92 / 111
あなたとの時間は、全てが宝物のようでした。
悔やんでもしかたないのに
しおりを挟む
最後の一日。朝食だけはパニーノを買って船の噴水を間近に眺めながらいただきましたが、それ以外の時間は極力、あのお部屋で過ごすことにしました。昨夜のお店は昼間は食堂だけではなくお弁当も売っているので、昼食を買うついでに夕食も同じお弁当にしてしまいました。
シホは、自分が二十年しか健康に生きられないことを知って、計画的に暮らしてきました。それがいかに凄いことなのか、わたくしも身を持って味わっています。これが最後の一日かもしれないと思うと、余計なことを思考するゆとりが持てませんでした。ただ、ただ、怠惰に。あなたとふたりだけで過ごしたい。わたくしは、それ以外に何も考えられませんでした。
とても悔しいのですが、夕食をいただいた後に、わたくしは少々体調を崩していました。やむなく寝台に横になり、窓のさんに腰掛けて夜の街並みを眺めているシホの横顔を見つめながら、いつの間にか眠りに落ちていて。彼と過ごせる最後の時間を浪費してしまったのです……。
そして、その時を迎えると、シホはわたくしの頭を優しく撫でて起こしました。そこで状況を把握したわたくしは、思わず涙目で、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの? と彼を少々責めてしまいました。
「レナには悪いが、こっちはおまえの寝顔をたっぷり堪能させてもらったからな。最後の時間の過ごし方としちゃあ、上等だったさ」
「寝顔なんて、面白くもなんともないじゃない……」
「寝起きに女中すらほとんど頼らねぇレナ様の寝顔をじっくり見られる、それも野郎なんて特権もいいところだろ。独占欲が満たされるっていうか、つまりは男の浪漫ってやつだよ」
「……理解は出来ないけれど、あなたが満足したというのなら、もうそれでいいわ……」
身を起こそうとしましたが、彼にやんわりと押さえつけられて、制止されてしまいます。
「オレが戻るまで、無事を祈ってる……なんてしなくていいから。大事にしててくれ」
「行ってしまうのね……」
部屋の中には時計がなく、わたくしには今、何時なのかわかりません。後に人づてに教えていただいて、この時は夜の九時だったのだそうです。
わたくしは布団の中からどうにか腕だけだして、彼の後頭部に触れます。なんてことはない、髪の毛の感触。ふと、この感触だけでもどうにか自分のもとに残せなかっただろうかなどと残酷な考えがよぎってしまい。申し訳なさ、いたたまれなさに、涙が浮かんできます。まるで、「どんな形であっても、戻ってくる」と言ってくれたシホを、信じ切れていないみたいじゃないですか。
シホは、自分が二十年しか健康に生きられないことを知って、計画的に暮らしてきました。それがいかに凄いことなのか、わたくしも身を持って味わっています。これが最後の一日かもしれないと思うと、余計なことを思考するゆとりが持てませんでした。ただ、ただ、怠惰に。あなたとふたりだけで過ごしたい。わたくしは、それ以外に何も考えられませんでした。
とても悔しいのですが、夕食をいただいた後に、わたくしは少々体調を崩していました。やむなく寝台に横になり、窓のさんに腰掛けて夜の街並みを眺めているシホの横顔を見つめながら、いつの間にか眠りに落ちていて。彼と過ごせる最後の時間を浪費してしまったのです……。
そして、その時を迎えると、シホはわたくしの頭を優しく撫でて起こしました。そこで状況を把握したわたくしは、思わず涙目で、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの? と彼を少々責めてしまいました。
「レナには悪いが、こっちはおまえの寝顔をたっぷり堪能させてもらったからな。最後の時間の過ごし方としちゃあ、上等だったさ」
「寝顔なんて、面白くもなんともないじゃない……」
「寝起きに女中すらほとんど頼らねぇレナ様の寝顔をじっくり見られる、それも野郎なんて特権もいいところだろ。独占欲が満たされるっていうか、つまりは男の浪漫ってやつだよ」
「……理解は出来ないけれど、あなたが満足したというのなら、もうそれでいいわ……」
身を起こそうとしましたが、彼にやんわりと押さえつけられて、制止されてしまいます。
「オレが戻るまで、無事を祈ってる……なんてしなくていいから。大事にしててくれ」
「行ってしまうのね……」
部屋の中には時計がなく、わたくしには今、何時なのかわかりません。後に人づてに教えていただいて、この時は夜の九時だったのだそうです。
わたくしは布団の中からどうにか腕だけだして、彼の後頭部に触れます。なんてことはない、髪の毛の感触。ふと、この感触だけでもどうにか自分のもとに残せなかっただろうかなどと残酷な考えがよぎってしまい。申し訳なさ、いたたまれなさに、涙が浮かんできます。まるで、「どんな形であっても、戻ってくる」と言ってくれたシホを、信じ切れていないみたいじゃないですか。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる