ポンコツ女子は異世界で甘やかされる

三ツ矢美咲

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第5章

彩芽、飛ぶ

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 城壁の上で笑い、話す、彩芽とオルデン。
 そんな二人を下から見つけてしまい、オルデンの見せる、自分達には見せた事の無い自然な笑顔に、やはりと思う事しか出来ない。

 月明りの届かない城壁の影で見上げるだけのストラディゴスは、切なさを噛みしめる。
 ストラディゴスの気持ちを表す様に、流れる雲が月の一部を隠し、あたりが雲の影に入る。



 その時、城壁の上で、二人以外の影が動いた様に見えた。
 どう見ても、当直の兵士では無い。

 そう思った直後に、ストラディゴスは気付く。
 城壁の上にいる筈の兵士の姿が見当たらない事に。

 ストラディゴスは、すぐに走り出した。

 オルデンとカードをした時のままの恰好で、一切の武装が無いが、そんな事は言っていられない。
 不審者が二人を狙っているのなら、素手だとしても命を懸けて守らなければならない。
 二人が逃げられればそれで構わないし、素手でも負ける気などない。



 影がストラディゴスの動きに気付いたのか、城壁の上を二人に向かって一気に駆けだした。

「オルデン公! アヤメ殿! 逃げろ!」

 叫ぶも、二人は迫る影に気付いていない。



 音も無く二人に忍び寄った影は、近くにいた彩芽の背中に飛びつくと、そのまま彼女を羽交い絞めにした。
 奇襲に呆気にとられるオルデンは、すぐ我に返り、彩芽を助けようと腰の短剣を抜く。
 しかし、襲撃者の持つ鋭い爪が彩芽の首に当てられ、オルデンは動きを止められてしまう。

「動くにゃ! 領主、武器を捨てて大人しくこちらに来ていただきましょうかにゃ」

 闇に溶け込む漆黒のフードとマントを深くかぶった襲撃者は、女だった。
 顔は良く見えない。

「何者だ!」
 オルデンの言葉に、襲撃者は不敵に笑う。

「アサシンがイチイチ名乗る訳ないにゃ。でも目的は教えてあげるのにゃ。それはあんたの誘拐だにゃ! 恐れ入ったかにゃ!」

 彩芽は、自分を羽交い絞めにする女が語尾に「にゃ」をいちいちつけるので、会話が締まらないと微妙な気持ちになる。
 これは、彩芽の中にある翻訳してくれている何かの言語変換の特性のせいであり、実際の異世界語では地方訛り程度の言葉の違いしかない。

 危険な筈なのだが、危機感が上がりきらない。

 と言うよりは「にゃ」が無くても、襲撃者の言葉は頭が悪そうであった。



「僕を誘拐だと!?」
 オルデンが言うと、彩芽の首筋から一滴の血がこぼれ落ちる。

「この子がどうなっても良いのかにゃ? ディー、お前も動くにゃよ! お前も連れて行くにゃ!」

 ストラディゴスは、階段の途中で動きを止められる。

 何があっても彩芽を助けなければと手だてを探すが、締まりのない襲撃者には、意外にも隙が無い。

 だが、どうして自分のあだ名を襲撃者は知っているのだとストラディゴスは違和感に気付く。
 と言うよりも、声と喋り方に聞き覚えがあった。

「その人はネヴェルとは関係のない客人だ! 放してくれ!」

「お前らが動けないなら、そんなの関係ないにゃ。でも、遊んでくれたから傷つけたくないのにゃ。だから……にゃにゃっ!?」



 瞬間、襲撃者に放たれた鋭い一閃。

 敵味方誰にも悟られる事なく闇に乗じて城壁に上がってきたエルムによる、容赦の無い強烈な槍の一突きが襲撃者のかぶっていたフードを貫いた。

 しかし、手ごたえは無く、彩芽は自分の顔の横に突き出された槍の切っ先に腰を抜かして座り込んでしまう。

 襲撃者は、咄嗟にフードを空中に置いたまま足を広げ、上体を現界まで下げ、身体を地面すれすれまでかがめて、エルムの後ろからの奇襲を避けていた。

 ストラディゴスは、この隙に彩芽とオルデンと襲撃者との間に割って入り、狭い城壁の上で襲撃者はストラディゴスとエルムに完全に挟まれる。

 オルデンが腰を抜かした彩芽に寄り添い、守るように短剣を構え、形勢が一気に逆転した。



「もう来たにゃ!? っていうか殺す気だったにゃ!? こっちは誰も傷つける気は無いのにゃ! 暴力反対にゃ!」

 月を隠していた流れ雲が晴れていき、襲撃者の姿が月明りのもとに晒されていく。

 その襲撃者は、美しい獣人であった。
 黒い獣耳に黒く長いしなやかな尻尾、金色の大きな目を持っている。

 猫の特徴を持った黒髪の美少女である。

 フードとマントの下には、何も着ておらず、全裸だが、恥ずかしがる素振りは一切無い。
 その腰には、不自然な程にゴツゴツとしたデザインのベルトを締めているのが、誰の目にも気になった。

「どこから入り込んだ!」

 エルムが叫ぶと、オルデンがハッと気づく。

「猫に化けていたんだ! 変身するぞ、気をつけろ!」

 ストラディゴスは、襲撃者の姿を見て、思わず叫ぶ。

「アスミィ! なんでお前が!?」
「ちょっとしたお使いにゃ。あと、あの時の続きだにゃ!」

 アスミィと呼ばれた襲撃者とストラディゴスの会話を聞いて、槍が破いたアスミィのフードを壁下に投げ捨ててエルムが叫ぶ。

「その猫女は何だ! 知り合いなのか!」

 エルムは殺気全開のままで、槍を構えたままアスミィに警戒する。
 だが、ストラディゴスの返答を待っている為、攻撃できない。

 すぐにエルムが呼んでいた兵士達が、弓を構えてアスミィを取り囲み、包囲が完成する。

「やばいにゃっ!? やばいにゃっ!? 計画失敗だにゃ!?」

 アスミィが焦った声を出すと、オルデンが質問をぶつけた。

「これは誰の差し金だ! まさかカトラス王国か!?」

「助けてくださいなのにゃ、全部話すのにゃ、お願いだから殺さないでなのにゃ、ほんの出来心だったのにゃ」

 アスミィは観念したと態度で示すが、エルムは警戒を解かない。
 むしろ疑いの目を強めていく。

「ストラディゴス、知っているなら早く答えろ! 命令だ! この女は、一体何なんだ!」

 エルムにキレ気味に再び聞かれ、ストラディゴスは答えづらそうに白状した。

「元カノだ!」

 えっ!?
 と、思わぬ言葉に場が凍り付く。
 続くアスミィの言葉に、場は更に凍り付く事になる。

「嘘つきにゃ! ディーは私が浮気相手だって言ったにゃ! ふざけるにゃ!」

 なぜ、ストラディゴスの元カノもとい、元浮気相手が?

 そう皆が混乱していると、アスミィがオルデンと彩芽をチラリと見る。
 次に、エルムを確認し、ストラディゴスを最後に見ると、命乞いをしていたとは思えない不遜な態度で笑い出した。

「にゃっはっはっはっはっは! さっすがハルハルにゃ! プランBも完璧だにゃ!」

「何が可笑しい、黙れ!」

 エルムが言い終えるより早く、アスミィが城壁の上の凸凹の横を上を、立体的に爪でとらえて蹴り駆け、ストラディゴスの横から通り抜けると、オルデンに向かって行く。

 誰もその動きについて行けないまま、アスミィは直前でターゲットを切り替え、武器を持たず戦えそうも無い彩芽に飛びつくと、再び羽交い絞めにして人質にしてしまったのだった。

 彩芽も含めた全員が、オルデンが狙われたとフェイントに引っ掛かり、判断が一瞬遅れてしまう。
 弓兵達は、味方が邪魔で射るに射れない。

「ディー! お前の元カノも来てるにゃ! カモンにゃ~~~!!!」

 そうアスミィは言うと、腰のベルトからピンを抜き、ワイヤーを力いっぱい引っ張った。
 すると腰のベルトの背部が弾け、中から風船が一気に膨れ上がり、アスミィと、アスミィが捕まえている彩芽の身体を一瞬にして空の上へとさらってしまった。

「バイバイなのにゃ~~~~~~~~~~~~~~~~!」

 と、空に遠のいていくアスミィの声。

 彩芽は、想定外の事態に叫び声の一つも上げられない。
 驚きすぎると、人は叫ぶことさえ出来なくなるらしい。

「アヤメエエエェェーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 ストラディゴスの絶叫が聞こえたのを最後に、彩芽の耳には風音以外聞こえなくなった。



 * * *



 アスミィの腰のベルトから飛び出した風船によって、今もなお急上昇する視界を前に、彩芽は自分の身体をがっしりと捕まえているアスミィの腕を、恐怖から掴む事しか出来なかった。

 今、この腕を放されれば、地面に激突して確実に死ぬだろう。

 彩芽が不安な事を悟って、アスミィが足も巻きつけて、がっちりと彩芽の身体を密着して固定する。

 背中に当たるしなやかな筋肉の感触。
 アスミィの裸体からドレス越しに体温が伝わってくる。
 猫をさわったように少し熱く感じるが、種族の差で基礎体温が高いからであって、今はそれどころでは無い。

「巻き込んじゃって悪かったにゃ」

 アスミィが謝ってくるが、彩芽はそれどころでは無い。
 風の轟音で、まず殆どなにを言っているか分からない。

 その上、風船の強力な浮力で、ネヴェルの街も城も遥か下に遠のき、見張り塔の頂上で見た光景が霞むほどの高い視界に目がくらむ。
 上限の無い逆バンジーみたいなものだ。



「にゃっ! お迎えが来たにゃ!」

 アスミィが片手を放して、空を指さす。

 彩芽は、なに手を放しているの!?
 と、その手を慌てて自分に巻きつけ直す。

 アスミィが「さっきとは逆にゃ」と、城壁の上で抱きかかえられていたのを思い出し笑う。
 声は聞こえないが、背中で彩芽にも笑っているのが分かった。

 それから、アスミィが指さした方を見ると、星空に浮かぶ雲海の中に、何かが潜み近づいてくるのが見えた。



 遠く小さかったそれは、段々と大きくなり迫ってきて、彩芽にはまるで大空の雲の中を泳ぐ巨大なサメかワニが迫ってくる様な、絶望的な光景に見えた。

「紹介するにゃ、彼女がフィリシスちゃんにゃ」

 風の切れ目で、アスミィの声が少しだけ聞こえた。

「フィリシス?」

 雄大な姿で空を飛ぶその竜は、大きさはジェット機ほどもある。

 フィリシス、彼女は彩芽がこの世界に来た時に、遠くの空に見た竜であった。
 黒い身体が夜空の迷彩になり、雲を出ても月明りが無ければ、地上からは空の星が抜けて見えるだけだろう。

 フィリシスと呼ばれた竜は、上昇し続ける風船を目印に、アスミィと彩芽を手でキャッチすると、進路を変えて海の方へと飛んでいった。
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