(……聞こえる?)
マリアベールの頭の中で、彩芽の声が響いた。
(……まさか、生きておるのか!? あの状況で、どこに?)
(よかった……私は、まだ生きてる……セクレトが、守ってくれてるから……マリアベール、もう一回、記憶のフィデーリスに来て……ミセーリアが、まだ……みんなを連れてきて、探さないと……)
(みんなだと?)
(ヴェンガンの部屋の……金庫……中……日誌……セクレト……部屋で……待……)
彩芽の声が途切れた。
マリアベールは、血相を変えてヴェンガンの部屋に走っていく。
「どうした!?」
「アヤメは生きておる!」
その一言に、彩芽を知る者達がゾロゾロとマリアベールに続いた。
* * *
ヴェンガンの部屋。
ヴェンガンの金庫を開けようとするが、鍵がかかっている。
すると、ゾフルが役立てるとばかりにピッキングをしようと前に出る。
その前に、マリアベールは金庫の扉の部分だけを鎌で切り離した。
ゾフルは、そっと後ろに戻る。
マリアベールは、彩芽が何を伝えたいのか確認する。
金庫の中には、魔法の研究日誌が何冊か入っていた。
マリアベールが中を見ると、ヴェンガンとミセーリア、そして四百年前のマリアベールの魔法について詳しく書かれている。
しかし、その内容は、所々がミセーリアの拷問日記となっていて、マリアベールには見るに堪えない内容の方が遥かに多かった。
だが、この中にヒントがある筈だ。
『122:〇年△月□日、セクレトの身体を使ってネクロマンスの限界を試すのは、セクレトを殺してしまう可能性がある。セクレト以外で実験をしなければならないが、犯罪者だとしても民を傷つけるわけにはいかない……』
『223:〇年△月□日、セクレトとラタ(ガモスの娘)の子供が生まれた。セクレトそっくりの憎らしい顔をしている。実験によってセクレトに生殖能力が残っている事が分かった……』
『313:〇年△月□日、ネクロマンスについては把握できた。頭か心臓が破壊されると、補完しきれずにアンデッドとなってしまう。生きていても老化は止められない……』
『474:〇年△月□日、ラタが川に身を投げた。あの水死体ではセクレトと子供をつくらせる事は出来ない……』
『545:〇年△月□日、セクレトと実の娘との間に子供を作らせる。セクレトの子供は大勢いる。この方法を繰り返せば実験を繰り返せる……』
『612:〇年△月□日、ヴェンガンと自治権を買う資金の話をした。私がセクレトに拷問をする姿を見て、闘技場が色々と良さそうだと言う話になる。少しひっかかったが、私も良い考えだと思う……』
『776:〇年△月□日、セクレトの子供をセクレトの目の前で実験に使うのは楽しい。セクレトが苦しむ姿を見るのは、セクレトを痛めつけるよりも効果がある。子供達は死にたく無いのか私の言う事をよく聞く……』
『896:〇年△月□日、セクレトの心が限界らしい。あまりにも長い間、拷問をして、目の前で子供を殺し過ぎたせいか、何をしても反応しなくなる。こんな事でセクレトを楽にさせる訳にはいかない……』
『999:〇年△月□日、セクレトに似た子供をいたぶって我慢する。セクレトの苦しむ顔が見たい……』
『1022:〇年△月□日、セクレトの心の中に入る実験を始める。マリアの資料は役に立つ。惜しい人を無くした……』
『1134:〇年△月□日、マリアのおかげで心に入る魔法が出来たが、思ったような効果が得られない……』
『1256:〇年△月□日、マリアのおかげで活路が見いだせる。人の記憶は一人より大勢の方が、相互反応が生まれ、結果的に鮮明になる。人の記憶を繋げる実験を始める……』
『1378:〇年△月□日、セクレトの子供のおかげで記憶の事が分かってきた。血が近く、環境も近い方が鮮明になる。育てた環境が違い過ぎると、おかしな反応を示す……』
『1411:〇年△月□日、血の遠い人でも同じ様に出来る方法を遂に見つけた。血を混ぜて、固まらなければ生きたまま繋げられる。これは大きな発見だ……』
『1578:〇年△月□日、ついに生きたまま繋げた生物が出来る。これにセクレトを繋げれば、彼を正常に戻して、今度はもっと酷い拷問が出来る……』
『1699:〇年△月□日、記憶の中のフィデーリス城に入る事に成功した。セクレトは夢を見ている様だけど、驚いたのは、セクレトが大勢いる事だ。これは繋げた子供達や奴隷では無い。全部セクレトだ。調べる必要がある……』
『1788:〇年△月□日、一番幼いセクレトと話をした。マリアに憧れて英雄になりたいらしい。セクレトが英雄になりたいと言うなら、フィデーリスを救う英雄にしてあげようと思う。それが彼の償いにもなる。セクレトがマルギアスとエレンホスを亡ぼせば、私はセクレトを許せるだろう……』
『1865:〇年△月□日、セクレトに人以外を繋げる実験を始める。最初は何がいいだろう……』
『1943:〇年△月□日、セクレトの身体が人以外を受け入れた。接ぎ木の要領でやればと思ったが、それが間違いだった。亜人や獣人の奴隷を無駄に死なせてしまったが、必要な犠牲だった……』
『2022:〇年△月□日、セクレトの心が、減っている。あまりにも混ぜ過ぎて自分の事が分からなくなっているらしい。前の様に拷問をして分裂させるには、残った心は弱すぎる……』
『2145:〇年△月□日、何と言う事だろう。セクレトの孫を餌に与えたら、セクレトが正気に戻った。やはり自分の血が必要なようだ……』
『2267:〇年△月□日、ヴェンガンは渋ったけど、奴隷牧場が出来た。どこを見てもセクレトとラタに似た顔が並んでいて壮観である。牧場の管理も奴隷に任せれば良い……』
『2384:〇年△月□日、セクレトの事をソウル・イーターと名付けた。もはやセクレトの原型は無い。最初に混ぜた人以外の生物、キマイラの素材にもなるアンフィスバエナの影響か、様々な生物の特徴を持つようになった……』
『2477:〇年△月□日、ピレトス山脈で私の家の墓が怪物に荒らされているらしい……死んだマリアの亡霊なんて言われているらしいけど、まさかね……』
『2592:〇年△月□日、ヴェンガンがピレトス山脈で話題になっているリーパーを模した兵隊を作ろうと言い出す。ヴェンガンのおかげで景気は良くなった筈なのに、盗みや殺しが後を絶たない。民を守るためにも……』
『2670:〇年△月□日、城に盗みに入った不届き者がいた。丁度良いから、リーパーの実験に使う事にする……』
『2799:〇年△月□日、骨だけにしても動かせるけど、動かすのに消耗が激しい。城壁内でしか使えないし、大量に動かすと土地が枯れかねない……』
『2887:〇年△月□日、ソウル・イーターは大分大きくなった。けど、セクレトの子孫を与え続けないと、制御が出来ない。セクレトを核にする事にこだわり過ぎた。でも、これだけは譲れない……』
『2955:〇年△月□日、ソウル・イーターの中の記憶を再現したフィデーリスが完成した。年代ごとに再現する事も出来る。中に暮らす彼らは、本物だと思っている……』
『3043:〇年△月□日、ソウル・イーターに死者を取り込む事に成功した。マリアのおかげで、死者の記憶も組み込める……』
『3126:〇年△月□日、幻のフィデーリス。記憶の中に入り浸っている。あの頃に戻りたい……』
『3226:〇年△月□日、ソウル・イーター自身を力場にして、捕食によって維持する事は理論的に可能だが、今のキャパシティではマルギアスどころかエレンホスさえ飲み込めない。拷問する数を減らして、奴隷牧場を稼働させなければ……』
『3333:〇年△月□日、ソウル・イーター……』
* * *
「マリア?」
「聞けエドワルド、全員を我の部屋に集めよ……」
「全員?」
「この城に避難してきた全員だ。アヤメを、フィデーリスさえも救えるかもしれん」
日誌を一読し、マリアベールはミセーリアの作った精神の牢獄、記憶のフィデーリスへの入り方を理解した。
それと共に、ソウル・イーターがどの様に作られたかを知り、作り方や運用の仕方から、解体の方法を導き出した。
* * *
「って事は、アヤメを助けられるのか!」
ストラディゴスとルカラは、手を合わせてピョンピョン喜ぶ。
「これはアヤメが、我らに残した最後の希望だ。我と共に、記憶の中のフィデーリスに入ってくれる者はいるか? 精神世界、と言ってもピンと来ぬか……ソウル・イーターの心の中に、これから魔法で乗り込む。帰って来れる保証は無いし、成功するかもわからん。分の悪い賭けだ。だが、より多くの者が参加すれば、成功確率はグンとあがる」
「アヤメを迎えに行くんだろ。俺達が行かないでどうする」
ストラディゴスとルカラが手を上げる。
「マリアが行くなら、俺も行くぜ」
エドワルドも手を上げた。
「エドワルドさん! それなら俺達も!」
モサネド達も手を上げる。
「乗りかかった船だ。いくぞ」
マリードとゾフルも手を上げる。
グルル
エドワルドの相棒である竜も、来てくれる様だ。
スケルトン達も手を上げ、一部の戦えそうも無い市民と、城に逃げて来ただけの獣達以外は、ほぼ全員が行く事になる。
何もせずここに残っていても、いずれソウル・イーターに飲み込まれる運命なら、何かした方が良い。
「出来るだけ知り合いと手を繋ぎ、目を閉じよ!」
マリアベールが、みんなを並べ、人の輪を作らせる。
フィデーリス市民達は、スケルトンを介せば、全員が知り合いで繋がる。
市民も、兵士も、よそから来た移住者もだ。
奴隷も、平民も、貴族も関係無い。
数人辿れば、全員が知り合いである事に、皆が複雑な表情を浮かべる。
こんな事態にでもならなければ、こんな事は知る事も無かった。
全員が手を繋ぎ、輪になった。
身分も何も関係の無い。
生き残る為に戦うと言う、一つの目的が、結束を固める。
「良いか、記憶の中とは言え、死ねば心がやられる。危なくなったら逃げろ! 行くぞ!」
ソウル・イーターを止める為、フィデーリスを救う為の、仲間を救う為。
マリアベールが意識を集中する。
彩芽の肉体を遠隔操作する要領で、前に記憶のフィデーリスに行った時の逆をする。
前は、マリアベールの所に彩芽が迷い込んだ。
今度は、彩芽を目的地に設定し、自ら乗り込んでいくのだ。
一つの目的の下に束になる、それぞれの目標を持った人々の、最後の戦いがこうして始まったのであった。
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