江ノ島の小さな人形師

sohko3

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江ノ島の夏休み

エボシ岩

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 葉織の言っていた通り、晴れているからといって江ノ島から毎日富士山は拝めなかった。

 夏の場合は気持ちよく晴れていたとしたって立派な入道雲が発生していればそれに隠れて霞んでしまう。

 しかし、富士山は見えずとも、日ごとに変わる空模様をただ観察するだけでもじゅうぶんに楽しかった。

 もし、自分がカメラを持っていたとしたら毎日数枚の空の写真を撮って、観察日記をまとめて自由研究として提出しても良いくらいだ。

 そう葉織に話すと、

「うち、カメラ持ってないんだ」

「そうなんだ……今時珍しい、のかな」

 なんとなく、どこの家にもカメラくらいはあるのかと思っていたけれど。

 よく考えてみれば羽香奈にだって世の中の家庭の「標準」というものがわからない。

「じいちゃんもばあちゃんもカメラに興味なくって。
お母さんもわざわざ買おうかなって思わない性格だったみたいで……」

 波雪の遺影に使った写真は、何年か前に履歴書に貼るために撮ったスピード写真の残りから作成したという。

「それじゃあ、葉織くんの小さい頃の写真ってないのかな。
見てみたかったな」

「近所に住んでる写真好きのおじさんがたまに撮ってくれたのはあるよ。
でも、十枚もないくらいかな」

「えっ。少なくてもいいから見たい!」

「じいちゃんに頼めば探して出してくれるかも」

 その話を聞いてすぐ、羽香奈は祖父・半蔵に相談した。

 第一印象こそ「顔が険しくて、厳しそうで怖い」という印象を抱いたものの、数日間一緒に暮らしていて苦手意識はすっかりなくなっていた。

 表情はむっつりしていて怖いし、口数は少ないし、でも葉織がその祖父に確かに懐いているのを傍から見ていて感じるから。

 葉織が好きな人ならきっと良い人なんだろうと羽香奈は思う。

 写真の話もいつも通りのむっつり顔で、今すぐじゃないけど近々、探してみると約束してくれた。

「ねえ、葉織くん。
晴れの日でも、かなーり天気の悪い日でも、海の上に黒い小さな突起が見えるんだけど……
あれってなんなのかなぁ」

 その日も曇り空で、いつも通り海岸へ向かって葉織と共に弁天橋を歩いていて。

 ふと左方向を見てみるとはるか向こうの海の上に小さな三角の突起が見える。

 富士山ほど大きな山だって天気が悪ければ影すら見えないのに、あんな小さなものが晴れでも曇りでも変わりなく、毎日見えるのが羽香奈には不思議だった。

「あれはエボシ岩っていうんだけど……
遠くにあるから小さく見えるだけで、近くで見ればけっこう大きいんじゃないかなぁ」
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