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生まれてくる「証」

血のにおい

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「でりゃあッ!」

 十文字槍の穂先を地面すれすれからすくい上げるように振り上げたシホは、的確にエリシア様の手首をとらえました。グラディウスを両手に握りしめたままのエリシア様の手首は空高く飛び上がり、くるくる回転しながら彼らの左方面に落ちていこうとしています。

「やったぜ!」

 吹き上がる血しぶきを顔にも胴体にも浴びながら、思わずシホは歓喜の声を上げていました。凄惨な光景でありながらこの反応は、エリシア様から特別に鍛錬していただけるようになって九か月目にしてようやく、彼女の提示した慈悲深き目標をついに果たしたからです。もちろん、エリシア様が手加減してのことではありますが。

「ぐえっ!」

 エリシア様は、痛みを全く感じさせない極めて冷静な表情で、シホの腹を蹴り飛ばしました。あまりの威力にシホは、それなりに離れていたわたくしの膝元まで地面をこすりながら辿り着きます。

「愚か者~! 手首ごと得物を飛ばしたからって、そこで太陽竜との戦いが終わるわけじゃないでしょ! 油断してんじゃないっつーの!」

「げえぇ~……危うく、吐く寸前だったぜ。そいつは確かに、エリシアの言う通りだわなぁ」

 恐ろしいことにエリシア様は、両手首の断面からぼたぼたと大雨よりも激しく血を垂れ流しながら、遠くへいったグラディウスのところへ歩いていきます。痛覚はあるはずなのに、平然として。

「しまった、あたしのこの状態じゃ、柄をしっかり握りしめた手を外せないじゃない。シホ~! ちょっとこっち来て、手を貸して~」

「あいよ~、……レナ、どうした?」

「うっ……」

 わたくしは急な吐き気に襲われて前のめりになり、口元を手のひらで押さえました。こらえきれず、手を汚すよりいいかと判断して、地面に手を着いて吐き戻します。昨夜も今朝も、そんなに食べられなかったため、出て来たものは液体ばかりでした。

 エリシア様の流した大量の血液の匂いが、屋外とはいえ周囲に漂っています。その匂いにあてられて……それだけでは、ないような気がしました。

 わたくしの側にシホが留まっているのに気付いたエリシア様は彼の手助けを諦めて、なんとグラディウスの刃を足ですくいあげてほいっと蹴り上げると、器用に腕と腋で挟んでこちらに走ってきました。

 立ち止まらずにわたくしの状況を横目で見たエリシア様は、「宮廷医呼んできてやるから、あんたらはここでじっとしてなさ~い!」と言いながら去っていきました。この場にいる誰よりも重傷なエリシア様が医者を呼びに行くという状況に、わたくしとシホは思わず目を合わせて笑ってしまいました。

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