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その言葉は、費やした全てに報いる sideシホ

姫君の眼差しⅢ

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 わたしのお母さん、レナ・グランティスは、剣闘場が始まって以来初めての「女性剣闘士」の資格を得た。今日は剣闘士になってからは、初めての試合。

 王族に生まれたわたしは、乳離れをするまではお母さんと同じ部屋で寝起きしたけど、それ以外は女中のみんなが育ててくれた。お母さんはわたしと違って早起きさんだし、公務と剣闘場の試合と、強くなるための鍛錬もしていてずっとずっと忙しい。

 体のあちこちに古い傷痕があるし、試合でケガしちゃった瞬間をわたしも何回も見た。「痛くないの? 体中が傷だらけになるって、怖くないの?」って、訊いてしまったことがある。

「もちろん、傷を受けるのは怖いし、痛いよ? でもね。わたくしはあなたのお父さんと出会ったから、剣闘士になりたいって思ったの。だから、剣闘場で負った傷のひとつひとつはね、お父さんとの思い出みたいなものなのよ」


 わたしのお父さんの名前はシホ。わたしとおそろいの名前。っていうより、わたしがお父さんとおそろいの名前、なんだよね。お父さんはわたしが生まれるちょっと前に、「寿命で死んじゃった」って聞かされてる。普通の人よりも、生きていられる時間がうんと短い体だったんだって。



 お母さんのいる主賓室に行ったら、もう試合の準備はバッチリ出来てて、後は出るだけみたいになっていた。

「お母さん、ごめんなさい。またお寝坊して、時間がギリギリになっちゃった」

「いいのよ、ギリギリでも間に合ったのだし。あなたが見ていてくれるだけで、わたくしは頑張れるから」

「わたしも大きくなったら、お母さんみたいな強くて素敵なひとになる」

「わたくしに出来ることなら、何でも手伝うからね。……ここで、わたくしを見ていてね。シホ」

「うん。シホはずっと、お母さんを見てる」

 お母さんは「ありがとう」って言いながら、わたしをぎゅっと抱きしめた。お母さんは試合のための鎧を胴体につけているから、そうされるとわたしはちょっと痛かったり冷たかったりする。


 お母さんの右手にはいつも、お母さんの宝物で一緒に戦う相棒でもある、魔法剣のトイトイがくっついてる。トイトイを撫でて話しかけながら、お母さんは試合場に出て行った。


 お母さんはグランティスの剣闘場で初の、女性剣闘士。その初めての試合になる今日は、この国の歴史的な一日。その瞬間に立ち会いたいからって、今日はいつも以上にお客さんがいっぱいだ。お母さんが出てきた姿を見て、剣闘場は拍手喝采だった。

 こんなにたくさんの人が、お母さんの夢が叶ったことをお祝いしてくれる。だから、わたしは思うの。大人になったら、わたしもお母さんみたいな人になりたいなって。誰かが「応援したい」って思ってくれるような、一生懸命、夢を目指して。傷だらけになっても諦めないで、頑張れる人に。

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