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愛しているから、言えない

たったひとつの、その部屋で

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「来たのか、とは何よ。大事な日に人を呼び出しておいて」

「悪ぃ悪ぃ、言葉のあやってやつだよ。来た、ってことはつまり、……ってことだろ?」

 彼は巧妙に、その言葉……。いいえ。「彼からわたくしへの感情はどうなのか」を、口にすることを避けようとしています。彼らしくないバツの悪そうな表情からうかがい知れて、わたくしは遠慮なく、溜息を吐いてしまいました。


「ええ、そうよ。わたくしの気持ちは、あなたにお伝えしたあの時から変わらないもの。……恋人のように寄り添ったり手を繋いだりなど、求めないから。連れて行ってくれる?」

 後ろめたそうに些か腰を曲げて、彼は無言で歩き出しました。わたくしは影のようについて歩きます。


 なんと、目的の場所は七番通りの噴水の目の前でした。「連れて行って」どころではないじゃないですか。

「ここは、簡易宿泊所じゃないの」

「グランティスに来て以来、ずーっとここに部屋を借りてるからな」


 四年以上も、同じ宿に部屋を借りていたとは。当たり前のように、賃貸契約で国内に住んでいるものとばかり思っていたので絶句してしまいました。

「案外、オレみてぇな人間にとっちゃ合理的なんだぜ? 自室以外の設備の管理を丸投げ出来るし、疲れて帰ってきて寝るだけならここで十分だろ」


 お部屋に入りますと……「必要最低限の物しか持たずに暮らしているから、誕生日の贈り物さえ遠慮する」という彼の実態がよくよくわかりました。壁には、ハンガーを引っかけるための四角い木の棒が直接くっついています。私服が三着、剣闘場で彼が身に着けている衣服が一着。部屋の設備として、小さな引き出しがくっついた三面鏡が窓の横、部屋の隅に置いてあって。分解した十文字槍を持ち歩く愛用の鞄がそのそばに。鞘に収まったグラディウスが壁に立てかけてあります。


 ……失礼を承知で例えるのですが、部屋の広さは王宮にあるわたくしの私室内の、水回りの個室とほぼほぼ同等でした。


「狭い寝床は性に合わねえから、ふたり用の寝台のある部屋を借りてた。間違っても、レナに限らず女と寝るために選んだわけじゃねえからな?」


 言い訳などしなくて結構よ、と言葉にして伝えながら、わたくしは吸い寄せられるように窓へ向かっていました。外を覗き込むと、先ほどまでいた船の噴水がよく見えます。

 広場を取り囲む飲食店の開放的な入口からは、煌々と明かりが漏れて、街の人々の楽しげな笑い声が漏れ聞こえてきます。先ほどの親子連れもそうですが、近隣の住居にお住いの方々は、夜であってもこの灯りを楽しむために老若男女、連れだって散歩をしているみたいですね。


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