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あなたとの時間は、全てが宝物のようでした。

最後の試合

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 シホの剣闘場での最後の試合は、なんとも惜しい結果でした。準決勝まで勝ち進みながら、対戦相手に剣闘士歴三十年超えの大ベテランである、「ハルベルトのカヤ」とあたってしまったのです。

 カヤはあのエリシア様も一目を置く、現在の剣闘場では「最強の剣闘士のひとりである」と広く認知されています。ハルベルトは斧と槍の良いとこ取りといった形の長柄武器です。同じ長柄の使い手であるシホとの死力を尽くした打ち合いは見ものでしたが、激戦の末、シホは敗北しました。エリシア様との公的な模擬試合の挑戦権を獲得できる、最後の機会を逃してしまいました。



「対戦相手の組み合わせ運に、最後の最後で見放されちまったなぁ。ま、太陽竜と戦う前に、運を温存出来たと思うとするかな」

 そう言って笑っていましたが、人生の大半を費やして追った夢が叶わずに終わってしまい、落胆が隠しきれていません。わたくしは、気付かぬ振りに努めることにしました。



 シホの体が「生まれてから、二十年が経過した時」に、傀儡竜の封印は解かれて神罰が下されます。幸い、シホのお母様は彼が誕生した時刻を覚えていました。正午過ぎから陣痛が始まり、日付が変わった直後に誕生したのだと、シホはお母様から何度も聞かされたのだそうです。

 誕生日当日の、二日前の朝。わたくしとシホは王宮の門前にふたりで並んで立っていました。これから誕生日前日の夜に、シホが最後の戦いに出向くまで。ふたりで最後の時間を過ごすことにしたのです。わたくしの悪阻の症状は全快ではないものの嘔吐の頻度は落ちてきて、以前よりは安定して過ごせるようになってきましたから。

 エリシア様とイルヒラ様は、体の構造上、シホの最後の見送りにはどちらかおひとりしか来られません。いえ、その場で体を交代すれば良いではないかというのは野暮ですよ? 別れ際の情緒が損なわれてしまうじゃないですか。

「シホがグランティスに来てから、もう五年になるってことかぁ……あっという間だったなぁ」

 シホと最後にお会いになるのは、おふたりの相談の結果、イルヒラ様ということになったそうです。エリシア様がおっしゃるには、「イルヒラにとって、対等な友人に近い感覚で話せる同性っていうのは貴重だから」……以前、イルヒラ様も、クラシニアから来たレノ様のお話をしてくださった時に近いことを言っていました。人前ではお隠しになっているようですが、おふたりが互いに尊重し合っているのだと折に触れて垣間見えます。

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