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史上初の女性剣闘士を目指して、頑張ります!

侮辱

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 いつも通り、銅鑼の音が鳴らされた時に、わたくしは魔法剣トイトイに密かな声掛けをします。今日はこのように語りかけました。「いつもわたくしを守ってくれて、ありがとう。あの人にだけは、絶対に負けたくないの。今日も一緒に戦ってね」、と。


 ポーラとの打ち合いは、わたくしが想像していたよりは遥かに正当に交わされていました。ですが、表情は相も変わらず軽薄で、腹の内で何事か企んでいるのでしょう。

 そう、わかっていたのですが。その企みはわたくしの想像の範疇を超えていたので、わたくしはまんまと彼の非道な思惑にハマってしまったのです。


「おぉ~っと! 手が滑っちまったぁっ!」

 ポーラのハンティング・ソードの刃先が、わたくしの額の右側を前髪と共に切り裂きました。切り傷よりも、そこから流れ落ちる大量の血が目に入り込む痛みに、わたくしは右目をぎゅっと瞑ります。そうすることで傷口も引きつれて、より痛みを増してしまいます。


 ポーラはそこから二歩、三歩と後退した場所に佇み、しばらく動きませんでした。傷を負ったわたくしが痛みに耐える姿を観察しているようです。

「あのレナ様のご尊顔をキズモノにしてやった! このポーラ様の手で!」

「……わたくしに試合で刃物傷を与えたのは、あなたが最初のひとりではありませんよ。それに、女であろうが姫であろうが、グランティスの戦士にとって戦いで負った傷は誉れです。自分の無知を自覚せず、こんな風に勝ち誇って。本当にあなたは恥ずかしい人ですね」

「何を言ってくれてんだぁ? その『恥ずかしい人』につけられた傷痕が誉れになるなんて綺麗事が通用するもんかよ! 今後、レナ様がどんな男と関係しようが、そいつの目にはポーラ様のつけた傷痕がまっすぐ目に入るんだぜ。ああ、愉快だな! 女の癖に試合なんか出たせいで、取り返しのつかないことになっちまってざまぁねぇよなあ!」

 下卑た哄笑を上げながら、再び、ハンティング・ソードを振り上げます。わたくしは魔法剣で下からそれを受け止めました。左目だけで見上げるポーラの姿が霞んで見えます。さすがにわたくしも、心身共にくずおれてしまいそうで、かろうじて動いている状況です。

 早々に決着することが出来るでしょうに、ポーラはそうしません。わざと、とどめをささずに、弱っている獲物を痛めつける。彼にとっては狩りの獲物もわたくしも、同じような価値でしかないのかもしれませんね……。
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