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第11章
彩芽、勧誘する
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「お~い、色々買ってきたぞ~」
手に屋台で買った食べ物を巻きつけたストラディゴスが、部屋の扉を軽く蹴った。
ルカラが素早く扉を開けに走ると、ストラディゴスは目で礼を示し、何も言わずに部屋に入る。
テーブルの上に荷物をドサリと置くと、色取り取りの腸詰肉の燻製達がキラキラとランプの炎で輝いて見える。
もう片方の手で抱える様に運んできたのは大きな平鍋であった。
ほぐした海鮮の燻製と香草を細長い米と共に平鍋で焼き炊いた洋風の焼き飯である。
香草と香辛料の良い香りが漂ってくる。
これは、昼間トルペで食べた時に別のテーブルの客が食べているのを見ていて、美味そうだなと彩芽が狙っていた料理であった。
「あっつっ!? これ手で運んできたの?」
「熱いけど普通にさわれるだろ」
「さわれないって」
と言いながら彩芽は、畳んだ布巾で平鍋を押さえると、大きなヘラで中をかき混ぜ、鍋に張り付いた焦げをゴリゴリとこそぐ。
手際よく取り皿に分け、椅子に座って成り行きを見守るルカラの前にまず置いた。
彩芽が自分の分を取ると、ストラディゴスは平鍋を取り皿の様に自分の前に置く。
ストラディゴスは、彩芽が取り分けたヘラを使って直に食べ始めた。
「いただきます」
と言うと彩芽は、自分の分を食べ始める。
パエリアに似ている見た目で、味としては香辛料をピリリと利かせ、出汁がご飯に良く染み込んでいる。
香草のアクセントと、細かく刻まれた野菜のシャキシャキ感も噛み心地良く、主役である貝柱や魚、甲殻類、タコの様な軟体生物の様々な燻製がスープを吸って戻り、異常に美味い。
「ほら、冷めちゃうよ。ルカラも食べて」
「ほ、本当に良いんでしょうか?」
「お城の晩餐会じゃないんだから、マナーとかいいから食べて」
屋台で買ってきた半熟卵を彩芽が焼き飯に落とし、混ぜて食べるのを見るとストラディゴスが美味そうだと真似をし、ついでと半熟卵をルカラの皿の上にも割って落とす。
「いいから食え」
ご飯と固まりかけの黄身と白身が絡む姿を目にすると、ルカラの腹の虫が催促を始め、スロースタートながらも食べ始める。
口に運ぶ木のスプーンが止まらなくなっていく。
彩芽がお酒が欲しいと思いながらストラディゴスの前の平鍋からおかわりを勝手によそうと、ルカラはどうして良いのか分からない様子で、真似をして食べながらも二人の食べっぷりを見ていた。
大きめのフランクフルト程もある腸詰を一つちぎり、ストラディゴスが一口で食べる。
今度は彩芽が千切ろうとするが、手で切れる様な強度ではない事がすぐに分かった。
スナック菓子の袋で、どうやっても袋が丈夫で開けも切れもしない物と格闘する様に、彩芽が腸詰にじゃれ付いているとストラディゴスがいとも簡単にちぎって、そのまま彩芽の口に先端をつっこんだ。
全部が口に入らない彩芽は、そのまま租借しようとするが腸詰を噛み切るのも難しい。
何の生物の腸かは知らないが、ビニールの様に丈夫で噛み切るだけで大変である。
歯型をつけて一度口から出すと、包んでいる腸をねじっている個所を広げ、ぐいっとめくり、その中身だけをバナナの様にパクリと咥えた。
その時、ストラディゴスの視線を口元に感じた。
食事とは関係無く息を飲む視線を見て、何を想像しているかは予想できる。
この世界にも、そう言う文化があるのかと彩芽は思った。
しかし、二人きりなら笑って付き合ってやってもいいが、すぐそこでルカラが二人の様子を警戒しながら食べているのだ。
彩芽は腸詰の中身を咥えたまま巨人の目を見てから、思いっきり歯を立てて粗挽きの肉をブツブツブツと音を立たせ、ガブリと噛み千切ってみせた。
ストラディゴスがヒュンと下半身を走った疑似喪失感を一人で感じているのを見て、彩芽は「バカ」と含み笑う。
ルカラを前にして何とも下品であるが、悪い大人二人は結局、密かに下ネタを楽しんでいたのだった。
ちなみに、腸詰自体は焼いておらず常温だが、そのまま食べても柔らめで、かなり粗く挽かれた肉に塩とワサビの様なツンと鼻に抜ける香辛料を混ぜて固めたソーセージの様であり、焼いた方が絶対に美味いと彩芽は思った。
「アヤメ、こいつをどうするかだけどよ……」
空気を切り替えたいストラディゴスが食べながら言いかけると、彩芽が口を開いた。
それは彩芽とストラディゴスだけで決めていい問題ではない。
「ルカラは、どうしたいとかある? さっきも言ったけど、奴隷から解放できるんだよ。本当に奴隷のままで良いの?」
「奴隷の生き方しか私は知りません。お傍でお仕えさせていただければ、私はそれで」
ご飯を口に運びながら喋るルカラの答えに、ストラディゴスが彩芽を見て「だってよ」と肩をすくめる。
「なら、奴隷としてじゃなくて、雇われてみない?」
彩芽の言葉にルカラとストラディゴスが良く分からないと、それぞれ小さな腸詰をかじる。
奴隷は考え方によっては主人に雇われた身分である。
「どういう事でしょうか?」
「働いたら、ちゃんとその分のお金を出すってのは、どうかな?」
「おいおい、高級奴隷でも無いのに報酬を出すのか!?」
彩芽の提案にストラディゴスが疑問を投げかけた。
同じ人間扱いをすると言って食事を囲んではみたが、何も出来そうも無い奴隷に報酬を出すなんて事は馬鹿げて思えた。
奴隷の常識では、持ち主は事実上何をしても許されると言って差し支えないのが世間の常識である。
罰と言って鞭打つのも、その結果死なせてしまうのも、持ち主が奴隷を早くに失うという損をするだけで、悪評は立っても咎められる事は無い。
奴隷の持ち主が食事を欠かさずに与えるのは、長く奴隷を使役する為と考えられている。
なので良き主人とは、奴隷に必要な食事と娯楽を与え、体調を管理して出来る限り長く、不平不満無く働かせる事が出来る、そんな主人と言われていた。
必要な食事等のコストが、必要最低ラインであれば、その主人の奴隷運用は完璧と言う考え方である。
逆に、主人が持ち物の奴隷を不要と考えれば、その瞬間から奴隷の末路は悲惨な物に変わるのも、そう言った常識が根底にあるからであった。
何も出来ない幼い奴隷には、食事を与えれば十分であり、報酬が主人から貰えるのは一部の高級奴隷に限られているのが現実である。
だが、彩芽はそうは思わなかった。
「働いたら、報われて当然でしょ」
「それはそうだけど、お前の考えに逆らう気は無いけどよ、具体的にはどうするんだ?」
「最初は、全員お小遣いレベルかな。元手が限られてるし。役割分担もしなきゃ」
「……お小遣いって、って全員て、まさか俺もか!?」
「うん。そう。私もね。ああ、あと、何か私にも教えてね」
「何かって何をだよ」
「馬の操り方でも良いし、何でもいいから仕事を任せて欲しいかな。一緒に旅をしているわけですし」
彩芽の言葉にストラディゴスは、ルカラに言った自分の言葉を、彩芽が気にしている事にようやく気付いた。
考えてみれば彩芽にも当てはまる事ばかり言った気がする。
ストラディゴスは居心地が悪くなるのを感じ、悪気は無かったと目で訴えた。
「わかった……」
彩芽との以心伝心。
ストラディゴスの目線への笑顔の返答に、早くも尻に敷かている感があった。
「ねぇルカラ、私達に雇われてみるのは、どう?」
「どう、と言われましても、私はお仕え出来れば、それで……」
ルカラの答えは、普通の主人に対しては遠慮深く、最低コストで最大限仕える奴隷に映り満点だろう。
だが、彩芽は違う。
あくまでも奴隷として振舞うルカラに対して、可能な限り対等な目線を要求し続ける。
「ちゃんと考えて。やる仕事は同じ。やった事にご褒美が付くと思っても、嫌?」
「アヤメさんとストラディゴス様がそうしたいのでしたら従いますが、なぜ、ただの奴隷である私にその様な事を?」
ルカラの言葉に、ストラディゴスもそこが気になると彩芽を見る。
買い切り使い放題の、使い捨ての労働力である普通の奴隷を、どうして自分と同じ様に扱いたがるのか。
ストラディゴスは、彩芽は誰に対しても優し過ぎるのでは無いかと考えながらも、そんな考え方では彩芽がそのうち損をしてしまうと不安を感じる。
だが、彩芽の二人に対する答えは、二人の想像とは別の所を見ていた。
「私がね、それが一番得をするって、思ってるからだよ」
彩芽の無邪気な笑顔とは裏腹の「一番得をする」と言うエゴイスティックにも取れる言葉に、二人は思わず顔を見合わせたのだった。
手に屋台で買った食べ物を巻きつけたストラディゴスが、部屋の扉を軽く蹴った。
ルカラが素早く扉を開けに走ると、ストラディゴスは目で礼を示し、何も言わずに部屋に入る。
テーブルの上に荷物をドサリと置くと、色取り取りの腸詰肉の燻製達がキラキラとランプの炎で輝いて見える。
もう片方の手で抱える様に運んできたのは大きな平鍋であった。
ほぐした海鮮の燻製と香草を細長い米と共に平鍋で焼き炊いた洋風の焼き飯である。
香草と香辛料の良い香りが漂ってくる。
これは、昼間トルペで食べた時に別のテーブルの客が食べているのを見ていて、美味そうだなと彩芽が狙っていた料理であった。
「あっつっ!? これ手で運んできたの?」
「熱いけど普通にさわれるだろ」
「さわれないって」
と言いながら彩芽は、畳んだ布巾で平鍋を押さえると、大きなヘラで中をかき混ぜ、鍋に張り付いた焦げをゴリゴリとこそぐ。
手際よく取り皿に分け、椅子に座って成り行きを見守るルカラの前にまず置いた。
彩芽が自分の分を取ると、ストラディゴスは平鍋を取り皿の様に自分の前に置く。
ストラディゴスは、彩芽が取り分けたヘラを使って直に食べ始めた。
「いただきます」
と言うと彩芽は、自分の分を食べ始める。
パエリアに似ている見た目で、味としては香辛料をピリリと利かせ、出汁がご飯に良く染み込んでいる。
香草のアクセントと、細かく刻まれた野菜のシャキシャキ感も噛み心地良く、主役である貝柱や魚、甲殻類、タコの様な軟体生物の様々な燻製がスープを吸って戻り、異常に美味い。
「ほら、冷めちゃうよ。ルカラも食べて」
「ほ、本当に良いんでしょうか?」
「お城の晩餐会じゃないんだから、マナーとかいいから食べて」
屋台で買ってきた半熟卵を彩芽が焼き飯に落とし、混ぜて食べるのを見るとストラディゴスが美味そうだと真似をし、ついでと半熟卵をルカラの皿の上にも割って落とす。
「いいから食え」
ご飯と固まりかけの黄身と白身が絡む姿を目にすると、ルカラの腹の虫が催促を始め、スロースタートながらも食べ始める。
口に運ぶ木のスプーンが止まらなくなっていく。
彩芽がお酒が欲しいと思いながらストラディゴスの前の平鍋からおかわりを勝手によそうと、ルカラはどうして良いのか分からない様子で、真似をして食べながらも二人の食べっぷりを見ていた。
大きめのフランクフルト程もある腸詰を一つちぎり、ストラディゴスが一口で食べる。
今度は彩芽が千切ろうとするが、手で切れる様な強度ではない事がすぐに分かった。
スナック菓子の袋で、どうやっても袋が丈夫で開けも切れもしない物と格闘する様に、彩芽が腸詰にじゃれ付いているとストラディゴスがいとも簡単にちぎって、そのまま彩芽の口に先端をつっこんだ。
全部が口に入らない彩芽は、そのまま租借しようとするが腸詰を噛み切るのも難しい。
何の生物の腸かは知らないが、ビニールの様に丈夫で噛み切るだけで大変である。
歯型をつけて一度口から出すと、包んでいる腸をねじっている個所を広げ、ぐいっとめくり、その中身だけをバナナの様にパクリと咥えた。
その時、ストラディゴスの視線を口元に感じた。
食事とは関係無く息を飲む視線を見て、何を想像しているかは予想できる。
この世界にも、そう言う文化があるのかと彩芽は思った。
しかし、二人きりなら笑って付き合ってやってもいいが、すぐそこでルカラが二人の様子を警戒しながら食べているのだ。
彩芽は腸詰の中身を咥えたまま巨人の目を見てから、思いっきり歯を立てて粗挽きの肉をブツブツブツと音を立たせ、ガブリと噛み千切ってみせた。
ストラディゴスがヒュンと下半身を走った疑似喪失感を一人で感じているのを見て、彩芽は「バカ」と含み笑う。
ルカラを前にして何とも下品であるが、悪い大人二人は結局、密かに下ネタを楽しんでいたのだった。
ちなみに、腸詰自体は焼いておらず常温だが、そのまま食べても柔らめで、かなり粗く挽かれた肉に塩とワサビの様なツンと鼻に抜ける香辛料を混ぜて固めたソーセージの様であり、焼いた方が絶対に美味いと彩芽は思った。
「アヤメ、こいつをどうするかだけどよ……」
空気を切り替えたいストラディゴスが食べながら言いかけると、彩芽が口を開いた。
それは彩芽とストラディゴスだけで決めていい問題ではない。
「ルカラは、どうしたいとかある? さっきも言ったけど、奴隷から解放できるんだよ。本当に奴隷のままで良いの?」
「奴隷の生き方しか私は知りません。お傍でお仕えさせていただければ、私はそれで」
ご飯を口に運びながら喋るルカラの答えに、ストラディゴスが彩芽を見て「だってよ」と肩をすくめる。
「なら、奴隷としてじゃなくて、雇われてみない?」
彩芽の言葉にルカラとストラディゴスが良く分からないと、それぞれ小さな腸詰をかじる。
奴隷は考え方によっては主人に雇われた身分である。
「どういう事でしょうか?」
「働いたら、ちゃんとその分のお金を出すってのは、どうかな?」
「おいおい、高級奴隷でも無いのに報酬を出すのか!?」
彩芽の提案にストラディゴスが疑問を投げかけた。
同じ人間扱いをすると言って食事を囲んではみたが、何も出来そうも無い奴隷に報酬を出すなんて事は馬鹿げて思えた。
奴隷の常識では、持ち主は事実上何をしても許されると言って差し支えないのが世間の常識である。
罰と言って鞭打つのも、その結果死なせてしまうのも、持ち主が奴隷を早くに失うという損をするだけで、悪評は立っても咎められる事は無い。
奴隷の持ち主が食事を欠かさずに与えるのは、長く奴隷を使役する為と考えられている。
なので良き主人とは、奴隷に必要な食事と娯楽を与え、体調を管理して出来る限り長く、不平不満無く働かせる事が出来る、そんな主人と言われていた。
必要な食事等のコストが、必要最低ラインであれば、その主人の奴隷運用は完璧と言う考え方である。
逆に、主人が持ち物の奴隷を不要と考えれば、その瞬間から奴隷の末路は悲惨な物に変わるのも、そう言った常識が根底にあるからであった。
何も出来ない幼い奴隷には、食事を与えれば十分であり、報酬が主人から貰えるのは一部の高級奴隷に限られているのが現実である。
だが、彩芽はそうは思わなかった。
「働いたら、報われて当然でしょ」
「それはそうだけど、お前の考えに逆らう気は無いけどよ、具体的にはどうするんだ?」
「最初は、全員お小遣いレベルかな。元手が限られてるし。役割分担もしなきゃ」
「……お小遣いって、って全員て、まさか俺もか!?」
「うん。そう。私もね。ああ、あと、何か私にも教えてね」
「何かって何をだよ」
「馬の操り方でも良いし、何でもいいから仕事を任せて欲しいかな。一緒に旅をしているわけですし」
彩芽の言葉にストラディゴスは、ルカラに言った自分の言葉を、彩芽が気にしている事にようやく気付いた。
考えてみれば彩芽にも当てはまる事ばかり言った気がする。
ストラディゴスは居心地が悪くなるのを感じ、悪気は無かったと目で訴えた。
「わかった……」
彩芽との以心伝心。
ストラディゴスの目線への笑顔の返答に、早くも尻に敷かている感があった。
「ねぇルカラ、私達に雇われてみるのは、どう?」
「どう、と言われましても、私はお仕え出来れば、それで……」
ルカラの答えは、普通の主人に対しては遠慮深く、最低コストで最大限仕える奴隷に映り満点だろう。
だが、彩芽は違う。
あくまでも奴隷として振舞うルカラに対して、可能な限り対等な目線を要求し続ける。
「ちゃんと考えて。やる仕事は同じ。やった事にご褒美が付くと思っても、嫌?」
「アヤメさんとストラディゴス様がそうしたいのでしたら従いますが、なぜ、ただの奴隷である私にその様な事を?」
ルカラの言葉に、ストラディゴスもそこが気になると彩芽を見る。
買い切り使い放題の、使い捨ての労働力である普通の奴隷を、どうして自分と同じ様に扱いたがるのか。
ストラディゴスは、彩芽は誰に対しても優し過ぎるのでは無いかと考えながらも、そんな考え方では彩芽がそのうち損をしてしまうと不安を感じる。
だが、彩芽の二人に対する答えは、二人の想像とは別の所を見ていた。
「私がね、それが一番得をするって、思ってるからだよ」
彩芽の無邪気な笑顔とは裏腹の「一番得をする」と言うエゴイスティックにも取れる言葉に、二人は思わず顔を見合わせたのだった。
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