77 / 111
愛しているから、言えない
残酷な夜明けⅠ
しおりを挟む
深夜に寝台の中で目覚めた時、わたくしはシホの体温を感じました。胎児のように身を丸めたわたくしは彼の胸に包まれるような体勢でいました。未だ覚醒しきらずぼんやりとした頭のままで、わたくしを腕枕している彼の顔を見上げます。シホはわたくしより先に目覚めていて、じっとわたくしを見ていました。
「知らねえ方がレナにとっちゃ平和でいられるんだろうが……聞いとくか? オレの本音」
こんな不穏過ぎる言い方をされて、聞きたいと思えますか? ……いいえ、少しくらい不穏な前振りをされた方が、人は好奇心を刺激されてしまうものです。怖いもの見たさという心境で、わたくしは聞かせて欲しいとお願いしました。
「オレの母親が体を売って生活していたのは、生活に困ってとかやむにやまれずそうしてたっていうよりはだな。そういう行為が人より好きだから。『好きなことを仕事にしてえ』って願望ゆえだったっていうんだよな」
「……そ、それはなんとも。破天荒なお母様で……」
過去にお母様のお話をシホが話してくれた時、彼は「自慢の親だった」と言っていたので。話の最後まで聞く前に、否定的な感情を抱かずにいようと思いますが。
「そういうわけだから、一度、こういう関係を知っちまうとだな。オレの目指す他の目標の何もかもがどう~でもよくなっちまうんじゃないかって。どうせ二十年の体なら、知らずに終わるのが平和なんじゃねえかと思ったわけだよ」
「……実際に体験してみて、どうだったの?」
「そりゃあもう、おふくろの気持ちがよぉ~~っく、わかったさ」
シホは肘をついて身を起こし、ふたりの上に被っていた布団をはいで、何も身に着けていないわたくしの肩に手で触れました。試合で負った傷痕がいくつも残る腕を上から下へと撫でていきます。
「レナの、この体の全部、オレのものにしてえ。他の男にゃ触れさせねえで、いつまでもひとり占めしていられたらどんなにいいかって。今まで割り切れてたオレの人生が悔しく思えてきちまったよ」
「……ごめんなさい、って、言うべき? わたくしの願いを叶えるために、あなたをそんな気持ちにさせて」
無性に申し訳なくなって、目の中がまた、冷たくなってきました。
「まさか。直接に愛を告げられねえオレにこんな幸せを教えてもらって、オレの方こそレナに感謝するべきだろ」
わたくしの目尻に浮かんでいた水滴を拭った指先をぺろりと撫でて、シホはもう一度、わたくしに覆いかぶさって唇を重ねます。わたくしも力を抜いて、お互いの舌の感触を味わいます。
心地よくて、幸せで、堪りませんでした。
それからのわたくしとシホは、お互いに忙しすぎる日々の合間で隙を見つけては、彼の部屋でこのように過ごしました。会話よりも何よりも、ただただ体を重ねることを重視した逢瀬。
行為を終えて、布団の中でただ抱き合って温もりを感じている時。容赦なく重みを増していく瞼に叱責し、眠りたくない、と念じ続けていました。彼とふたりだけの小さな部屋の中で過ごす夜。それ以上の幸せな時間が、わたくしの今後も続く人生の中にあるとは思えませんでした。
このまま時が止まって、朝など来なければいいのに。いつだってそう願っていましたが、どんなに抗ってもわたくしは彼の腕の中で眠りに落ちて、朝は巡ってくるのでした……。
「知らねえ方がレナにとっちゃ平和でいられるんだろうが……聞いとくか? オレの本音」
こんな不穏過ぎる言い方をされて、聞きたいと思えますか? ……いいえ、少しくらい不穏な前振りをされた方が、人は好奇心を刺激されてしまうものです。怖いもの見たさという心境で、わたくしは聞かせて欲しいとお願いしました。
「オレの母親が体を売って生活していたのは、生活に困ってとかやむにやまれずそうしてたっていうよりはだな。そういう行為が人より好きだから。『好きなことを仕事にしてえ』って願望ゆえだったっていうんだよな」
「……そ、それはなんとも。破天荒なお母様で……」
過去にお母様のお話をシホが話してくれた時、彼は「自慢の親だった」と言っていたので。話の最後まで聞く前に、否定的な感情を抱かずにいようと思いますが。
「そういうわけだから、一度、こういう関係を知っちまうとだな。オレの目指す他の目標の何もかもがどう~でもよくなっちまうんじゃないかって。どうせ二十年の体なら、知らずに終わるのが平和なんじゃねえかと思ったわけだよ」
「……実際に体験してみて、どうだったの?」
「そりゃあもう、おふくろの気持ちがよぉ~~っく、わかったさ」
シホは肘をついて身を起こし、ふたりの上に被っていた布団をはいで、何も身に着けていないわたくしの肩に手で触れました。試合で負った傷痕がいくつも残る腕を上から下へと撫でていきます。
「レナの、この体の全部、オレのものにしてえ。他の男にゃ触れさせねえで、いつまでもひとり占めしていられたらどんなにいいかって。今まで割り切れてたオレの人生が悔しく思えてきちまったよ」
「……ごめんなさい、って、言うべき? わたくしの願いを叶えるために、あなたをそんな気持ちにさせて」
無性に申し訳なくなって、目の中がまた、冷たくなってきました。
「まさか。直接に愛を告げられねえオレにこんな幸せを教えてもらって、オレの方こそレナに感謝するべきだろ」
わたくしの目尻に浮かんでいた水滴を拭った指先をぺろりと撫でて、シホはもう一度、わたくしに覆いかぶさって唇を重ねます。わたくしも力を抜いて、お互いの舌の感触を味わいます。
心地よくて、幸せで、堪りませんでした。
それからのわたくしとシホは、お互いに忙しすぎる日々の合間で隙を見つけては、彼の部屋でこのように過ごしました。会話よりも何よりも、ただただ体を重ねることを重視した逢瀬。
行為を終えて、布団の中でただ抱き合って温もりを感じている時。容赦なく重みを増していく瞼に叱責し、眠りたくない、と念じ続けていました。彼とふたりだけの小さな部屋の中で過ごす夜。それ以上の幸せな時間が、わたくしの今後も続く人生の中にあるとは思えませんでした。
このまま時が止まって、朝など来なければいいのに。いつだってそう願っていましたが、どんなに抗ってもわたくしは彼の腕の中で眠りに落ちて、朝は巡ってくるのでした……。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。
氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む
矢口愛留
恋愛
ミアの婚約者ウィリアムは、これまで常に冷たい態度を取っていた。
しかし、ある日突然、ウィリアムはミアに対する態度をがらりと変え、熱烈に愛情を伝えてくるようになった。
彼は、ミアが呪いで目を覚まさなくなってしまう三年後の未来からタイムリープしてきたのである。
ウィリアムは、ミアへの想いが伝わらずすれ違ってしまったことを後悔して、今回の人生ではミアを全力で愛し、守ることを誓った。
最初は不気味がっていたミアも、徐々にウィリアムに好意を抱き始める。
また、ミアには大きな秘密があった。
逆行前には発現しなかったが、ミアには聖女としての能力が秘められていたのだ。
ウィリアムと仲を深めるにつれて、ミアの能力は開花していく。
そして二人は、次第に逆行前の未来で起きた事件の真相、そして隠されていた過去の秘密に近付いていき――。
*カクヨム、小説家になろう、Nolaノベルにも掲載しています。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
証拠はなにもないので、慰謝料は請求しません。安心して二人で幸せになってください。
ふまさ
恋愛
アデルの婚約者、セドリック。アデルの幼なじみ、ダーラ。二人がアデルの目の前で口付けを交わす。
そして。
「このままアデルが死ねば、きっとなんの障害もなく、きみと一緒になれるのに」
セドリックの台詞に、ダーラが「……セドリック様」と、熱っぽい眼差しを向ける。
「軽蔑したかい?」
「いいえ、いいえ。あたし、同じことを思っていました。だってこのまま、例え意識を取り戻さなくても、アデルが生きていたら、セドリック様はずっと縛られたままなんじゃないかって……」
「流石にずっとこのままじゃ、それはないと思うけど。でもやっぱり、死んでくれた方が世間体もいいしって、考えてしまうよね」
「そう、ですね。でもあたしたち、酷いこと言ってません?」
「かもね。でも、きみの前で嘘はつきたくないから。その必要もないし」
「ですね」
クスクス。クスクス。
二人が愉快そうに笑い合う。
傍に立つアデルは、顔面蒼白なまま、膝から崩れ落ちた。
【完結】試される愛の果て
野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。
スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、
8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。
8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。
その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、
それは喜ぶべき縁談ではなかった。
断ることなったはずが、相手と関わることによって、
知りたくもない思惑が明らかになっていく。
初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢アリスは他に想う人のいる相手と結婚した。
政略結婚ではあったものの、家族から愛されず、愛に飢えていた彼女は生まれて初めて優しくしてくれる夫をすぐに好きになった。
しかし、結婚してから三年。
夫の初恋の相手である王女殿下が国に帰って来ることになり、アリスは愛する夫から離婚を告げられてしまう。
絶望の中でアリスの前に現れたのはとある人物で……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる