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巨神竜を追いかけて

高すぎる壁

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 これは一瞬の出来事で、まさに、目にも留まらぬ速さでの決着。エリシア様は現役の剣闘士よりも遥かに小柄な女性の体ですが、だからこそ、このような動きで相手を下すことも出来るのです。小柄だからこそ、自分より大きな男性の懐で細やかな動きが可能なのですから。


 シホ様もエリシア様も、しばらく、その体勢のまま動きませんでした。観客すら、一声もあげずにこの場を見守っています。

 シホ様の表情は、ただただ、茫然自失と表現するしかないものでした。彼が今日という日を目指すと決めて、迎えるまでに実際にかかった歳月。グランティスへやって来るまでの努力の日々の内容。わたくしも具体的にうかがってはおりませんし、グランティスの国民の誰にも、それを知る者はいないかもしれません。

 ただ、これだけはわかります。彼の夢は、今日、この時点では叶えるに至らなかったのだと。


 やがて、エリシア様が斧を下ろし、伸ばされたままの槍の穂先を避けながら一歩下がります。ようやく、シホ様も姿勢を寛がせて、エリシア様へ一礼されました。

「あたしに辿り着いた時は、また何度でも相手してあげる。引き続き、精進しなさい。まさか一度負けたからって辞めるような根性なしじゃないんでしょ」

「……ああ。挑ませてもらえるっていうんなら、続けるさ。オレにはまだ、使える時間が残ってるからな」

「いいじゃん。あんたのそういう、時間を最大活用しようとする姿勢、あたしの好みだわ」

 エリシア様は地面に向けていた斧をくるりと反転させ、刃を天に向けるようにして自らの右肩に斧頭を乗せます。これはエリシア様が戦いの後でよく見せる御姿です。一戦を終えて、最愛の神器相棒を肩で寛がせ、労っているのでした。


 エリシア様が主賓室まで戻られたので、わたくしは「お疲れ様でした」とひと声だけおかけします。彼女も、わたくしの心境をお見通しだったのかもしれません。わたくしに一瞥だけくれると、お返事もなくその場を去られてしまいました。

 わたくしは、試合場に佇むシホ様へもう一度、視線をやりました。深々と、疲れを感じさせる溜息をつかれているのが見えました。ほんの一瞬で決着してしまった試合だというのに、極度の緊張を感じたせいもあって、全身に疲労感が残っているのだと思います。

 対するエリシア様は、試合後、ほんの一息つく姿すら見られませんでした。その事実もまた、シホ様の心を打ちのめしているのではないでしょうか。
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