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第8章

第8章:ストラディゴス四股事件1(別視点:回想)

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「こっちに来い!」

 フルプレートメイルに身を包んだ兵士の視線の先には、鎖で繋がれ檻に入れられた一人の女がいた。

「ふぅうううっ! ふぅうううっ!」

 女は喋らず、獣の様に荒く息をしながら、兵士を威嚇した。

「構わん、ここで殺せ。奴らに渡すな」

 指揮官らしき騎士が言うと、兵士達によって槍が持ち出され、檻の隙間目掛けて構えられる。
 構えた兵士の数は四人。
 四本の槍が狭い檻の中に差し込まれると、逃げる事も出来ず、槍の切っ先が女の身体に食い込み、血が溢れ出す。

「ええい何をしている! ちゃんと急所を狙わんか!」

 指揮官が言うと、兵士達は槍を抜き、もう一度構えた。
 女は兵士達の顔を見た。

 自分を殺そうとしている奴らの顔を。
 自分を奴隷兵士として散々使って来て、負けが決まったら意味も無く奴隷兵士達を皆殺しにしようとしている愚か者達の顔を。



「うわああああぁ!?」

 兵士の断末魔が聞こえた。
 戦場が近づいているらしい。

「ひぃっ!」

 あっという間の出来事であった。
 女を殺そうとしていた騎士と兵士達が、巨大な剣の嵐によって次々と女の目の前で肉塊へと変えられる。

 その場に残った巨大な影は、血まみれで虫の息の女を見つける。

「ひでぇ事しやがる……」

 巨大な影は、槍で刺されて意識が朦朧とする女を檻から出そうとした。
 だが、檻の鍵を壊した瞬間、女は巨大な影に掴みかかる。

 マグマの様なオレンジがかった赤い瞳には、敵に向けられる憎しみが宿っている。
 2、3メートルはある長い尻尾を鞭の様にしならせ、頭から角の生えた女は巨人を殺そうとした。

「っぶねぇ!? 自由にしてやるから暴れるんじゃねぇ!」

 女は「グルル」と唸り、声の主を自分に近づけさせようとはしない。
 しかし、どんなに気張っても、酷い失血を止めなければ、そうなるのは分かっていた。
 女は意識を保てなくなると本当に朦朧として、その場に崩れ落ちる。

 その身体を、大きな手が支えた。

「おいっ! 誰か手を貸してくれ!」



 * * *



 女が目を覚ますと、知らないベッドに寝かされていた。
 傷が縫われ、治療されている。
 相当血を失ったらしく、身体に力が入らない。

 そこがどこか分からないが、女はしまったと思った。
 魔法の奴隷の首輪をつけている以上、主人の許可なく離れすぎれば地獄の苦痛が首輪からもたらされる。

 だが、女が自分の首を触ると、そこには首輪が無かった。



「まだ動いてはダメ」

 女に話しかける女性の声がした。

「誰だっ!?」

「怖がらないで、ここは安全ですから。はじめまして、私はルイシー。ここはフォルサ傭兵団のキャンプよ」

「っ痛……キャンプ??? オレを……どうする気だ!?」

「別に、どうもしないですよ」

「どうも……しない?」

「ええ。傷が治ったら、好きにすれば良いです。だから、それまでは安心して、ここで休んで」

 怪我をした女は、ルイシーと名乗った自分と同い年ぐらいの若い女を、この時すぐに信用した訳では無かった。
 だが怪我で動けない以上、すぐに出て行く事もままならなければ、出て行った先で当てがある訳でも無い。

「……なんで助けた?」

「治療はしたけど、最初にあなたを助けたのは、私じゃないから」

「?」

 女は、ルイシーに寝かしつけられる。

「あなた、名前は?」

「…………フィリシス」

「フィリシス、フォルサ傭兵団にようこそ」



 * * *



 マルギアス王国が、今はもうない「とある国」との戦争に明け暮れていた頃。

 ストラディゴス率いるフォルサ傭兵団は、今は亡国となった国の砦で、一人の女を拾った。
 女の名は、フィリシス。

 奴隷兵士として長年、魔法の首輪により使役されてきた竜人族であった。

 浅黒い肌に、黒く長い髪をした美しい女性である。
 ただし、四肢が竜鱗で覆われ、二本の角を頭から生やし、身長の倍ほどもある長い尻尾が腰から生えている。



 フィリシスは、物心つく前には、既に奴隷にされており、気が付けば戦場で敵を殺す事を強要されていた。
 至近距離から放たれるボウガンの矢でさえ弾く竜鱗で守られた四肢は、どんな攻撃も防ぐ。
 鋭い爪は鎧も切り裂き、長い尻尾は敵を絞め殺す為に使われた。

 フィリシスは兵器として前線で重宝されていた。

 だが、フィリシスを飼っていた国の戦争の敗色が濃厚となる。
 不意打ちによって成す術も無く落城した砦では、マルギアスに渡してなる物かとフィリシスの処分が行われようとしていた。
 フィリシスは処分される直前に、フォルサ傭兵団と言うマルギアス王国系の巨大な傭兵団によって、味方に殺される直前で救われたのだ。



 それから、傭兵団の団長であるフィリシスを拾った張本人ストラディゴスと、その妻ルイシーによって介抱された。
 ルイシーは、フィリシスに付きっ切りで甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 当初は、それでも傷が治れば出て行こう思っていたフィリシスだった。
 しかし、生まれて初めて得た親の様な存在を前に、逃げる意志は心を閉ざしていた氷と共に溶けてなくなっていく。

 傷が完治すると、フィリシスは傭兵団にそのまま居候する様になり、やがて傭兵団の一員となっていった。



 これは、フィリシスが傭兵団から出て行くまでの物語である。
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