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二日目。深夜
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●
ダルマの塔を登って暫く、床が崩落した場所が見つかった。
穴の向こう側には祭壇らしき場所があり、穴そのものが未踏破区域らしき場所。どう考えても此処を越えて見せろと言わんばかりの光景で、サラサたち三人はその場に居た者たちと共に穴の攻略を始める。
まずは穴で隠れて様子を伺っていた蜘蛛たちを追い払い、越えるべき方法を見出した。
「よし、引っかかった。少し不安だが、向こうで縛り直せば十分だろう」
「巻き方は覚えた? 引っ張るのはこっちでやるから」
「大丈夫だってサラサねえちゃん。落ちないなら何とでもなるよ」
床が崩落して渡れないと言っても、フロアが綺麗に落ちたわけではない。
構成していた石や煉瓦が根元から落ちたのではなく、巨大な力で破壊されて一部が落下しただけなのだ。だから不揃いな場所は沢山あるし、そこの一角に突起物を結び付けたロープを投げれば、何度目かで引っ掛かるのは当然であると言える。
これに自分にロープを二本巻き付けたジュートが挑み、サラサによって浮かされた状態で移動するという塩梅だ。
「伏して額上に掲げしは双角のイスケンダル。宝物殿にはアレキサンドライト」
「緑にして赤の聖堂が此処に拓かれたり。示す力は風に巻かれし炎」
「祭壇に敷くは銅、そは捧げられし聖なる贄の象徴。覇王の進撃を寿ぐなり」
「我が名はサラサ。東夷の王賢が外輪に位置する導き手なり。いざ!」
「いざ! これなる者を宙へ誘わん! 暫し重さを忘れ、高さを忘れよ!!」
杖に嵌め込んだ宝玉は、先ほど蜘蛛を追い払った時と同じだ。
違うのは番号を示す補佐用の宝石の種類がやや違い、三番目の術を行使するという差でしかない。術が発動するとジュートの体がフワリと浮き上がり、それ以上登りもせずかといって落下もしない状態になった。
本来ならばここで少しくらいは驚くのだろう。だが、時間を掛ければサラサの命が失われると知って、ジュートが躊躇うはずもない。
「行ける行ける! ちょっくら待っててくれよ!」
「ゆっくりでいいから落ち着いて! この術なら私も大丈夫だから!」
「……」
ロープを引っ張る事でジュートは空中を斜めに進んでいく。
力がそのまま移動力に変換されている状態であり、まるで特殊部隊がスルスルと渡っているかのようだ。その間、サラサはジュートに声を掛けて励まし、ケンプはもし魔物が出てきたら引っ張ってこちらに戻せるように二本あるロープの片方を握っていた。
そして途中で時間を浪費しなかったこともあり、予定地点まで辿り着く。
「こいつを此処に巻き付ければ良いんだよな……多分、これでいける筈」
「それで構わん。少し前って向こう側に引っかけるところを探してろ! 」
ジュートが持っていた内、空いている一本を取っ掛かりに巻き付けた。
それは最初から輪が作られており、崩れそうにはない場所に通せば、こちらでケンプが引っ張る事でギュっと締まる様になっている。ジュートに巻き付けた方は輪が閉じない編み方なので、この二つを利用して安全確実に橋頭保を作りに掛かったのだ。
ここで一度ケンプは握っていた紐を手放し、もう一本をきつく別の場所に巻き付けた。その場にしなかったのは、力の掛かり方を分散するためである(計算はサラサがやった)。二等辺三角形にッロープが固定されていく。
「これで何時でもそこまでは行けるぞ! 向こう側に届くか?」
「それっぽい所を見つけた! ちょっと投げてみるな!」
先ほどケンプが握っていたロープをジュートが回収。
こちらの側も突起物が幾つか絡めてあり、どれかが引掛かれば向こう岸に近い場所まで渡る事が出来る。それだけでは難しいのだが、やはりジュートが軽い状態なのが大きい。先ほど同じように進んで行けるだろう。どちらかと言えばジュートはロープワークなどしたことがなく、上手く引っ掛ける方が苦戦していた。
だが、それも何度か振り回すだけで良いなら何とでもなる話だ。力を入れても外れない事を理解すると、ジュートはもうケンプが助けてくれないことを自覚しつつも移動し始めた。
「躊躇うな、行け! ここで失敗してもまだやり直せる。サラサを心配して言って居なかったが、この術や相当に余裕があるらしいからな!」
(ちょっと! 私はいいけど……その時間、あんたの『保険』じゃん)
今度はケンプが励ますのだが、それを聞いてサラサは戸惑った。
空中歩行の術に比べて、同じ浮遊するのでも高度を固定するだけの術は余裕がある。サラサはその時間を区分し、ケンプも浮遊して大人の力でロープを巻き付ける事に使う事に成っていたのだ。つまり失敗してもやり直せるというのは正しいが、その場合はケンプが落下しかねない状態で無保険で渡ることに成ってしまうのだ。
もちろん、本来はそれで正しいのだろう。だが、ケンプの正体を推測し掛けているサラサには驚きであった。
(コイツ……王族なんじゃないの?)
(王様になる為に兄弟と勝負してて、凄い加護にしようとしてるとか)
(そんな風に思ってたけど、違うの? 王族が孤児の為に命を懸ける?)
(それとも此処で失敗しても問題ないと確信してるわけ? でも、失われないとか言ってる権能も、自分の選択だったら駄目な筈よね? 神様を試すのは駄目な筈なのに……)
サラサはケンプが王位継承争いをしているのだと思った。
財産が失われたり奪われたりしないという権能は確かに便利だが、国家そのものには機能しない筈だ。また、神を試すように『俺が選ばれた存在ならば死なない筈!』という時にも機能しない。あくまで不意の消失が起きないだけで、例えば彼の加護をサラサが交換してもらったとしても、何も失われなくなるわけではないのだ(その場合は生命力ではなく魔力消費に戻ってるが、金銭と同じように自分で消費したのだから消失と同じ扱いにはならない)。
だからこそ、この態度には見立てへの自信を失わせる。態度が大きい事や知識からは、彼が身分が高いか相当な金持ちでなければ得られない物だとは知っていたから猶更である。
「もういいぞ! 術を掛けて渡って来い!」
「あ、うん! 直ぐに行くから!」
よほど考えに没頭してしまっていたのだろう。
気が付けばケンプは既に渡ってしまっており、体力にも自信がないサラサは自分に呪文を掛けて高度を固定すると、ロープを引っ張りながら一気に渡ることにした。途中の壁際にはちゃんとロープが釘で打ち付けられ、毛布が濡らされた上で包まれているを見ると、後続が落ち難い様にしているのだろう。おそらくは蜘蛛がまたやって来るか、よほど重たい装備の者が来ないと問題はないものだと思われた。
そんな考えを鈍る頭で考えつつ、思ったよりも時間をかけてサラサは渡り切る。
「ふう。なんだか疲れた気がするなあ。私も体力を付けないと」
「よっしゃ! ねえちゃんが渡って来た。奥の間を調べようぜ!」
(どういうことだ? 神血で命を減らしているのだとしてもサラサの消耗が激し過ぎる。伝説の存在と比べたらいかんのかもしれんが、狼王の伝承にはそんな事は伝えられてなかった。いや、狼王の伝承そのものが成り立つ筈がない。気力や体力も同時に減っているのか、それとも失血死みたいな症状に成っているんじゃあるまいな……これでは才能があっても割りに合わんぞ)
ハラハラするようなペースでサラサは渡って来た。
まるで呪文など使わずに、華奢な少女が綱渡りしたかのようだ。そんな様子にケンプは彼女と同じ加護を持っていたとされる、伝説の闘気使いを思い浮かべた。その男は呪紋を最大級の効果で発揮する刺青として施すと、生命力を消費して傷を直すという離れ業をやって居たそうだ。奇しくもサラサに施した消耗を抑える呪紋であり、まるで強靭な再生力を持つ狼男の様であったという。同じ加護と同じ呪紋であるというのに、効果の大きさの差があるとはいえ、これほどの差があるとは思いもしなかった。
ここから彼が察したのは、同じ系統の加護であっても、別の付随効果を持つ……マイナス面が大きい代わりにプラス面も大きい加護であるか、さもなければ単純に失われた生命力が失血症状を引き起こしているのではないかと思ったのだ(大男は体格的に少々の失血くらいなら問題ないので)。
「なんだかスゲエ場所だね。ずっとこのまま在ったみたい」
「そんな筈は無いんだが……それが出来るのが神だからな」
「魔物を世界中から連れてくることに比べたら余程簡単だと思うよ」
ともあれ余計な事をやっている余裕はない。
蜘蛛が上がって来る可能性もあるし、他の者たちが来る時まで見張りをやっておく必要があった。さっさと祭壇を捜索し、それらしい文言を見つける成り、神様の啓示を受とるべきだった。そう思って探し始めるのだが……。
ソレはある意味で簡単に見つかり、それでいて訳が分からなかった。
「なんだ? この文字は俺の知ってる神代語と違うんだが」
「多分……神意語じゃないかな。神様が使ってるとされてる言葉。ほら、神代語はあくまで神様が普通に居た時代に、当時の人たちが判る範囲で記した言葉な訳だし」
ケンプが戸惑ったのは知っている文字に似ているようで、違う文字だ。
幾つか判る文字もあるのだが、全くわけのわからない文字がある。その上で文法などの形式のみ判る流れなのが幸いだった。一応は文脈で守護などは判るので、意図的に空欄を儲けながら進んで、最終的に空白だらけになるという有様である。
ただ、此処には知識がある者が二人、まったくない者が一人居る。三人が知恵を突き合わせれば、たいていの事は何とかなるものである。
「ということは……だ。守護は神の名前、試練を受け啓示を受け取った者の名前、あとは倒すべき魔物なり入れ替える加護の名前という所か」
「そうだと思う。文法がおんなじだもんね。あと、敬称には気を付けてね」
(サッパリ判らねえ。何処かにヒントねえかなあ……)
ケンプは言葉の流れから、サラサは人と神の差から思案して行く。
謎解きは二人に任せ、ジュートは一人で祭壇を物色して行った。スリとして暮らして居た時は、寺院に行ってお恵みを貰いに行ったものだ。その中には寺院の炊き出しもあれば、勝手にお供えなどをちょろまかしたこともある。もちろん古くなった食い物で腹を壊したこともあるが、飢えて死ぬよりマシだし、神様がバチを当てたならば仕方ないと行け入れていたのだ。
そんな彼が祭壇であるからといって遠慮するはずがない。そこで見つけたのは巻物……この場合は古い経典である。
「あった。二人ともこれ……って、いつもの経典か。期待して損しちまった」
「悪いが今は説法なんぞを読む気は……待てよ。それ、何語で書かれてる?」
「神意語! いつもの経典ってことは、いつもと同じ並びだよね? ということは同じ文法で、同じ場所にいつもの言葉が使ってある筈……」
経典とは『ありがたい教え』として教祖が神から授かったとされる。
実際にそうなのかは別として、この状況で神様が無意味に地上で複写されている経典など置くだろうか? また、経典など全く知らない不信心な者にも、一応のヒントは出すはずだ。人に敬虔さを求める神ならばともかく、自由と活気の神は魔族すら守護する存在である。パズルを解読するためのヒントくらいは用意するだろう。(神代語を読めない者がいても、仲間に居れば協力し合えるので十分にヒントである)。
その事に気が付いた三人はそれぞれの担当で行動を再開した。
「私が判る範囲で写していくから、ケンプはそれを区別してて」
「任せろ。主語や述語にそれほど数はないからな」
「その間に俺が周辺を調べてみる。もしかしたらもう一冊くらいあるかもよ」
経典に書かれたことは膨大でも、良く朗読される場所は決まっている。
サラサは説法や法話などで使われる段を抜き出し(巻物の場合はページがないので、何段目という風に探していく)、辛うじて判る言葉を頼りに、いつものフレーズで間違いないとケンプから貰った染料で複写した。幸いにも染料で床に文字を描けたので、幻影などを駆使する必要が無いのはありがたかった。
それをケンプが先ほど抜き出した単語と比べることで、「●●が」とか「〇〇である」という部分を翻訳して行く。残るは動詞であるが、今回の啓示を考えればおおよそ把握できる。
「よし、概ね判って来たぞ。おそらく前に言った通りの内容だ」
「ならこの事を後の人に伝えて確認してもらわないとね」
『その必要は無い』
「「え?」」
暫くしてケンプは以前に伝えた『加護の交換』であると示唆した。
サラサはその事を理解し、自分達には意味がないが、後から来る者たちに啓示の内容を伝える必要があると提案しようとしたのだ。だが、その時ジュートの声で静止が掛かる。
ただし、その声は何処か特徴的で、そして何処か畏しさを感じさせた。
「ジュート? どうしちゃったの」
「……サラサ。控えよ、神前である」
『然り。神を神とも思わぬ不埒者を介して言葉を与えて居る。この子供には掛かる試練を越えたという見聞きを与えぬ事とした。ここで引き変えさば、この子は『試練を越えた』のだと誰も信じてもらえまい』
驚くサラサに対し、何事かを察したケンプは彼女の頭を抱えた。
自らも共にジュートであったモノに下げ、畏まってその場に伏したのである。するとその存在は緩やかな笑みを湛えて、こともなげに事実を伝える。少年が欲した『試練を乗り越えた』という経験を奪い、神を神とも思わなかった不敬と引き換えたと告げる。
それはある意味で厳しく、ある意味で優しい行いであった。
『そなた達は無事に試練を乗り越えた』
『だが、知っての通り『最初から知る者』に受け取る権利などはない』
『そなたら三人は先を目指す事だな。だが、智慧を出し協力し合った事は見事。次なる機会を心待ちにして乗り越えていくが良い。そなたらに縁があれば再び見えよう』
それはまさしく『無事』であった。プラスもマイナスも無い。
知っている者は試練を乗り越え、報酬を受け取る資格などはない。だが、此処までたどり着いた才覚によって特にマイナスも与えられなかった。この階までに費やした全てが徒労になったという事だが、逆に言えばサラサとケンプの二人に関して言えば、此処まで登ってきた経験が後に活かせるという事である。それを与えられなかったジュートも、特に罰せられなかったという意味では決して悪い事ではない(子供の体力で次まで保てるのかは別だが)。
やがて三人は呆けたように穴の周囲で見張りをしていた。おそらくは神と出逢ったことに耐えられなかったに違いあるまい。
「わざわざ伝言しなくとも次に向かったって言うのに、おせっかいな神様だ」
「期待してるって事じゃない? 前向きに考えようよ」
最初の試練を乗り越えた三人は、そのまま穴を見張りながら休息する事にした。そして伝言を任せた二人に後の用事(階下の掃討作戦)を引き継ぎ、神に言われた通り更に上の階を目指した。
ダルマの塔を登って暫く、床が崩落した場所が見つかった。
穴の向こう側には祭壇らしき場所があり、穴そのものが未踏破区域らしき場所。どう考えても此処を越えて見せろと言わんばかりの光景で、サラサたち三人はその場に居た者たちと共に穴の攻略を始める。
まずは穴で隠れて様子を伺っていた蜘蛛たちを追い払い、越えるべき方法を見出した。
「よし、引っかかった。少し不安だが、向こうで縛り直せば十分だろう」
「巻き方は覚えた? 引っ張るのはこっちでやるから」
「大丈夫だってサラサねえちゃん。落ちないなら何とでもなるよ」
床が崩落して渡れないと言っても、フロアが綺麗に落ちたわけではない。
構成していた石や煉瓦が根元から落ちたのではなく、巨大な力で破壊されて一部が落下しただけなのだ。だから不揃いな場所は沢山あるし、そこの一角に突起物を結び付けたロープを投げれば、何度目かで引っ掛かるのは当然であると言える。
これに自分にロープを二本巻き付けたジュートが挑み、サラサによって浮かされた状態で移動するという塩梅だ。
「伏して額上に掲げしは双角のイスケンダル。宝物殿にはアレキサンドライト」
「緑にして赤の聖堂が此処に拓かれたり。示す力は風に巻かれし炎」
「祭壇に敷くは銅、そは捧げられし聖なる贄の象徴。覇王の進撃を寿ぐなり」
「我が名はサラサ。東夷の王賢が外輪に位置する導き手なり。いざ!」
「いざ! これなる者を宙へ誘わん! 暫し重さを忘れ、高さを忘れよ!!」
杖に嵌め込んだ宝玉は、先ほど蜘蛛を追い払った時と同じだ。
違うのは番号を示す補佐用の宝石の種類がやや違い、三番目の術を行使するという差でしかない。術が発動するとジュートの体がフワリと浮き上がり、それ以上登りもせずかといって落下もしない状態になった。
本来ならばここで少しくらいは驚くのだろう。だが、時間を掛ければサラサの命が失われると知って、ジュートが躊躇うはずもない。
「行ける行ける! ちょっくら待っててくれよ!」
「ゆっくりでいいから落ち着いて! この術なら私も大丈夫だから!」
「……」
ロープを引っ張る事でジュートは空中を斜めに進んでいく。
力がそのまま移動力に変換されている状態であり、まるで特殊部隊がスルスルと渡っているかのようだ。その間、サラサはジュートに声を掛けて励まし、ケンプはもし魔物が出てきたら引っ張ってこちらに戻せるように二本あるロープの片方を握っていた。
そして途中で時間を浪費しなかったこともあり、予定地点まで辿り着く。
「こいつを此処に巻き付ければ良いんだよな……多分、これでいける筈」
「それで構わん。少し前って向こう側に引っかけるところを探してろ! 」
ジュートが持っていた内、空いている一本を取っ掛かりに巻き付けた。
それは最初から輪が作られており、崩れそうにはない場所に通せば、こちらでケンプが引っ張る事でギュっと締まる様になっている。ジュートに巻き付けた方は輪が閉じない編み方なので、この二つを利用して安全確実に橋頭保を作りに掛かったのだ。
ここで一度ケンプは握っていた紐を手放し、もう一本をきつく別の場所に巻き付けた。その場にしなかったのは、力の掛かり方を分散するためである(計算はサラサがやった)。二等辺三角形にッロープが固定されていく。
「これで何時でもそこまでは行けるぞ! 向こう側に届くか?」
「それっぽい所を見つけた! ちょっと投げてみるな!」
先ほどケンプが握っていたロープをジュートが回収。
こちらの側も突起物が幾つか絡めてあり、どれかが引掛かれば向こう岸に近い場所まで渡る事が出来る。それだけでは難しいのだが、やはりジュートが軽い状態なのが大きい。先ほど同じように進んで行けるだろう。どちらかと言えばジュートはロープワークなどしたことがなく、上手く引っ掛ける方が苦戦していた。
だが、それも何度か振り回すだけで良いなら何とでもなる話だ。力を入れても外れない事を理解すると、ジュートはもうケンプが助けてくれないことを自覚しつつも移動し始めた。
「躊躇うな、行け! ここで失敗してもまだやり直せる。サラサを心配して言って居なかったが、この術や相当に余裕があるらしいからな!」
(ちょっと! 私はいいけど……その時間、あんたの『保険』じゃん)
今度はケンプが励ますのだが、それを聞いてサラサは戸惑った。
空中歩行の術に比べて、同じ浮遊するのでも高度を固定するだけの術は余裕がある。サラサはその時間を区分し、ケンプも浮遊して大人の力でロープを巻き付ける事に使う事に成っていたのだ。つまり失敗してもやり直せるというのは正しいが、その場合はケンプが落下しかねない状態で無保険で渡ることに成ってしまうのだ。
もちろん、本来はそれで正しいのだろう。だが、ケンプの正体を推測し掛けているサラサには驚きであった。
(コイツ……王族なんじゃないの?)
(王様になる為に兄弟と勝負してて、凄い加護にしようとしてるとか)
(そんな風に思ってたけど、違うの? 王族が孤児の為に命を懸ける?)
(それとも此処で失敗しても問題ないと確信してるわけ? でも、失われないとか言ってる権能も、自分の選択だったら駄目な筈よね? 神様を試すのは駄目な筈なのに……)
サラサはケンプが王位継承争いをしているのだと思った。
財産が失われたり奪われたりしないという権能は確かに便利だが、国家そのものには機能しない筈だ。また、神を試すように『俺が選ばれた存在ならば死なない筈!』という時にも機能しない。あくまで不意の消失が起きないだけで、例えば彼の加護をサラサが交換してもらったとしても、何も失われなくなるわけではないのだ(その場合は生命力ではなく魔力消費に戻ってるが、金銭と同じように自分で消費したのだから消失と同じ扱いにはならない)。
だからこそ、この態度には見立てへの自信を失わせる。態度が大きい事や知識からは、彼が身分が高いか相当な金持ちでなければ得られない物だとは知っていたから猶更である。
「もういいぞ! 術を掛けて渡って来い!」
「あ、うん! 直ぐに行くから!」
よほど考えに没頭してしまっていたのだろう。
気が付けばケンプは既に渡ってしまっており、体力にも自信がないサラサは自分に呪文を掛けて高度を固定すると、ロープを引っ張りながら一気に渡ることにした。途中の壁際にはちゃんとロープが釘で打ち付けられ、毛布が濡らされた上で包まれているを見ると、後続が落ち難い様にしているのだろう。おそらくは蜘蛛がまたやって来るか、よほど重たい装備の者が来ないと問題はないものだと思われた。
そんな考えを鈍る頭で考えつつ、思ったよりも時間をかけてサラサは渡り切る。
「ふう。なんだか疲れた気がするなあ。私も体力を付けないと」
「よっしゃ! ねえちゃんが渡って来た。奥の間を調べようぜ!」
(どういうことだ? 神血で命を減らしているのだとしてもサラサの消耗が激し過ぎる。伝説の存在と比べたらいかんのかもしれんが、狼王の伝承にはそんな事は伝えられてなかった。いや、狼王の伝承そのものが成り立つ筈がない。気力や体力も同時に減っているのか、それとも失血死みたいな症状に成っているんじゃあるまいな……これでは才能があっても割りに合わんぞ)
ハラハラするようなペースでサラサは渡って来た。
まるで呪文など使わずに、華奢な少女が綱渡りしたかのようだ。そんな様子にケンプは彼女と同じ加護を持っていたとされる、伝説の闘気使いを思い浮かべた。その男は呪紋を最大級の効果で発揮する刺青として施すと、生命力を消費して傷を直すという離れ業をやって居たそうだ。奇しくもサラサに施した消耗を抑える呪紋であり、まるで強靭な再生力を持つ狼男の様であったという。同じ加護と同じ呪紋であるというのに、効果の大きさの差があるとはいえ、これほどの差があるとは思いもしなかった。
ここから彼が察したのは、同じ系統の加護であっても、別の付随効果を持つ……マイナス面が大きい代わりにプラス面も大きい加護であるか、さもなければ単純に失われた生命力が失血症状を引き起こしているのではないかと思ったのだ(大男は体格的に少々の失血くらいなら問題ないので)。
「なんだかスゲエ場所だね。ずっとこのまま在ったみたい」
「そんな筈は無いんだが……それが出来るのが神だからな」
「魔物を世界中から連れてくることに比べたら余程簡単だと思うよ」
ともあれ余計な事をやっている余裕はない。
蜘蛛が上がって来る可能性もあるし、他の者たちが来る時まで見張りをやっておく必要があった。さっさと祭壇を捜索し、それらしい文言を見つける成り、神様の啓示を受とるべきだった。そう思って探し始めるのだが……。
ソレはある意味で簡単に見つかり、それでいて訳が分からなかった。
「なんだ? この文字は俺の知ってる神代語と違うんだが」
「多分……神意語じゃないかな。神様が使ってるとされてる言葉。ほら、神代語はあくまで神様が普通に居た時代に、当時の人たちが判る範囲で記した言葉な訳だし」
ケンプが戸惑ったのは知っている文字に似ているようで、違う文字だ。
幾つか判る文字もあるのだが、全くわけのわからない文字がある。その上で文法などの形式のみ判る流れなのが幸いだった。一応は文脈で守護などは判るので、意図的に空欄を儲けながら進んで、最終的に空白だらけになるという有様である。
ただ、此処には知識がある者が二人、まったくない者が一人居る。三人が知恵を突き合わせれば、たいていの事は何とかなるものである。
「ということは……だ。守護は神の名前、試練を受け啓示を受け取った者の名前、あとは倒すべき魔物なり入れ替える加護の名前という所か」
「そうだと思う。文法がおんなじだもんね。あと、敬称には気を付けてね」
(サッパリ判らねえ。何処かにヒントねえかなあ……)
ケンプは言葉の流れから、サラサは人と神の差から思案して行く。
謎解きは二人に任せ、ジュートは一人で祭壇を物色して行った。スリとして暮らして居た時は、寺院に行ってお恵みを貰いに行ったものだ。その中には寺院の炊き出しもあれば、勝手にお供えなどをちょろまかしたこともある。もちろん古くなった食い物で腹を壊したこともあるが、飢えて死ぬよりマシだし、神様がバチを当てたならば仕方ないと行け入れていたのだ。
そんな彼が祭壇であるからといって遠慮するはずがない。そこで見つけたのは巻物……この場合は古い経典である。
「あった。二人ともこれ……って、いつもの経典か。期待して損しちまった」
「悪いが今は説法なんぞを読む気は……待てよ。それ、何語で書かれてる?」
「神意語! いつもの経典ってことは、いつもと同じ並びだよね? ということは同じ文法で、同じ場所にいつもの言葉が使ってある筈……」
経典とは『ありがたい教え』として教祖が神から授かったとされる。
実際にそうなのかは別として、この状況で神様が無意味に地上で複写されている経典など置くだろうか? また、経典など全く知らない不信心な者にも、一応のヒントは出すはずだ。人に敬虔さを求める神ならばともかく、自由と活気の神は魔族すら守護する存在である。パズルを解読するためのヒントくらいは用意するだろう。(神代語を読めない者がいても、仲間に居れば協力し合えるので十分にヒントである)。
その事に気が付いた三人はそれぞれの担当で行動を再開した。
「私が判る範囲で写していくから、ケンプはそれを区別してて」
「任せろ。主語や述語にそれほど数はないからな」
「その間に俺が周辺を調べてみる。もしかしたらもう一冊くらいあるかもよ」
経典に書かれたことは膨大でも、良く朗読される場所は決まっている。
サラサは説法や法話などで使われる段を抜き出し(巻物の場合はページがないので、何段目という風に探していく)、辛うじて判る言葉を頼りに、いつものフレーズで間違いないとケンプから貰った染料で複写した。幸いにも染料で床に文字を描けたので、幻影などを駆使する必要が無いのはありがたかった。
それをケンプが先ほど抜き出した単語と比べることで、「●●が」とか「〇〇である」という部分を翻訳して行く。残るは動詞であるが、今回の啓示を考えればおおよそ把握できる。
「よし、概ね判って来たぞ。おそらく前に言った通りの内容だ」
「ならこの事を後の人に伝えて確認してもらわないとね」
『その必要は無い』
「「え?」」
暫くしてケンプは以前に伝えた『加護の交換』であると示唆した。
サラサはその事を理解し、自分達には意味がないが、後から来る者たちに啓示の内容を伝える必要があると提案しようとしたのだ。だが、その時ジュートの声で静止が掛かる。
ただし、その声は何処か特徴的で、そして何処か畏しさを感じさせた。
「ジュート? どうしちゃったの」
「……サラサ。控えよ、神前である」
『然り。神を神とも思わぬ不埒者を介して言葉を与えて居る。この子供には掛かる試練を越えたという見聞きを与えぬ事とした。ここで引き変えさば、この子は『試練を越えた』のだと誰も信じてもらえまい』
驚くサラサに対し、何事かを察したケンプは彼女の頭を抱えた。
自らも共にジュートであったモノに下げ、畏まってその場に伏したのである。するとその存在は緩やかな笑みを湛えて、こともなげに事実を伝える。少年が欲した『試練を乗り越えた』という経験を奪い、神を神とも思わなかった不敬と引き換えたと告げる。
それはある意味で厳しく、ある意味で優しい行いであった。
『そなた達は無事に試練を乗り越えた』
『だが、知っての通り『最初から知る者』に受け取る権利などはない』
『そなたら三人は先を目指す事だな。だが、智慧を出し協力し合った事は見事。次なる機会を心待ちにして乗り越えていくが良い。そなたらに縁があれば再び見えよう』
それはまさしく『無事』であった。プラスもマイナスも無い。
知っている者は試練を乗り越え、報酬を受け取る資格などはない。だが、此処までたどり着いた才覚によって特にマイナスも与えられなかった。この階までに費やした全てが徒労になったという事だが、逆に言えばサラサとケンプの二人に関して言えば、此処まで登ってきた経験が後に活かせるという事である。それを与えられなかったジュートも、特に罰せられなかったという意味では決して悪い事ではない(子供の体力で次まで保てるのかは別だが)。
やがて三人は呆けたように穴の周囲で見張りをしていた。おそらくは神と出逢ったことに耐えられなかったに違いあるまい。
「わざわざ伝言しなくとも次に向かったって言うのに、おせっかいな神様だ」
「期待してるって事じゃない? 前向きに考えようよ」
最初の試練を乗り越えた三人は、そのまま穴を見張りながら休息する事にした。そして伝言を任せた二人に後の用事(階下の掃討作戦)を引き継ぎ、神に言われた通り更に上の階を目指した。
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