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第10章
彩芽、菓子折りに困る
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二人は、状況を整理する事にした。
犯人を見た者はおらず、ブルローネ側でも犯人を捜しこそするが、被害の補償は出来ないらしい。
とすれば、自分達でどうにかしなければならない。
盗まれたものは、五百フォルトほど入った財布と、オルデンから貰った彩芽の身分証明書と書簡、そしてアコニーに貰った書簡の一式。
これだけであった。
まず、書簡を持ち歩いていた事だが、行為としては半分正しく、半分間違えていた。
今更言っても仕方が無いが、アコニーの書簡は、ブルローネ以外で使う予定はないので、出来ればブルローネで借りている部屋に置いてくるべきだった。
だが、それ以上に大切なオルデンの書簡は、言ってしまえばトラブルに巻き込まれた時に使う印籠や免罪符であり、身分証明書を補助する物である為、トラブルの時に手元に無いと意味がない。
つまり、旅先でパスポートを肌身離さず持ち歩くようなものである。
今回は、書簡等をまとめて管理していたのが仇となってしまった。
盗まれた財布は、悔しいが一旦置いておいて良い。
気にするべきは、どれだけ損をしたかよりも、どういう点で困った事になるかである。
六千五百フォルト程まだ残っているので、その点では焦る必要は無い。
彩芽のロジックでは極端な話、誰も困らないならこのまま泥棒を無視しても良いのだ。
自分達が同じ轍を踏まなければ、良い話なのである。
高い勉強代として割り切った方が、総合的に見て損が少なく済む場合は十分にあり得る。
彩芽は、落ち込んでいるストラディゴスに質問をした。
「あの手紙を、他の人が使う事って出来るの?」
彩芽の質問に、同じことを考えていたストラディゴスが答える。
「そのまま使う事は出来ないが……悪用なら幾らでも出来る」
説明によると、問題は文章ではなく、書簡にある「オルデン公爵本人の筆跡」と「封蝋に押されたオルデン公爵家の指輪にある紋章の痕」にあると言う。
それを参考に偽物を作りたい者なら、裏の世界を探せばいくらでもいると言うのだ。
エドワルドから聞いたキナ臭い話を合わせると、オルデンの名を騙った偽造文書が大量に出回る様な事になれば、ネヴェルを含むマルギアスはもちろん、カトラスにいるポポッチ達も混乱する事になる。
つまり、最悪の事態を想定すると、盗まれた書簡が原因で停戦が遅れたり、停戦自体が無くなる可能性があるのだ。
この事実によって、盗まれた書簡を無視する事は出来なくなってしまった。
もし泥棒の手で使い道が無いなら、彩芽達は五日かけてネヴェルに戻って、オルデンとアコニーにごめんなさいと謝ればよい。
かなり情けないとしても、それで再発行して貰えば充分である。
だが、被害が出るならば、どうにかしなければならない。
可能なら、盗まれた書簡を取り戻せるのがベストだろう。
そして、取り戻すのが難しいのなら、出来るだけ早く二人には伝書ガラスを飛ばす必要がある。
「ストラディゴス、泥棒は手紙をどうすると思う?」
彩芽が聞くとストラディゴスは可能性を考える。
「偶然手に入れただけなら、自分で使う当てはない……か……。もし俺なら、捌ける奴に売りつけるな……」
「じゃあ、ストラディゴスなら、誰に売る?」
* * *
「おう、日に二度も会うなんて奇遇だな。まざるか?」
狭い路地裏でひっそりと経営している小さな酒場。
エルムとプレイした物と同じカードに、小銭を賭けながら興じている四人の無法者達。
そのうちの一人、エドワルドは席から立つと歓迎する様に一人で尋ねて来たストラディゴスを出迎えた。
「エドワルド、お前に頼みがある」
「なんだなんだ、やぶからぼうに。気でも変わったのか? まだ儲け話には間に合うぞ」
「いや、この町で盗品を買い取ってる奴を知りたい」
「へぇ、探し物か。それはそれは……なあ、頼み事って言うならよ、分かっているよな?」
* * *
ストラディゴスがエドワルドを訪ねている頃、彩芽はブルローネの部屋で留守番をさせられていた。
おいそれとトラブルにぶつかるとも思えないが、向かう地域がフィデーリスの最危険地帯らしく、同行は断固反対されてしまい、お留守番となったのだから仕方が無い。
なにせ彩芽は前科者である。
迷子二日目に、理由は置いておいても城内で誘拐された前科があるのだ。
前科者が信頼や信用を回復するのが大変なのは、何もストラディゴスだけではない。
彩芽がトラブルを呼び寄せる(気がする)のなら、危険地帯に連れて行かない判断は実にまともであった。
「遅いなぁ……」
カチカチカチ……
彩芽はブルローネの中で何か出来ないかと考えていた。
何もしないで静かにしていると、日が傾いてきた為か周囲の部屋からは、お盛んな声が聞こえてきて、かなり煩わしい。
現実逃避気味に思考を巡らせる。
犯人は現場に戻ってくるとか、現場検証は大事とか、捜査は足を使ってなんぼみたいな、そんな話が無かったかと、かなりいい加減に思い出す。
雑でも、部屋を出る理由は見つかった。
それに現場に何も無くても、浴場でダラダラしている方がここよりも静かだし、部屋で転がっているより幾らかマシに思えた。
そうと決まればと大浴場の更衣室へと向かおうと扉に向かう。
すると、扉を開ける前に、ノックが聞こえて来た。
気配でストラディゴスでない事が分かる。
「何かご用ですか?」
彩芽は扉を開けずに返事をした。
ブルローネの中は安全な筈だが、つい先ほど泥棒に入られたばかりである。
警戒するに越した事はない。
「……おそれながら」
えらく若い、いや、幼いと言った方が良い声が聞こえて来た。
「キジョウアヤメ様の部屋で、間違いないでしょうか?」
彩芽は声に安心し、扉を少しだけ開いた。
外を覗いてみると、そこにいたのは一人の少女であった。
年齢は、見た目に十歳から、いって十二~三歳程度。
アコニーよりも幼く見え、ブルローネ内をふら付いていてよい見た目ではない。
頭髪は茶色の長髪で、少しウェーブがかかっている。
可愛らしい顔立ちが髪の隙間から僅かに見えた。
薄汚れた服の上からでも、服の下がかなり痩せているのが分かった。
その着ている服は、なんとも簡素な物である。
少女の身長の二倍ほどある布の真ん中に首を出す穴をあけ、首を通して腰で縛っただけというシンプルなデザインで、かなり着古されている。
服の横からは、ふんどしの様な形の下着を腰の上で締めて履いているのが分かった。
彩芽は、この町で度々見る恰好に少女が何者か、すぐに気付いた。
この少女は、恐らく奴隷である。
「私がそうですけど、あなたは?」
彩芽の応答に少女は極端に低い姿勢で答える。
「ルカラ、と申します。キジョウアヤメ様、おそれながら、お連れ様の方は?」
「……友達に会いに出てますけど、何の用ですか?」
「はい、おそれながら申し上げます。ヴェンガン様より、あなた様へお仕えする様に申しつけられてまいりました」
「はい?」
彩芽は少し考える。
ヴェンガンなんて名前に、聞き覚えは無い筈だ。
「ルカラさん? ヴェンガン様って、その、どちら様ですか?」
「おそれながら、ヴェンガン様は、フィデーリスを治められている伯爵様です」
「……その伯爵様が、どうして私に?」
「おそれながら、オルデン公爵様のご友人様の持ち物が盗まれたと娼館の支配人様であらせられるラジーン様から知らせが入り、その穴埋めにと、私をお遣わせになりました」
ルカラの話を聞き、彩芽はようやく状況を飲み込む事が出来た。
出来たが困った。
謝罪の菓子折り感覚で、子供の奴隷を寄こしてくるなんて想像もしていなかった。
ブルローネでは何の補償も出来ないと言っていたが、オルデンの友人と言うだけで特別扱いされたのだろう。
特別扱いが逆に迷惑である。
奴隷ではなく、五百フォルトで返して欲しいと心底思う。
「キジョウアヤメ様?」
「あ、え~と」
「わ、私ではお気に召さない様でしたら、べ、別の者との、交換も、お、おお、仰せつかって、おります。な、何か、お好みの、ご、ごご、ご要望は、ありますか?」
「いえ、あの……連れが返って来たら相談するんで、一度……」
「かしこまりました。おそれながら、それまで私は、何をすれば良いでしょうか?」
一度帰ってくれますか。
と言おうとしたら、その前に言葉を差し込まれてしまった。
ルカラは、彩芽の傍で仕える気の様である。
だが、奴隷など押し付けられてもどうして良いのか分からない。
彩芽は思いなおし、毅然とした態度でもう一度言う。
「一度……ううん。ルカラさん。ヴェンガン様にお気持ちだけで結構ですって伝えてください」
クーリングオフが出来るなら、早めにするに限る。
そう言って彩芽が扉を閉じようとすると、閉じられる扉の間にルカラの指が挟みこまれた。
扉に勢いは付いていなかったが、ルカラの指は完全に挟まれてしまう。
骨折はしないだろうが、かなり痛そうであった。
「ちょ、ごめん! 大丈夫?」
謝罪の菓子折りを、簡単にクーリングオフなんて出来る筈も無かった。
「キ、キジョウアヤメさ、様、お、おそれながら……」
ルカラは扉に挟まれた指の痛みとは関係なく、全身を震わせながら、本当に「恐れながら」彩芽に伝えて来た。
「ヴ、ヴェンガン様に、そ、そうお伝え、し、しろと言う、ごめ、命令、そ、その前に、ど、どうか、どうか一度だけ、で、でも、お、お考え直しを、寛大なる、お、御慈悲を、い、いただけたら……」
そう言うルカラの顔から、サーッと血の気が引いていくのが目に見てわかった。
常軌を逸しているが、ルカラが命の危機を確信して言葉を選びながら助けを求めているのが彩芽にでも理解できた。
「……はぁ」
犯人を見た者はおらず、ブルローネ側でも犯人を捜しこそするが、被害の補償は出来ないらしい。
とすれば、自分達でどうにかしなければならない。
盗まれたものは、五百フォルトほど入った財布と、オルデンから貰った彩芽の身分証明書と書簡、そしてアコニーに貰った書簡の一式。
これだけであった。
まず、書簡を持ち歩いていた事だが、行為としては半分正しく、半分間違えていた。
今更言っても仕方が無いが、アコニーの書簡は、ブルローネ以外で使う予定はないので、出来ればブルローネで借りている部屋に置いてくるべきだった。
だが、それ以上に大切なオルデンの書簡は、言ってしまえばトラブルに巻き込まれた時に使う印籠や免罪符であり、身分証明書を補助する物である為、トラブルの時に手元に無いと意味がない。
つまり、旅先でパスポートを肌身離さず持ち歩くようなものである。
今回は、書簡等をまとめて管理していたのが仇となってしまった。
盗まれた財布は、悔しいが一旦置いておいて良い。
気にするべきは、どれだけ損をしたかよりも、どういう点で困った事になるかである。
六千五百フォルト程まだ残っているので、その点では焦る必要は無い。
彩芽のロジックでは極端な話、誰も困らないならこのまま泥棒を無視しても良いのだ。
自分達が同じ轍を踏まなければ、良い話なのである。
高い勉強代として割り切った方が、総合的に見て損が少なく済む場合は十分にあり得る。
彩芽は、落ち込んでいるストラディゴスに質問をした。
「あの手紙を、他の人が使う事って出来るの?」
彩芽の質問に、同じことを考えていたストラディゴスが答える。
「そのまま使う事は出来ないが……悪用なら幾らでも出来る」
説明によると、問題は文章ではなく、書簡にある「オルデン公爵本人の筆跡」と「封蝋に押されたオルデン公爵家の指輪にある紋章の痕」にあると言う。
それを参考に偽物を作りたい者なら、裏の世界を探せばいくらでもいると言うのだ。
エドワルドから聞いたキナ臭い話を合わせると、オルデンの名を騙った偽造文書が大量に出回る様な事になれば、ネヴェルを含むマルギアスはもちろん、カトラスにいるポポッチ達も混乱する事になる。
つまり、最悪の事態を想定すると、盗まれた書簡が原因で停戦が遅れたり、停戦自体が無くなる可能性があるのだ。
この事実によって、盗まれた書簡を無視する事は出来なくなってしまった。
もし泥棒の手で使い道が無いなら、彩芽達は五日かけてネヴェルに戻って、オルデンとアコニーにごめんなさいと謝ればよい。
かなり情けないとしても、それで再発行して貰えば充分である。
だが、被害が出るならば、どうにかしなければならない。
可能なら、盗まれた書簡を取り戻せるのがベストだろう。
そして、取り戻すのが難しいのなら、出来るだけ早く二人には伝書ガラスを飛ばす必要がある。
「ストラディゴス、泥棒は手紙をどうすると思う?」
彩芽が聞くとストラディゴスは可能性を考える。
「偶然手に入れただけなら、自分で使う当てはない……か……。もし俺なら、捌ける奴に売りつけるな……」
「じゃあ、ストラディゴスなら、誰に売る?」
* * *
「おう、日に二度も会うなんて奇遇だな。まざるか?」
狭い路地裏でひっそりと経営している小さな酒場。
エルムとプレイした物と同じカードに、小銭を賭けながら興じている四人の無法者達。
そのうちの一人、エドワルドは席から立つと歓迎する様に一人で尋ねて来たストラディゴスを出迎えた。
「エドワルド、お前に頼みがある」
「なんだなんだ、やぶからぼうに。気でも変わったのか? まだ儲け話には間に合うぞ」
「いや、この町で盗品を買い取ってる奴を知りたい」
「へぇ、探し物か。それはそれは……なあ、頼み事って言うならよ、分かっているよな?」
* * *
ストラディゴスがエドワルドを訪ねている頃、彩芽はブルローネの部屋で留守番をさせられていた。
おいそれとトラブルにぶつかるとも思えないが、向かう地域がフィデーリスの最危険地帯らしく、同行は断固反対されてしまい、お留守番となったのだから仕方が無い。
なにせ彩芽は前科者である。
迷子二日目に、理由は置いておいても城内で誘拐された前科があるのだ。
前科者が信頼や信用を回復するのが大変なのは、何もストラディゴスだけではない。
彩芽がトラブルを呼び寄せる(気がする)のなら、危険地帯に連れて行かない判断は実にまともであった。
「遅いなぁ……」
カチカチカチ……
彩芽はブルローネの中で何か出来ないかと考えていた。
何もしないで静かにしていると、日が傾いてきた為か周囲の部屋からは、お盛んな声が聞こえてきて、かなり煩わしい。
現実逃避気味に思考を巡らせる。
犯人は現場に戻ってくるとか、現場検証は大事とか、捜査は足を使ってなんぼみたいな、そんな話が無かったかと、かなりいい加減に思い出す。
雑でも、部屋を出る理由は見つかった。
それに現場に何も無くても、浴場でダラダラしている方がここよりも静かだし、部屋で転がっているより幾らかマシに思えた。
そうと決まればと大浴場の更衣室へと向かおうと扉に向かう。
すると、扉を開ける前に、ノックが聞こえて来た。
気配でストラディゴスでない事が分かる。
「何かご用ですか?」
彩芽は扉を開けずに返事をした。
ブルローネの中は安全な筈だが、つい先ほど泥棒に入られたばかりである。
警戒するに越した事はない。
「……おそれながら」
えらく若い、いや、幼いと言った方が良い声が聞こえて来た。
「キジョウアヤメ様の部屋で、間違いないでしょうか?」
彩芽は声に安心し、扉を少しだけ開いた。
外を覗いてみると、そこにいたのは一人の少女であった。
年齢は、見た目に十歳から、いって十二~三歳程度。
アコニーよりも幼く見え、ブルローネ内をふら付いていてよい見た目ではない。
頭髪は茶色の長髪で、少しウェーブがかかっている。
可愛らしい顔立ちが髪の隙間から僅かに見えた。
薄汚れた服の上からでも、服の下がかなり痩せているのが分かった。
その着ている服は、なんとも簡素な物である。
少女の身長の二倍ほどある布の真ん中に首を出す穴をあけ、首を通して腰で縛っただけというシンプルなデザインで、かなり着古されている。
服の横からは、ふんどしの様な形の下着を腰の上で締めて履いているのが分かった。
彩芽は、この町で度々見る恰好に少女が何者か、すぐに気付いた。
この少女は、恐らく奴隷である。
「私がそうですけど、あなたは?」
彩芽の応答に少女は極端に低い姿勢で答える。
「ルカラ、と申します。キジョウアヤメ様、おそれながら、お連れ様の方は?」
「……友達に会いに出てますけど、何の用ですか?」
「はい、おそれながら申し上げます。ヴェンガン様より、あなた様へお仕えする様に申しつけられてまいりました」
「はい?」
彩芽は少し考える。
ヴェンガンなんて名前に、聞き覚えは無い筈だ。
「ルカラさん? ヴェンガン様って、その、どちら様ですか?」
「おそれながら、ヴェンガン様は、フィデーリスを治められている伯爵様です」
「……その伯爵様が、どうして私に?」
「おそれながら、オルデン公爵様のご友人様の持ち物が盗まれたと娼館の支配人様であらせられるラジーン様から知らせが入り、その穴埋めにと、私をお遣わせになりました」
ルカラの話を聞き、彩芽はようやく状況を飲み込む事が出来た。
出来たが困った。
謝罪の菓子折り感覚で、子供の奴隷を寄こしてくるなんて想像もしていなかった。
ブルローネでは何の補償も出来ないと言っていたが、オルデンの友人と言うだけで特別扱いされたのだろう。
特別扱いが逆に迷惑である。
奴隷ではなく、五百フォルトで返して欲しいと心底思う。
「キジョウアヤメ様?」
「あ、え~と」
「わ、私ではお気に召さない様でしたら、べ、別の者との、交換も、お、おお、仰せつかって、おります。な、何か、お好みの、ご、ごご、ご要望は、ありますか?」
「いえ、あの……連れが返って来たら相談するんで、一度……」
「かしこまりました。おそれながら、それまで私は、何をすれば良いでしょうか?」
一度帰ってくれますか。
と言おうとしたら、その前に言葉を差し込まれてしまった。
ルカラは、彩芽の傍で仕える気の様である。
だが、奴隷など押し付けられてもどうして良いのか分からない。
彩芽は思いなおし、毅然とした態度でもう一度言う。
「一度……ううん。ルカラさん。ヴェンガン様にお気持ちだけで結構ですって伝えてください」
クーリングオフが出来るなら、早めにするに限る。
そう言って彩芽が扉を閉じようとすると、閉じられる扉の間にルカラの指が挟みこまれた。
扉に勢いは付いていなかったが、ルカラの指は完全に挟まれてしまう。
骨折はしないだろうが、かなり痛そうであった。
「ちょ、ごめん! 大丈夫?」
謝罪の菓子折りを、簡単にクーリングオフなんて出来る筈も無かった。
「キ、キジョウアヤメさ、様、お、おそれながら……」
ルカラは扉に挟まれた指の痛みとは関係なく、全身を震わせながら、本当に「恐れながら」彩芽に伝えて来た。
「ヴ、ヴェンガン様に、そ、そうお伝え、し、しろと言う、ごめ、命令、そ、その前に、ど、どうか、どうか一度だけ、で、でも、お、お考え直しを、寛大なる、お、御慈悲を、い、いただけたら……」
そう言うルカラの顔から、サーッと血の気が引いていくのが目に見てわかった。
常軌を逸しているが、ルカラが命の危機を確信して言葉を選びながら助けを求めているのが彩芽にでも理解できた。
「……はぁ」
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