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愛しているから、言えない

愛を告げない夜

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「グランティスに来てから、シホはずっと、この風景を見ながら暮らしていたの?」

「そうだな」

「だったら、わたくしよりもずっと、この国の本当の姿を見て来たのかもしれない。王宮の窓からはこの国が一望出来るけれど、街の人々の自然な暮らしは、こんなに間近には見られないもの……」


 窓の桟に手をついていたわたくしの肩にそっと触れて、シホは床に腰を下ろすように身振りで促してきます。従うと、旅装で頭を覆い隠していたわたくしの被り物を外して、間近に覗き込んできます。


「本当に、いいのか? 肝心の気持ちをはっきり言葉にすら出来ねえ、オレのために」

「わたくしはそれでいいと何度も言っているでしょう。それより、あなたの方こそ。その程度の相手でしかないわたくしのために」


「その程度の相手、なわけがあるかよ」

「……えぇ? どういうこと?」


「どういう……何とも思ってねえ女に会うために、満月の度に夜歩きするとか。そんな時間の使い方すると思ってんのか? こちとら一般的な人間よりも、遥かに時間が貴重な体だっていうのに」


 シホに思いっきり呆れられてしまいましたが、なんだか無性に屈辱です。せっかく、自分の気持ちが一方通行ではないとわかった瞬間だというのに、胸のときめきというものが皆無じゃないですか。

「でしたら、素直にその気持ちを言ってくれたらいいのに。そう思ってくれているというのなら、わたくしを喜ばせようと思わないの?」

「だからこそ、だろ。おまえにだけは、オレの本心は気安く口に出せねえ」


 そういえば今夜、この状況に至るまでに、シホはイルヒラ様にご相談されているのでしたね。わたくしには言えなくても、他の方には打ち明けられると。それが純粋に疑問で、わたくしはただ、「どうしてよ」と訊ねていました。


「オレがこの世からいなくなった後、レナにだけは、オレのことを忘れられたい。この後も普通の人並みに続いていくおまえの人生に、オレのいた痕跡が足枷になりたくねえんだよ」


「……随分と、勝手なことを言うのね。生きた証を残したいと、この国に来て。グランティスを利用しておいて。今後もここで一生を過ごすわたくしの心に残りたくないなんて……これからもずっと、あなたがこの国にいた風景を思い出として、宝物として生きていきたいわたくしの気持ちは無視していいというの?」


「……それは。弁解のしようがねえけども」


「……もう、いいわ。それも含めて、あなたの意思を受け止めてあげる。でも、どうして気が変わったの? 自分の子供を残したくないと言っていたのに」
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