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第7章

第?章:ブルローネの新人9(ifルート)

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 イシャーラは、彩芽が自分に真実さえ知らせなければと、心の中でずっと思っていた。

 だが、真実を知ってスランプになった原因の彩芽が、拒絶しても自分を立ち直らせようとするのを近くで感じる中で、イシャ―ラの中で変化が起きていた。

 彩芽は、イシャーラの為に知らせてくれた。
 それぐらいは分かっている。

 だが、なぜ知らせて来たのか?
 アコニーにボルドレットとの密会を秘密にしてくれた様な、ルールに対してルーズそうな彩芽が、なぜボルドレットの事は許さなかったのか。

 それが、イシャーラを傷つける為ではないのは、一緒にいてわかる。

 では、なぜ?

 イシャーラは、自分の周りにいる人の中で、イシャーラの幸せを一番本気で考えているのが彩芽である事を、信じたくなかった。
 どこの誰とも知らない、娼館で知り合ったただの後輩である。

 そんな、自分にとって、ハッキリ言えばどうでも良い人間が自分の一番の理解者だなんて、こんなに惨めな人生は無い。
 そう思ったのだ。



 その認識は、アコニーによって一変した。
 彩芽と自主練をしても相変わらずスランプを根本的な所で抜けられないイシャーラを呼び出し、アコニー自らによってカウンセリングが行われる事になったのだ。

「イシャーラ、調子は相変わらず?」

「……はい」

 アコニーに、色々な事を聞かれ、言われるが、ボルドレットの事を言えず、引きずったままのイシャーラを付け焼刃では癒せない。
 アコニーは、こんな話し合いでは時間の無駄だと、イシャーラを連れて部屋を出た。

「あの、なんですか?」

「静かに覗いてみて」

 アコニーに言われ、イシャーラが部屋を鍵穴から覗くと、そこには先輩姫娼婦が数人集まっていた。
 そこには彩芽の姿もある。
 どうやら、彩芽が皆からスランプをどうやって乗り越えたのか、聞いて回っているらしい。

「アヤメを見て、どう思う?」

「ありがたいと、思ってます」

「迷惑そうに見えるけど、顔に出てるわよ」

「……」

「……イシャーラ、あなた、誰かの役に立とうとした事はある?」

「……家の為に」

「自分の意思じゃないでしょ。あなたの意志でよ」

「……」
 イシャーラは、アコニーに言われ、過去を思い返す。
 誰かの役に自分から立とうなどと考えた事は、一度も無かった。

 いつも、誰かの要望に応えようとしてきただけ。

「……それじゃあ、ボルドレットに捨てられても文句は言えないわね」

「な、なんでっ!?」

 イシャーラは扉の向こうの彩芽を思い浮かべる。

「アヤメじゃないわよ。あなたが思ってる以上に、この町には私の目になってくれる人が多いのよ」

「私は、まだ処女です。彼とは、何も……」

「そう……で、なに?」

「え?」

「ボルドレットに振られて、あなたを庇ってたアヤメが、あなたに知らせてくれた。アヤメに考えが足りないのは認めるわ。でも、アヤメはずっとあなたを助けようとしているのに、あなたは逆恨み?」

「それは……」

「イシャーラ、悪いけど出て行って貰えるかしら……」

「!?」

 アコニーから突きつけられた言葉。
 それは全てを失い、スランプに苦しむイシャーラにとっては、死ねと言われている様な物であった。

「今のあなたじゃ、うちで働くのは無理よ。それどころか、アヤメの邪魔になってる」

「そんな! 一年もここで!」

「一年もここで、あなたは何をしていたの? それはこっちが聞きたい事よ荷物をまとめて、出て行って。お母様には私からお話しします」

「母は!? 家は!? 父の借金は、どうすれば良いんですか!?」

「領主様への違約金は、私が負担してあげる。手切れ金ね。今日までの雑用とアヤメへの教育には感謝するわ。あなた、ガヴァネス(家庭教師)が向いてるのかもね。おうちの借金は、お母様と相談して別の方法で返しなさい。私はエルフよ。いつまでだって待つわ」

「そんな……」



 * * *



 一年ぶりに母の待つ小さな家に帰ったイシャーラ。

 彼女に追いうちが降りかかる。

「あんた! なんて事してくれたの!」

 浴びせられる母親からの叱責。

 貴族の専属ガヴァネスなどしていても、死んでも返せる借金の額では無い。
 アコニーに大仕事を用意して貰っていたのに、それ以前に姫娼婦失格を言い渡されて帰ってきた娘に、母親は冷たかった。

「家で泣いている暇があるなら、身体で稼いで来なさい! 使えない子ね!」

 金の事しか頭にない母親から浴びせられる親とは思えない言葉。
 イシャーラは、こんな人の為に全てを我慢してきたのかと、絶望が深まり、いても立ってもいられずに家を飛び出す。

 行く当てなど無い。



 イシャーラは町を彷徨い歩く。
 しかし、どこにも自分の居場所など無い。

 頼る相手もおらず、疲れ果てたイシャーラは、自然と昔住んでいた自分の家へと足を運んでいた。

 門には鍵がかかり、庭には草が生え、時間の流れを感じさせる。
 自分には良い思い出がここにしかない。

 ここに住んでいた時だけは、全てが本物であった。

 あの頃に戻りたいと思い、中に入ろうとする。
 しかし、家の門の鍵は固く閉ざされ、窓一つ開いていない。



 イシャーラが黄昏ていると、雨が降り始める。
 雨に打たれながら、イシャーラは自分の人生が終わった事を実感していた。

 何も無い。

 何も残っていない。

 雨に打たれながらも、涙が止まらなかった。

 なぜ、自分ばかりが、こんな目に遭うのか分からない。



 悪いのは誰?

 必死に思い出す。
 誰を憎めばいいのか、必死に思い出した。



 借金を作って死んだ、好きだった父親?

 借金を返させようとブルローネに送り込んだ母親?

 結婚すると約束したのに、約束を破ったボルドレット?

 姫娼婦として不適格だと追い出したアコニー?



 イシャーラは気付く。

 ボルドレットの事をアコニーが知っていたのなら、彩芽は自分を庇っただけで悪く無い事を。

 スランプにならずとも、アコニーはどこかのタイミングで言ってきたはずだ。



 なら、一番悪いのは?

 イシャーラは、遅すぎるタイミングで、ようやく真に気付くに至った。

 悪いのは自分であると。

 借金があり姫娼婦になるのに、ボルドレットに結婚を求めた自分。
 ボルドレットと付き合いながら、姫娼婦になって金を求めた自分。
 やりたく無いのに言えず、イヤイヤだが逆らえずに母親を期待させた自分。



 自分の不幸は、父親の死が始まりだったかもしれない。
 だが、自分を追いつめたのは全部自分であった。



「イシャーラ姉!」

 そこには、なぜか彩芽が立っていた。

「なんで、あなたがここに……」

「なんでって、すっごい探したんだから!」
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