魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。

sohko3

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あなたとの時間は、全てが宝物のようでした。

微かな震え

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 とっくに食事を終えて追加の注文もしていないというのに、「今夜は気が済むまでうちにいてくんな!」と店主が気遣ってくださいました。結果として、十一時の閉店時間までふたりで並んで長椅子に腰掛けてしまいました。

 このお店にはシホと顔見知りのお客も多く、たくさんの人が彼に話しかけました。グランティス生まれの男性は女性好きの気質の方も多いので、せっかくだからとわたくしにも気安く粉をかけアプローチしてくる人も少なくありませんでした。

 注文をしていないというのに、数時間おきに「退屈してないかい?」などと言いながら、おつまみ程度の小皿料理を持ってきてくださいました。今夜は特別だからと、お代も求められませんでした。


 余すところなく楽しい時間を過ごさせていただいて、体が安らかな休息を訴えるも、寝床はすぐ目の前にある宿屋なのです。なるほど、シホが「こんな生活も悪くない」と思うのも納得です。


 今は大事な時期なので、寝間着に着替えてただ並んで眠るだけの約束でした。寝台に腰掛けて、おやすみの口づけだけ交わして、布団に入ろうとした、その時。

「……あっ」

「なんだよ。人が手をだせねぇ約束なのに、艶っぽい声出しちゃって」

 不純な想像をしないで頂戴、せっかくの感動が台無しじゃないの。そう抗議すると、「感動?」と、シホは首を傾げます。

「今、ね。この子、初めて、わたくしのお腹を蹴った気がする」

「は~……どいつもこいつも、狙ったようにご奉仕サービスしてくれちゃってんなぁ」

 今すぐに二度目が起こる保証もないですし、予定通りに横になることにしました。わたくしは寝返りの打てない時期ですし、シホは腕枕をしてくれました。こうすると彼も寝返りが打てなくなりますが、「ひとつくらい、妊婦の苦労に付き合ってやらねえとな……」と、切ない響きを帯びて呟きます。そこに込められた感情を察してしまいましたが、そ知らぬふりをします。

 右手は自由なシホは、諦めて眠ると決める時機まではわたくしのお腹に触れていることにしたみたいです。ぽかぽかとお腹が温かいです。まるで、親鳥が卵を温めているみたいだと感じました。



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