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第13章
彩芽、怒らせる
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エドワルドは話が長くなりそうだと言うと、小男と背の高い男の二人の盗賊に、縛った大男を担ぎ歩かせ、賞金首を引き渡す為にフィデーリス城下の兵士詰所へと向かい消えて行った。
路地裏に残され、ルカラは彩芽とストラディゴスによる断罪を待っていた。
「とりあえずなんだけどさ、まずは手紙だけでも返して」
彩芽は一個ずつ問題を解決して、事態をシンプルにしようと提案する。
だが、ルカラは手紙を返せば最後だと覚悟をもって答えた。
「……ついてきてください。ご案内します」
* * *
ルカラに連れてこられたのは、フィデーリスの旧市街。
そこにある一軒の廃屋、と呼ぶには些か大きな石積みの廃墟であった。
ボロボロに老朽化しており、屋根は落ち、どうやらかなり古い教会か修道院の様であった。
近くには御立派な宗教施設らしき物があるので、大昔に役目を譲った後もそのまま放置されたのだろう。
その隠れ家の二階部分からは、広い墓場が一望でき、ルカラの身の上話を思い出させる。
ストラディゴスは廃墟が狭くて入れそうも無いので、彩芽の汚れた服でも洗って待っていると、外で待機する事に。
また護身用と短剣を渡すストラディゴスに、彩芽は受け取らない意思を示す。
ストラディゴスは彩芽の意思に従うと、彩芽だけでルカラについて廃墟に入って行った。
朽ちて戸の無い入り口をくぐると、ルカラは寒々しい廃墟を奥へと進んでいき、表からは隠れるようにしてある地下へと続く階段を降り始める。
彩芽が壁伝いに階段を下りていくと、足元で何かの尻尾を踏んだ様な嫌な感触と鳴き声が聞こえた。
おそらく鼠か何かだろう。
階段を降り切ると、ルカラが彩芽の手を引き、通路を進みだす。
「ここは?」
「……古いお墓です。もう、誰にも使われてないですが。暗いので足元に気をつけて」
忘れられた集団地下墓地。
広大なカタコンベであった。
階段の上から差し込む光源が、背中ごしに遠くなっていく。
暗くて全然見えないが、周囲には遺体が置いてあるのだろうと想像すると、寒気がした。
「ここです。頭に気をつけて」
ルカラに言われるままに薄暗いカタコンベの壁にあいた、真っ暗な穴に入り、少し進むと奥に光が見えた。
そこは明るく、広い地下通路であった。
十メートル以上も上には空が見え、吹き抜けていて外光が底まで入ってきている。
上の方には人の気配を感じるが、誰も暗がりの底を覗いたり等しない。
上から見ると、日常の風景にある降りる用事も無ければ、下り方も分からない用水路か何かに見えるのだろう。
通路の床を見てみると、無数の人骨が人型で放置されているが、どれも襲われたと言うよりは、傷も無く自然死の様であった。
通路の真ん中には溝が掘ってあり、そこには温かい汚水が流れている。
少し硫黄臭いが、糞尿の様な吐き気を催す臭いはしない。
どうやら、水の大半は公衆浴場から流れてきている温泉の様であった。
そこは、誰も管理しなくなった大昔の下水道であった。
管理者を失ってカタコンベが偶然朽ちて繋がり、誰も知らない広大な地下通路はルカラによって発見されるまで放置されていた。
そこを根城にルカラは、城壁都市と言う密室の中で、したたかに今まで生き延びていたのだろう。
ルカラは地下水道の壁を通っている今は詰まって水が流れなくなった水道管の一つを探ると、盗んだ物を入れた布袋を彩芽に手渡した。
両手で持てるが、ずっしりと来る重さ。
床に置き、中を見ると、ルカラがフィデーリス脱出に備えて貯めていた盗品が入っていた。
持ち主が分からない財布に、宝石のついていないシンプルなデザインの宝飾品がジャラジャラと底に敷かれ、袋の上の方には薄汚れた布で包まれたカビかけのパンと、少し悪くなった干し肉が一緒に乗っている。
ルカラは彩芽が手紙を見つけられないでいると、「ここです」と言って袋の内壁側をまさぐり、財布と手紙を手渡してきた。
彩芽はルカラから盗まれた物を受け取ると手紙の中身だけ確認し、どうやら本物であると分かると緊張の糸が解けた様な顔をする。
「ふぅ……荷物は、これだけ?」
「……はい」
「じゃ、戻ろっか」
「あの……」
「……なに?」
「もう、覚悟は出来てます」
ルカラは、これで楽になれると思った。
彩芽とストラディゴスに盗んだ物を返した。
謝罪も済んでいる。
あとは罪を償うだけだ。
だが彩芽は、逃げも隠れもしないルカラを前にして、どう説明をしてやろうかと考えていた。
「ルカラ、もしかして、伯爵に引き渡されるとか、思ってる?」
「当たり前じゃないですか。 私は、お二人を騙した詐欺師で、泥棒なんですよ。それなのに、いつまでも約束だ何だって優しい事を言って……私がやった事は変わらないのに、話し合ったって、そんなの……無意味ですよ」
「それは、話し合ってから、三人で決める事だと思うよ」
「……同情ですか!? どうして……まだ希望があるみたいに言うんですか!! アヤメさんは残酷ですよ!! それとも見逃してくれるって言うんですか!!?」
彩芽と二人きりになって、ルカラからはポロポロと本音がこぼれ始める。
ルカラは、泣きそうになりながら怒って訴えかけてくるが、彩芽はルカラが何を求めているかは薄っすらと分かるのだが、彩芽がそれを与えられない事を、どう伝えようか迷っていた。
言葉とは時に無粋な物である。
だが、同時に言葉は人と人の間に出来た溝を、どんなに深くても確実に埋めてくれる。
世の中には、悪い事をしたら言い訳をせずに謝る方が良く、正しく、美しく、潔い、そう考える人がいる。
元の世界では、周囲にはそんな人ばかりがいた。
「言い訳をするな」と口を揃えて言う人は、無駄を排除しようとしているのだろう。
だが彩芽は違った。
その考え方は、上下の考え方である。
上が正しく、頭であり、下は上手に動けない手足でしかない。
そう言う考え方に思えてならないのだ。
説明、言い訳、話し合い。
溝を埋める為には言葉を尽くす方が、効率が悪くて、格好悪くて、醜く、往生際が悪いとしても、両者が対等と言う立場を重んじるのならば正しい筈。
彩芽は、そう信じていた。
「本当に逃げたいんだったら、止めないよ。でも……助けが欲しくて、困ってるなら、ちゃんと相談して。言ってくれなきゃ」
「私は泥棒なんですよ!」
「ルカラは盗んだ物を返してくれたでしょ。私は、それで綺麗さっぱり許したつもり。なら私には、もう泥棒じゃないでしょ。だから泥棒扱いなんてしないよ」
彩芽が盗品を返して欲しがっていた理由が、三人の関係から「泥棒」と言うマイナスの要素を、わかりやすく廃する為と気付くと、ルカラは彩芽の優しさが、優しさと言う名の暴力に感じた。
悪い事をしたのに、責められなかった事は今までに一度も無いし、罰でも償いでも無く、相手が損をする形での清算で片付けられた事も無い。
ルカラの心の準備に関係無く一方的に許される事も、今まで一度として無い経験であった。
罪の意識に苦しむ加害者に、被害者から同情では無い、感情を廃した論理的な関係のリセットを要求されても、それは簡単に受け入れる事は出来ない。
負い目、後ろめたさ、自責の念、そう言った自分で処理しなければならない自らを追いつめようとする感情によって、時に人は心のバランスを取る。
心のバランスの最適化は、長い時間の経過や、罪の清算行動、時には忘却や死をもってしか、もたらされる事は無い物である。
だが、彩芽はあくまでも、罪を表面上リセットしてまでも、対等な関係を要求してくる。
「なんなんですかあなたは! 変ですよ! 泥棒扱いしないって! 奴隷の話の時にもそうでした! 何がしたいんですか!?」
「私、バカで頑固だからさ、ルカラの事は、ルカラとしか見たくない。これは、私の我儘だよ」
路地裏に残され、ルカラは彩芽とストラディゴスによる断罪を待っていた。
「とりあえずなんだけどさ、まずは手紙だけでも返して」
彩芽は一個ずつ問題を解決して、事態をシンプルにしようと提案する。
だが、ルカラは手紙を返せば最後だと覚悟をもって答えた。
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そこにある一軒の廃屋、と呼ぶには些か大きな石積みの廃墟であった。
ボロボロに老朽化しており、屋根は落ち、どうやらかなり古い教会か修道院の様であった。
近くには御立派な宗教施設らしき物があるので、大昔に役目を譲った後もそのまま放置されたのだろう。
その隠れ家の二階部分からは、広い墓場が一望でき、ルカラの身の上話を思い出させる。
ストラディゴスは廃墟が狭くて入れそうも無いので、彩芽の汚れた服でも洗って待っていると、外で待機する事に。
また護身用と短剣を渡すストラディゴスに、彩芽は受け取らない意思を示す。
ストラディゴスは彩芽の意思に従うと、彩芽だけでルカラについて廃墟に入って行った。
朽ちて戸の無い入り口をくぐると、ルカラは寒々しい廃墟を奥へと進んでいき、表からは隠れるようにしてある地下へと続く階段を降り始める。
彩芽が壁伝いに階段を下りていくと、足元で何かの尻尾を踏んだ様な嫌な感触と鳴き声が聞こえた。
おそらく鼠か何かだろう。
階段を降り切ると、ルカラが彩芽の手を引き、通路を進みだす。
「ここは?」
「……古いお墓です。もう、誰にも使われてないですが。暗いので足元に気をつけて」
忘れられた集団地下墓地。
広大なカタコンベであった。
階段の上から差し込む光源が、背中ごしに遠くなっていく。
暗くて全然見えないが、周囲には遺体が置いてあるのだろうと想像すると、寒気がした。
「ここです。頭に気をつけて」
ルカラに言われるままに薄暗いカタコンベの壁にあいた、真っ暗な穴に入り、少し進むと奥に光が見えた。
そこは明るく、広い地下通路であった。
十メートル以上も上には空が見え、吹き抜けていて外光が底まで入ってきている。
上の方には人の気配を感じるが、誰も暗がりの底を覗いたり等しない。
上から見ると、日常の風景にある降りる用事も無ければ、下り方も分からない用水路か何かに見えるのだろう。
通路の床を見てみると、無数の人骨が人型で放置されているが、どれも襲われたと言うよりは、傷も無く自然死の様であった。
通路の真ん中には溝が掘ってあり、そこには温かい汚水が流れている。
少し硫黄臭いが、糞尿の様な吐き気を催す臭いはしない。
どうやら、水の大半は公衆浴場から流れてきている温泉の様であった。
そこは、誰も管理しなくなった大昔の下水道であった。
管理者を失ってカタコンベが偶然朽ちて繋がり、誰も知らない広大な地下通路はルカラによって発見されるまで放置されていた。
そこを根城にルカラは、城壁都市と言う密室の中で、したたかに今まで生き延びていたのだろう。
ルカラは地下水道の壁を通っている今は詰まって水が流れなくなった水道管の一つを探ると、盗んだ物を入れた布袋を彩芽に手渡した。
両手で持てるが、ずっしりと来る重さ。
床に置き、中を見ると、ルカラがフィデーリス脱出に備えて貯めていた盗品が入っていた。
持ち主が分からない財布に、宝石のついていないシンプルなデザインの宝飾品がジャラジャラと底に敷かれ、袋の上の方には薄汚れた布で包まれたカビかけのパンと、少し悪くなった干し肉が一緒に乗っている。
ルカラは彩芽が手紙を見つけられないでいると、「ここです」と言って袋の内壁側をまさぐり、財布と手紙を手渡してきた。
彩芽はルカラから盗まれた物を受け取ると手紙の中身だけ確認し、どうやら本物であると分かると緊張の糸が解けた様な顔をする。
「ふぅ……荷物は、これだけ?」
「……はい」
「じゃ、戻ろっか」
「あの……」
「……なに?」
「もう、覚悟は出来てます」
ルカラは、これで楽になれると思った。
彩芽とストラディゴスに盗んだ物を返した。
謝罪も済んでいる。
あとは罪を償うだけだ。
だが彩芽は、逃げも隠れもしないルカラを前にして、どう説明をしてやろうかと考えていた。
「ルカラ、もしかして、伯爵に引き渡されるとか、思ってる?」
「当たり前じゃないですか。 私は、お二人を騙した詐欺師で、泥棒なんですよ。それなのに、いつまでも約束だ何だって優しい事を言って……私がやった事は変わらないのに、話し合ったって、そんなの……無意味ですよ」
「それは、話し合ってから、三人で決める事だと思うよ」
「……同情ですか!? どうして……まだ希望があるみたいに言うんですか!! アヤメさんは残酷ですよ!! それとも見逃してくれるって言うんですか!!?」
彩芽と二人きりになって、ルカラからはポロポロと本音がこぼれ始める。
ルカラは、泣きそうになりながら怒って訴えかけてくるが、彩芽はルカラが何を求めているかは薄っすらと分かるのだが、彩芽がそれを与えられない事を、どう伝えようか迷っていた。
言葉とは時に無粋な物である。
だが、同時に言葉は人と人の間に出来た溝を、どんなに深くても確実に埋めてくれる。
世の中には、悪い事をしたら言い訳をせずに謝る方が良く、正しく、美しく、潔い、そう考える人がいる。
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「言い訳をするな」と口を揃えて言う人は、無駄を排除しようとしているのだろう。
だが彩芽は違った。
その考え方は、上下の考え方である。
上が正しく、頭であり、下は上手に動けない手足でしかない。
そう言う考え方に思えてならないのだ。
説明、言い訳、話し合い。
溝を埋める為には言葉を尽くす方が、効率が悪くて、格好悪くて、醜く、往生際が悪いとしても、両者が対等と言う立場を重んじるのならば正しい筈。
彩芽は、そう信じていた。
「本当に逃げたいんだったら、止めないよ。でも……助けが欲しくて、困ってるなら、ちゃんと相談して。言ってくれなきゃ」
「私は泥棒なんですよ!」
「ルカラは盗んだ物を返してくれたでしょ。私は、それで綺麗さっぱり許したつもり。なら私には、もう泥棒じゃないでしょ。だから泥棒扱いなんてしないよ」
彩芽が盗品を返して欲しがっていた理由が、三人の関係から「泥棒」と言うマイナスの要素を、わかりやすく廃する為と気付くと、ルカラは彩芽の優しさが、優しさと言う名の暴力に感じた。
悪い事をしたのに、責められなかった事は今までに一度も無いし、罰でも償いでも無く、相手が損をする形での清算で片付けられた事も無い。
ルカラの心の準備に関係無く一方的に許される事も、今まで一度として無い経験であった。
罪の意識に苦しむ加害者に、被害者から同情では無い、感情を廃した論理的な関係のリセットを要求されても、それは簡単に受け入れる事は出来ない。
負い目、後ろめたさ、自責の念、そう言った自分で処理しなければならない自らを追いつめようとする感情によって、時に人は心のバランスを取る。
心のバランスの最適化は、長い時間の経過や、罪の清算行動、時には忘却や死をもってしか、もたらされる事は無い物である。
だが、彩芽はあくまでも、罪を表面上リセットしてまでも、対等な関係を要求してくる。
「なんなんですかあなたは! 変ですよ! 泥棒扱いしないって! 奴隷の話の時にもそうでした! 何がしたいんですか!?」
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