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第20章

マリアベール、対話する

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 彩芽、マリアベール、小セクレトの三人が精神の牢獄に閉じ込められ、脱出方法を探している頃。



 ストラディゴス、合流したエドワルド、ルカラ、それにマリードとゾフルの五人は操られているマリアベールの肉体に大苦戦を強いられていた。
 マリアベールは、ストラディゴスを命令通り追い続けており、ストラディゴスは攻撃を防ぎながら必死に逃げ回る事しか出来ない。
 気が付けば、一同はたった一人にフィデーリス城内にまで押されていた。

 マリアベールが仲間だから攻撃出来ないとかでは無い。
 単純にマリアベールが強すぎて、全員が全力でかかって行っても、足止めにしかならないのだ。

 スケルトン達は、ストラディゴスが死に次第、魔法が解かれる事を理解している様で、全力でマリアベールを無力化しようと、数の力であの手この手で行き先を阻む。
 だが、マリアベールの鎌は本来の鋭さが無くとも、いとも容易く近づく者を切り裂いて行く。



 そんな事をしていると、城壁を揺るがす程の振動が地面を響いて来た。

「今度は何だ……」

 エドワルドが、これ以上の爆破計画など予定に無いぞと震源に目をやると、ご丁寧にも城門をくぐろうとしながら、穴に引っかかって中々入れない巨大な人型の何かが目に入った。

「おいおいおい!? 聞いてねぇぞ、あんなの……」

 彩芽の向かった方面から現れた怪物を見て、度肝を抜かれるが、その怪物がなぜ城壁の門に引っかかったのかが、すぐに分かった。
 怪物は、ヴェンガンを追って行ったスケルトンや獣を追っている内に、門をくぐろうとしたのだ。
 城壁内に逃げ込む者達によって、奇しくも出入口に案内されたのである。

 門から城壁内に手を伸ばす怪物の姿に、多くの者がこの世の終わりを連想した。

「マリア一人でも厄介だってのに……」

「エドワルドさん! 一体何が?! この骨は何なんですか?!」

 城に駆けつけたモサネド達が、見覚えのある黒い鎧に身を包んだエドワルドを見つけた。

「丁度良い所に来たお前ら! 骨は味方の魔法だが、あのデカブツは敵だ!」

「魔法!? エドワルドさんはどうするんですか!? それに、その恰好!?」

「似合ってるだろ?」

「こんなの計画に無かったじゃないですか! 何が起こってるんですか!? せっかく生き返ったってのに、説明してくださいよ!」
「そうっすよボス!」

「必ず説明する! 今はあの化物を足止めしてくれ!」

「ううぇえええ!?? 無茶言わんでくださいよ!」

「今なら、お前らなら出来る! 門にひっかかってるうちに、城壁を落とせ! 火薬でも大砲でも何でも使え! あれが町に入って来たら、もう止められないぞ!」

「エドワルドさんはどうするんですか!?」

「俺か? このままリーパー退治にならなきゃいいが……」



 * * *



「見て、マリアベール!」

「闘技場か……民の息抜きに殺し合いを見せるとは……愚かな」

 城の窓から見える、建設中の大闘技場。
 民の息抜きとミセーリアは言っていたが、それだけの物では無い。

 ヴェンガンは、マルギアスから独立自治権を買っていた。
 つまり、闘技場の興行で収益を上げる事で、観光客を呼んで外貨も稼ぎつつ、フィデーリス市民の気を紛らわせ、独立自治権を買う足しにしようと考えたのだろう。

 一石二鳥のアイディアである。

「あれ、見て」

 広場に人が集まり、何やら御触れ書きを見ていた。
 三人は人込みに紛れて、御触れを見に行くと、そこにはこんな事が書かれている。



『マルギアス王国、特別独立自治区フィデーリス代表、ヴェンガン伯爵より。フィデーリスが王国であった時代より暮らすエルフ族の市民全てを、フィデーリスは誇り高き上級市民として扱う物とする。上級市民には、以下の権利が与えられる。フィデーリス内において、税の優遇。配給の優遇。議会への参加権……』

 長々とフィデーリス市民に対する優遇措置と、その具体的な開始期日が書き連ねられ、要約すれば「ヴェンガン伯爵はフィデーリス市民の味方である」と言うアピールであった。

「ふん、フィデーリスの民が堕落する訳だ。わざわざ下を作って、特別扱いとは……どこまでも愚かな……」
 マリアベールは、御触れ書きの中にある「奴隷」の項目を見て呆れた物言いをした。



 彩芽は、マリアベールがミセーリアをヴェンガンから救いたくて四百年もの間、戦ってきたと思っていた。
 だが、それは、少し違った様であった。

 ミセーリアの本性を知ってなお、助ける必要が無いと分かってもマリアベールが戦うのをやめないのは、フィデーリスの民の為であった。

 元々のフィデーリスの民達は、ミセーリアとヴェンガンによって、四百年経っても幸せそうに生きていた。
 ただし、それは堕落した幸せであった。

 贅沢と弱者への暴力を覚え、今、目の前で「奴隷を持つなんて汚らわしい」と言い合っている善良さは、微塵も見られない。

 マリアベールは、ミセーリアを救えば、元のフィデーリスに戻せると思っていた。
 だからミセーリアを助けようとしていたのだ。



 だからこそ、死者の軍勢によって、大虐殺ともいえる、民の浄化までさせたのだ。
 四百年の堕落の代償を払わせ、それでも生き残る者達に、健全なフィデーリスを託すために。

 ミセーリアが、マリアベールにとってフィデーリスに巣くう魔女となった今、魔女に力を与え、国を堕落させた責任を取る為に戦っているのが彩芽にも分かる。

 巻き込まれた形の彩芽だったが、ルカラを逃がす為に始めた戦いだったのに、気が付けば事態の中心にいる。
 フィデーリスを救おうなんて大それた事は思っちゃいないが、ヴェンガンとミセーリアを止めなければ、大事な人達の命が危ない。

 それに、ヴェンガンとミセーリアは、この先もフィデーリスを維持する為に、罪のあるなしに関係無く、人々を苦しめるだろう。
 第二、第三のルカラが生まれるのを、止められるのなら、止めるべきである。



 それぞれの思いを胸に、三人は広場を出ると、再び出口を探し始める。
 違和感がある物を探すにしても、フィデーリスは広すぎる。

「お姉ちゃん」

 彩芽とマリアベールは、それぞれ自分が呼ばれたと顔を向け反応した。
 小セクレトからすると、どっちが反応しても良かった。

「なに?」
「なんだ? 何か見つけたのか?」

「誰か来るよ」

 慌ててセクレトが物陰に隠れた。

「誰か?」



 空間が切り替わる。
 闘技場は完成し、中からは歓声が聞こえてくる。

 いつも間にか、物陰に隠れ損ねた二人の目の前に、ミセーリアが現れていた。

「ミセーリア……」

「マリア、どう? 私の作った箱庭は……」

 どうやら、本物のミセーリアが接触してきたらしい。

「よく出来ておる……」

「マリアに褒められるなんて嬉しいわ……」

「ここから出してはくれぬか?」

「ああ、マリア。悲しいすれ違いがあった。それは認める。あなたも、認めるでしょ? でも、あの時は他にどうしようもなかったの。それもわかるでしょ?」

「あの時とは、さっきの事か? 四百年前の事か? ずっと見ていたのであろう。なら、こちらの答えは分かる筈だ。そもそも、なぜあのような物を我に見せた?」

「覗き見なんてしてないわ。ずっと結婚式での事は、私も後悔してたのよ。だから、あなたには真実を知って貰おうと思ったの。またすれ違ったままお別れなんて、私は嫌だもの」

「どういう心変わりだ?」

「四百年もあれば、私も変わるわ」

「成長したと? 話し合えるとでも言うのか。嘘偽りなく」

「ここでなら話せる。信じるかは、あなた次第だけど」

「ミセーリア……お前は、何が望みなのだ」

「これがずっと続く事よ。ヴェンガンと私でフィデーリスを統治し続けるの」

「これとは、闘技場で奴隷や罪人を戦わせ、お前が気に食わぬ者を拷問をする事か? 他人を踏みにじる幸せを、王自らが民に与えると言うのか?」

「誰でも他人を踏みにじるものでしょ? フィデーリスはエレンホスに、今でもマルギアスに踏みにじられている。その力には、私達は抗えない。今も昔も変わらない。でもね、私も長い間、色々な拷問していてね、やっと気付いたの。誰を傷つけても気持ちいいのよ。だから、みんな理由をつけて誰かを傷つけるの」

 ミセーリアは、四百年もの間、セクレトにあらゆる拷問をする事で、憎しみをぶつけ、ストレスを発散し、その中で憎い相手を苦しめる快感に目覚め、そこから他人を苦しめる喜びに目覚めていた。

「味方に騙され、国を失い、気でも触れたのか」

「最初はそうだったのかもしれないわ……でもねマリア、これが今の私なのよ。あなたのお友達の女を私が捕えたのは知ってるかしら?」

「何を言っている???」

 目の前に、彩芽はずっといるのに、ミセーリアには見えていない。
 ミセーリアにとって、彩芽とマリアベールの繋がりは、相当のイレギュラーの様であった。



 * * *



 城門付近、モサネド達は爆弾を設置しようと準備を始めていた。
 ソウル・イーターを近くで見て、見た目と悪臭に吐き気がしているが、作業を急ぐ。

 同じ頃、マリアベールの相手をしながら、ストラディゴスとエドワルドは目の前の操り人形と化した仲間を、いい加減どうにかしなければと相談を始めていた。

 何か策があって彩芽が飛び出して行ってから、わずか数分しか経っていない。

 精神世界とは時間の流れが大きく違う。

 彩芽の安否も心配だが、ストラディゴスを一人にすれば、一つの油断で巨人は押し切られてしまう。
 魔法が解ければ、エドワルドは致命傷が開き、そのまま長くは生きられない。

「ストラディゴス! お前、魔法に詳しくなかったか!?」

「使えるダチは何人か知ってるが、そのぐらいだ!」

「魔法の解き方ってのは、魔法使いじゃなきゃ出来ないのか?」

 ストラディゴスは、フィリシスの指輪を思い出す。

「魔法の道具なら、ぶっ壊せば魔法は解ける!」

「マリアにかかった魔法だけどよ! アヤメは壊す物が見つからなくて時間がかかってるってのは無いか?!」

「あり得る!」

「それは、魔法使いが身に着けてる物なのか? 俺の指輪や鎧みたいな?!」

「なんだ、さっき城の中で何か見つけたのか?!」
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