都合のいい友人としては

さいり

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中学生 1

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「黙っていれば馬鹿はバレない」
――僕が逢沢から学んだことだ。


**


「なんで高専こうせん、落ちたの?」

僕らの中学はマンモス校で1学年8組まであるのに、何の因果か3年間同じ組。しかも僕の母親の旧姓は「い」で始まるため、「あいざわ」とは新学期は名簿順で二人並ぶことになる。

そんな腐れ縁もあり、こいつとだけはわりと本音で話せる間柄だ。

だから、逢沢が高校受験一発目の国立高等専門学校(通称、高専)に落ち、二人とも私立高校(滑り止め)に受かったタイミングで、聞きたかったことを聞いてみた。

僕らは学力が拮抗しているので、そういうところも気を遣わなくていい。楽だ。

この辺の高校受験は、国立高校(1月)→私立高校(2月)→公立高校(3月)の順に進む。

いまは公立高校(本命)の受験直前の微妙な時期。デリケートなところに踏み込むことになるが、逢沢が高専不合格に動揺している様子もないし。

逢沢は、あーーっと天井を見上げる。そのままイチゴを口に放り込んで、ちょっと酸っぱそうな顔になった。ちなみに、僕の部屋の天井だ。

「ヤなこと聞くなぁ」

「どこでやらかしたか聞いとけば、参考になるでしょ」

逢沢に入り浸られて早3年、いまも二人で追い込み中なのだ。

母親がショートケーキと紅茶を出してくれたので小休止して、脳みそに糖分を補給している。部屋も糖分も提供しているのだから、情報提供くらいしてほしい。

「試験中にモンモンしちゃってさー」

「モンモン?」

モンモンをく〇モンのイントネーションで言う逢沢。

なにそれ? そのモンモンは「悶々」に変換していいんだよね?

逢沢が落ちた高専は5年制で、高校と大学と専門学校を足したような学校だ。「世界で通用するエンジニアの育成」に特化している。

逢沢の母親はSEをしている。情報工学の実学を早めに学ぶのはアリだと勧められたそうだ。

僕もアリだと思った。将来性が間違いない分野だし、逢沢なら推薦枠も楽勝だろう。有名大学・有名企業、選び放題の進路だ。

そんな高専は人気があるが、それほど偏差値が高いわけではない。難関大学を目指す層は、普通に私立・公立の上位校に進むからだ。うちの偏差値の鬼なんか、ひとの不幸にほくそ笑んでいた。

「逢沢君にはもったいないと思っていたのよ。医者弁護士目指せるアタマじゃない? 医学部行って、うちに来てくれないかしら。法学部で顧問弁護士でもいいわね!」

うちの事情に逢沢まで巻き込むな。でも、それもいいかも、気楽がなにより。

逢沢は僕と同じ公立高校を受験する。地域のトップ校で、全国でも屈指の進学校。そこに僕らは余裕のA判定が出ている。滑り止めで合格した私立だって高専より偏差値が高い。

だから逢沢が落ちたのは、番狂わせもいいところなのだ。本来なら、いまごろ、逢沢は受験勉強から解放されていたはず。僕一人で追い込まれていたはず。

なにか訳ありだろうと思っていたけど……このモンモンとやらは嫌な予感がするぞ。

「高専だと、オレん家からだと寮に入ることになるじゃん。男子寮」

そう、高専には寮がある。別に寮付きの進学校は珍しくないけど。

「いまどき男二人、二段ベッドの相部屋だぞ」

「まぁ、嫌かな」

ミルクティーを口にしつつ、内心は首をひねっていた。

こんなに男二人で過ごしているのに? 
しょっちゅう泊まりに来てるのに?

そう言えば、姉ちゃんが、

「逢沢君が男子寮で二段ベッド! あかん鼻血出そう!」

と悶えていたっけ。

自称「半端な腐りかけ」な姉はコメントがトリッキーなとこがある。

逢沢の瞳の焦点は天井に合っていない。もっとずっと遠く、遥か彼方を見上げている。

「絶対、寝不足になる」

声まで切ない感じになってきた。僕はすぐさま正座をして腹に力を入れた。

こいつは馬鹿な発言をするときほど、こんな感じになる。油断すると馬鹿爆弾に吹き飛ばされる。

案の定、逢沢はいきなり顔面を広げたノートの上に振り降ろした。紅茶の水面が跳ねた。

「よりによって、試験中に気づいちゃったんだよ! 相手が男ならセーフじゃねって! 15歳の高1でも愛がなくても本気じゃなくてもナマでも! 呪いは相手が女なのが前提じゃんって!」

……過去ぶっちぎりの馬鹿が出た! 呪いってなに?

コチリと固まる僕に、ノートにほっぺたをくっつけたまま、甘酸っぱい顔を向けてくる。胸がトクリと跳ねる。

「薄目してごまかせそうな奴と相部屋だったら…たとえば、おまえならギリいける気がする」

と、両手で目尻を左右に引っ張って、僕に目を凝らす逢沢。

薄目でギリいけるんか! 
せやったら電気消したら? 
僕は貞操の危機にさらされてたんか! 

ちなみに、僕の脳内はテンパったときだけ関西弁になる。

そのままガン! とノートにデコをぶつけたので、逢沢の変顔は見えなくなった。

下を向いたままの低い早口はよく聞き取れない、聞かせるつもりもないのだろう。

「入れるだけじゃなくて、入れられる方のことも理解できるよな、とか考えてるうちに、前じゃなくて後ろならいいんじゃね、とかひらめいちゃったんだよ! 後ろならギリセーフじゃねって。それならこの機会にぜひ理解させてもらうべきだとか! 絶対! 入学早々! ヌメりも気にせず、毎晩になる!」

よく聞き取れなくても入試会場で考えたら絶対あかん、姉ちゃんが鼻血をふくヤツなのは分かる!

なんで、いつのまに逢沢はそんなとこに行ってしもたん?

ハ! 姉ちゃんか! 

人畜無害なオタクやと思っとたのに、逢沢を洗脳しやがったな! 弟としてどう詫びたらいいねん!

僕は耳まで真っ赤になっているだろうが、これは姉ちゃんへの怒りだ! 僕までモンモンしかけているからではないっ!

ガン、ガン! デコをノートにぶつけながら逢沢は呻く。

ただれた夜を過ごして寝不足になって単位を落として留年して退学になって廃人になって、親を泣かせるだろ。それに、前がダメなら後ろってフツーじゃないよ、泣かせるよ。フツーじゃないとこになんか連れていかない…」

ガン! ゴン! あまりの音にちょっと冷静になってきた。いくらデコで瓦を割れるとは言え、受験直前期はよくないぞと口を出そうとしたら、逢沢はフーーッと息を吐いて活動を停止した。

「…オレがいなくなったって、無意味なんだって。気づいちゃったんだよ…」

最後に静かにそう言った。

僕は逢沢のつむじを見つめながら、脳内でゆっくり数を数え始めた。顔色を戻す努力をする。

逢沢は勉強もできるし強い。女子は「ハ虫類顔イケメン」とはしゃいでいた。

黙っていれば、クールでミステリアスなトカゲ顔。穏やかに微笑み、聞き上手を装う逢沢を、学校のみんなは見た目通りの爽やかな奴だと思っている。

中身がただのムッツリ馬鹿だと知っているのは、多分僕だけだ。
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