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第19章

彩芽、竜を駆る

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 彩芽は竜の背の上で、短剣を鞘から抜いた。
 鋭く砥がれた剣に恐怖を感じるが、マリアベールが残した感覚のおかげで、取扱方は十分に分かる。

 疾走する竜やスケルトン達が健在と言う事は、まだ壁の外に出ていないか、壁から離れていない。
 まだ間に合う。

 遠くに小さな光が見えると、人影が外へと逃げて行くのが見えた。
 影を追って暗闇を竜は駆け抜ける。



 外に出ると視界が一瞬真っ白になる。
 目が慣れると、ヴェンガンがミセーリアを連れて広い草原の上をどこかに向かって走っていくのが見えた。

 彩芽が腹を蹴るまでも無く、竜がヴェンガンを追い始める。

 グングンと距離が縮まると、追いつく前にヴェンガンが足を止めた。

 そこは、大きな穴があった。
 様々な物が捨てられているのが、当目に見ても分かる。
 壊れた馬車やチャリオット、そして骨と死体。

「ドミネーション・ネクロマンス!」

 ヴェンガンが魔法を使うと、マリアベールの影響なのか、彩芽の目にもヴェンガンの指輪が光って見えた。

 彩芽が腹を蹴ると、竜は速度を上げる。
 今なら、正確にヴェンガンの指輪だけを剣で破壊できる。

 確信を胸に竜を駆ると、剣を構える。



 その時、大きな穴の縁から、無数のスケルトンが這い上がるのが見えた。
 人だけでなく生物の骨もある。

 大きな穴は、城壁内の墓に入る事を許されなった奴隷や犯罪者にショーで殺された獣達の遺体を捨てる場所であった。

「ソウル・ドミネーション! 全てを食らい尽くせ! ソウル・イーターよ!」

 蘇ったスケルトン達は穴から出る前に穴の底にいる何者かに捕まれ、穴の底へと引きずり込まれる。

 無数のスケルトンが穴の底に消えると、穴の縁に巨大な人の手がかかり、穴の底から現れたのは、二十メートルを超える巨大な肉の塊で出来た人形であった。

 ハイハイをしてゆっくりと穴から這い出す人型の何か。

 その表面には、様々な生物の特徴がみられる。
 パッチワークと言うよりは、違う色の粘度を混ぜた様に溶け合った巨大な生物。

 それはマリアベールのスケルトンを触れると、身体へと吸収してしまう。
 闘技場からヴェンガンを追ってきた獣達も触れるだけで、触れた場所が一体化し、逃げられなくなると、そのまま吸収されていく。

「はんそく……」

 彩芽は、巨大すぎる上に触る事も出来ない謎の存在を前にしながらも、ヴェンガンの指輪を見ていた。
 あれさえ壊せば、恐らくソウル・イーターとか言う怪物もザーストンと同じ様に無敵では無くなる筈。

 竜から降りると、短剣を携えてヴェンガンへと一直線に走っていく。

 バカみたいな掛け声はいらない。
 卑怯で結構。

 指輪を壊せば、形勢が逆転する筈。



「なっ!?」

 彩芽の渾身の不意打ちは、失敗に終わった。
 ヴェンガンの指輪を傷つけようとしたその時、ミセーリアが邪魔に入ったのだ。

 彩芽の持つ短剣の切っ先はミセーリアに触れる直前で止まり、代わりにミセーリアが持っていたナイフが彩芽の腕を切りつけた。

「ヴェンガン、これは誰?」

「マリアベールのお友達だ。そして、カーラルアの大事な人で、巨人ストラディゴスの女」

「そうだったわ、ヴェンガン、マリアが死んだだなんて、嘘をなんでついていたの?」

「墓場から死ぬまで出られないなら、奴は死んだも同じ……」

「ヴェンガン、マリアが四百年前に死んでいなかったのを、知っていて黙っているだなんて、あなたの判断が今の状況を招いているのよ」



 彩芽は目の前で繰り広げられる会話を聞いて、絶句する。
 マリアベールが四百年も救おうとしてきたミセーリア自身が事件の黒幕で、ヴェンガンは協力者に過ぎなかったのだ。

「なんで、こんな事を……」

「なんで? あなたにそんな事話しても、意味無いと思うけど」

 ソウル・イーターは、彩芽などは眼中になく、フィデーリスの城壁へと進んでいく。

「マリアベールさんは、あなたを助けようと四百年も!」

「あら、事情を知った風な口ぶりね。マリアは、四百年もそんな事を?」

「なんで自分の国を!? 仲間を!? なんで!?」

「確かに、ヴェンガンが捕まえたくなるのも分かるわ。この子。いいでしょう、特別に見せてあげます」

 ミセーリアが彩芽にそう言うと彩芽の頭を掴む。
 次の瞬間、彩芽の目の前は真っ白になった。



 * * *



 四百年前のフィデーリス城の光景。
 ミセーリアが見せる幻覚魔法なのは彩芽にも分かるが、幻覚から抜け出す事が出来ない。



「ミセーリア王! 今一度お考え直しを!」

 四百年前のマリアベールがミセーリアを呼び止めている。

「いいえ、マルギアスに大使を送り、和平を進めます」

「マルギアスが約束を守るとは思えません! これは罠です! 和平交渉の席で王を殺し、町を焼いた過去をお忘れですか?」

「では、このまま負けるのを指をくわえて見ていろと言うの!?」

「エレンホスに援軍を要請すれば、まだ勝利への道はあります!」

「エレンホスがどれほどの援軍を送ってくれるかも分からないのに、勝てる道がありますか……」

「我々もあらゆる手段を考えております。どうか、お待ちください。王よ……」



 場面が変わる。
 ヴェンガンとミセーリアの二人が、ヴェンガンのベッドに入り裸で話をしている。

「エレンホスのセクレトと婚約!?」

「国の為です。まだ決まった訳では無いし、公けにはしないで」

「わかりました。ですが……」

「私が愛しているのはあなただけよ。それだけは忘れないで」

「私もです。ミセーリア」



 ザッピングの様に、さらに場面が変わる。

「マルギアス側の回答は?」

「無条件降伏と、王の首を差し出す事です」

「だから話にならないと、戦争しかない!」

 騎士達が戦争を唱える。

 マリアベールは解決の糸口が見えない事態にイラつき、ヴェンガンは勝ち目のない戦争に向かおうとしているのを見て、唖然としている。
 軍の作戦会議では皆が王と国を守ろうと一致団結しているが、それを見ているミセーリアの顔色は優れない。



 場面が変わる。

「たった三千だと!? エレンホスからの援軍が、たったの三千!?」

 軍の作戦会議の席。
 皆が、エレンホスに不満を持っている。

「わが軍は現存、民兵を合わせても五千。マルギアスは少なく見ても一万を超えているのだぞ!」

「数だけの勝負ではありませぬ。わが国にはマリアベール様の魔法の加護もある」

「死者が生き返りでもせんかぎり加護があろうが、数の前には押し負ける。死ににくいだけで死なぬ訳では無い」




 場面が変わる。

「ミセーリア、もうこの国は、フィデーリスはダメだ」

「それでも、私は王よ。民を捨ててはいけないわ。私が死んで、それで片が付くなら……」

「そんな事は私がさせない。ミセーリア、君の事は私が命に代えても守って見せる」

「ありがとう、ヴェンガン」



 場面が変わる。

「降伏の交渉!? 気でも触れたのかヴェンガン! 王国四千年の歴史をミセーリア様の代で終わらせる気か」

 老年の騎士が叫ぶ。

「このままではエレンホスが援軍につこうが、マリアベールの魔法があろうが負け戦です」

「戦う前に負けを決めつける者がどこにおるか!」

「無条件降伏し、属国としてでも残れる道を」

「マルギアスはミセーリア様の首を要求して来ておるのだぞ!」
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