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傷だらけのシホ sideシホ

トイトイの貢献

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 オレには、他に取るべき術が思いつかなかった。とっさに、すぐ間近で空いている腹に向かって、足を使って蹴りを入れた。顔を切られたくらいじゃあ何とも変わらなかった太陽竜のすまし顔が、歪む。


 こんなに接近されて、相棒を両手に持ち替えて距離を取って、なんてやっていたら、絶好の機会を逃してしまう。断腸の思いで、オレは適当な距離に相棒を投げた。

 太陽竜の神器は下段に下がっている。身を捻って太陽竜の胸板に右肩をぶつけるようにして入り込み、神器の柄を握る太陽竜の拳をその上から握り込んだ。可能な限り、肉に爪を立てて。

「ぐっ……」
「ごっ……のやろぉおお!」


 オレの目的が神器を奪う事だと察した太陽竜は全力で抵抗するし、こっちも必死だ。お互いに力を入れるうちに、神器の刃先は天を向いていく。

 そこでオレは手の力を抜いて、太陽竜の顔に力いっぱい反動をつけて、右肘を叩きいれる。鼻の骨が折れたような、嫌な感触がした。それでも、太陽竜は神器を手放さなかったが、地面の草に足を滑らせるようにして後ろに倒れていく。


 とっさにその動きを追いかけて振り返り、魔法剣の刃先を奴の心臓へ向ける。自分も一緒に倒れ込む覚悟で。

 太陽竜の背中が地面に着いた時、ずぶずぶとそこに吸い込まれるように、黄色い光の帯が突き刺さっていった。地面にまで達した感触を察して、急ぎ、抜き放つ。盛大に血を吹きだすが、駄目押しに……首、両目と続いて刃を入れた。


「はぁ、はぁ……、くっ、そ……」

 オレを受け入れてくれた国。第二の故郷のようなグランティスの未来のために、神を殺す。覚悟はしていたし、そもそもこいつはまだ死んでない。だが、「殺すために、人の肉に刃を入れる感覚」はどうしようもなく、……自己嫌悪に、苛まれた。こいつだって、オレを殺すために相対してる、お互い様のはずなのに……。


 さすがに弛緩して、太陽竜の腕は両側に落ちた。右手側に転がった神器を拾い上げる。

 一番浅い切り方だった目の傷はすでに塞がりつつあるし、首もそうだった。ダメ押しでもう一度、魔法剣を振って首に切り目を入れる。傀儡竜になるまで、これを繰り返さないとならないのか?

 あと……どれくらいで、そうなるんだ……。


「がっ……あ、ああああ゛あ゛あ゛っ!」


 やりきれなくて、天を仰いだ、その瞬間だった。目の前が真っ赤になった。瞼の内側で、ぶちぶちと何かが千切れていくような音が響いていた……。
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